序幕 亡霊の噂
小さな街の一角。それほど賑わっていない寂れた雰囲気の酒場だが、噂や情報屋のやり取りには適している。そこで、厳つい冒険者が酒を手に言い放った。
「そういや、シバの擁するSS級が増えたらしいぞ」
「へぇ、名前は?」
「確か───”魔剣聖”と呼ばれていたな。なんでも六英雄に迫る剣士だとか」
「ほぉ、成し遂げた偉業はどんなものなんだ?」
机に腕を乗せて指数えに語った。
暴走した竜神の討伐
デルラの守護神の討伐
変異牛鬼の討伐
謎の迷宮の踏破
蛇女王の撃退
大海龍の討伐に貢献
朧事件の解決
暴君ネロの討伐
「───とな。これをニ年間で成したらしい」
「そいつは……凄えじゃねぇか」
数もさることながら、異常な速度に目を見開いて驚嘆する。
「随分前の噂で、俺も眉唾なもんだと思っていたが、シバが正式に《魔剣聖》の偉業を公表したのだ」
「公表?」
以前は隠蔽していたということを意味している。
公表するだけの何か、きっかけがあったのだろう。
「ああ、《世界円卓》の席を断った時に公表したらしい」
「確か、最後の妖魔の生き残りが発起人だよな」
「そうだ。魔剣聖という英雄は抜けたが、シバそのものは加入した。他にも世界中の有権者や英雄、首領を一つのテーブルに集めて世界の動向を決めるらしい」
ふぅん、と聞いていた男は面白くなさそうに仰ぐ。
「世界を一つにってか。面白くねぇな」
「そうか? 物価の波を安定させたり、戦争とか争いが無くなる可能性が高まるんだぞ」
「それが面白くないんだよ。人は争ってなんぼだ。価値観も人の感情もそこから生まれるもんだ。それを無くしてしまえば世界は静かになっちまう。なんの発展もない世界になっちまうと思うんだがな」
「ま、確かになぁ」
くびり、と麦酒を流し込む。
「混沌を生む麦酒が禁制になられても困るしな!」
「ハッハッハッ!違いねえ!」
寂れた薄暗い酒場に笑い声が響き渡る。
運ばれた肉にかぶりつき、なんてことのない世間話を始める。
逃げられた女とは、稼ぎは、などなど……
久々の友人と偶然会ったのもあって、随分と話し込んだ。日も暮れ、夜が本格的に深まったところで、聞いていた方の冒険者が思い出したように言った。
「少し前の話だが、また《魔王》が倒れたってよ」
「また《勇者》か?」
「いや、今度はなんでも《勇者》ではないヤツが滅ぼしたって話だ」
「それこそあり得んだろ。勇者以外には滅せないはずだろう。それ以外に滅ぼせるとなりゃ、神……」
そこで、言葉を止める。
「まさか……」
「ああ、新たな凶神が生まれたって噂だぜ」
しばらくの静寂が続く。
「ま、こればかりは眉唾かもしれないけどな」
「そう、だな……」
苦笑しながら、ちびりと麦酒を呑む。
彼らが完全に否定出来ない理由があった。
北陸消滅という前代未聞の事件以降に出現した《魔剣聖》と《勇者》。そして、数千年姿をくらましていた《星の巫女》が目撃される。
それらを皮切りに《原初の精霊》たちが姿を現し、魔大陸を支配していた【魔王】が次々と倒れる。
そして、千年前から存在していたという《六道化》が瓦解し、さらにはベヒモス王国に暴政を敷いていた《獣竜王》が討たれた。
それは『天星史 4062年』にして、六英雄以来の群雄割拠の八年間だった。
「……嵐が来るかもしれんな」
ここ数年は成りを潜めるように静かになっていた。
そう、これは嵐の前の、誰も知らないお話。
彼が───【亡霊】として暗躍した物語である。
五章前半は執筆中です。
従来どおり、連日公開を予定しています。




