83話 ベヒモスの悪魔
「絶対、許さない!」
「俺様は王ぞ、控えろ。傲慢なる娘よ」
「どっちが!」
白と黄金の光が衝突を繰り返す。
しかし、均衡はすぐに崩れる。
「【覇皇砲】!」
凄絶な衝撃に吹き飛ばされる白の騎士。
「くっ……!」
すぐに体勢を持ち直して、盾を上に構える。
目の前にはネロだ。
振り下ろされる豪腕。
エリーゼは盾ごと地に叩きつけられた。
「魔力も戻ってきた。余計な介入もあったが……これも運命。この戦争、俺様の勝ちだ」
エリーゼは見下すネロを睨み返す。
せめて一矢。致命打を与えるべく剣を握る。
決死の意思で盾を構える。
そこで。
ズ、ズズ、ズズズズズ……と。
気がつけば、辺りが黒の渦に覆われていた。
「…………もう……」
エリーゼは声がした方を見る。
そこにはどす黒い濁流を溢れ出す何か。
「何度も、何度も奪われるくらいなら…………」
カタカタ、と大地が震えている。
震えているのは自分か。
……否、両方だ。
「【俺が破滅させてやる】」
その願いを、叶える為に。
彼の姿を変質させた。
漆黒の魔力を纏う何か。
黒い歪な翼。鋭利な黒爪。
黒塗りの顔に裂けた口……
「…………てめぇ……まさか」
獣竜王は戦慄した。
《それ》の内包する無限の魔力。
おぞましいほどの深い……深い闇に……
「……“凶神”…………!」
【アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアァアアァア!!】
黒い魔力が天を衝く。
「最後の最後に堕ちたか。……良いだろう、俺様が引導を渡し、てめぇを蝕む禍を奪い取ってやろう」
ネロが迎撃状態に入った瞬間。
《それ》は大きく振りかぶって襲い掛かった。
【ガァアア!】
(早い。だが、黒狼ほどではない)
振り下ろされる白い刃を受け止めようとする。
その直前、ぞわり、と本能が警鐘した。
本能に従うままに半身になって空振らせる。
力任せに振るった一斬は、大地を割った。
「なに!?」
そして、続け様に振り回す一薙がネロのはるか後方……森の木々を一掃した。
【アァアア!!】
振り回すと同時に放った拳がネロの顔面を捉えた。
「────!?」
鈍い音と共に遥か遠方へ吹き飛ばされる。
ネロは咄嗟に空中で体勢を持ち直す。
そして。
パキリ、と。頬の鱗に亀裂が入った。
己が鱗に傷をつけたものなど過去にはいない。
それが故に、ネロは驚愕を隠せなかった。
「……力が……いや」
黒い竜人の姿をした《それ》は呻いている。
殴った拳が歪に折れ曲がっていたのだ。
「損傷無視か……面倒だな」
歪な拳は煙立てて元に戻った。
【修羅】は無限の進化能力を持つ。
損傷を受けるたびに、より完璧に近づく。いずれはネロの鱗に耐えうる硬度を得るのだ。
(長期戦は望ましくねぇな)
認めたくないが、いずれコイツは俺様を凌駕する。
早い内に、全能なる力で屈服させるしかない。
と、翼を広げて勢いよく空駆ける。
「【全は一の為に】」
天空より睥睨し、輝く黄金の光。
森中の全てを吸収する。
何の力も発揮はさせない。
しかし。
【カァアッ!!!!!!】
ただの咆哮で、光が掻き消される。
「な──── 」
いつのまにか《それ》は自分よりさらに上空……
見下すかのように飛んでいた。
そして、魔力がかつてない程に膨張する。
雷雲を覆う巨大な闇。
魔の深淵……無限の魔力の前に為すすべもなく。
黒い太陽が、獣竜王を呑み込んだ。
「ぐああぁ、ああああ、ぁああっ!?」
地に堕とされる獣竜王。
そのまま《それ》はネロに襲いかかった。
白い刀で、拳で、殴りつけられる。
ひたすらに蹂躙の限りを尽くされた。
【ガァアァアアア、アァアアアーーーッ!!】
拳は粉々。肉は裂けている。
それでも止まらない。
「ぐ……なめ……ぐぁっ!」
【アァアアァアアァアアァア!!!!】
見境なく叩きのめされる。
剥がれ落ちる堅牢な鱗。
「ぐ、ぬぅ、ううっ!」
両腕で耐え、引き離そうと。
「【覇皇……】」
【ガァアッ!!!】
凄絶な衝撃にあてられ、ネロは磔になった。
「う、ぐ……この、ぐぁ!」
上体を起こそうと潰される。それは最早、戦いですらなかった。抗えぬ暴力、身勝手な蹂躙。
身に覚えのある不公平……
「あ……ぐ、ぁあ………!」
意識も掠れ、その最奥に芽生えた感情。
それは───恐怖だった。
「や、やめ……」
恐怖が、敗北たらしめる。
認めてしまった今、禍の資格を失った。
「力が……やめろ……やめ……!」
ネロの禍が黒い化け物に奪われていく。
そして、一撃で意識を刈り取られる。
「あ、あぁ…………」
薄れる意識の中──……
誰かに言われた言葉を思い出す。
『お前は強い、だから強くあれ。強さで皆を救え』
その言葉が自分の原点。
政も信頼も、力が伴わなければ無に帰する。
だから、俺様が強くあらねばならんのだ。
力をもって国を、救うのだ…………
「……俺様は……強く………」
手を突き出すも、力無く崩れ落ちる。
【ァアアァアアァアアアアアアアアアアアァアアァアアァアアアアアアアアアアアァアアァアアァアアアアアアアアアアアァアアァアアァアアアアアアアアアアアァアアァ!!】
どす黒い魔力の渦とともに、大咆哮が響く。
その叫びは、悲痛なものだった。
「…………ネ……ロ……すまな……い」
朧げな視界で小さく呟くクラウディウス。
ディーヴが書き留めた結末は、
『凶神が誕生し、革命軍が勝利する』
それが、変えられぬ結末だった。
◆◇
森中に響き渡る大咆哮は、革命軍、ベヒモス軍……どの軍勢関係なく震撼させた。そして、到着したファング隊の一人が《それ》を目撃し、一身に感じた恐怖をそのまま零した。
「……《悪魔》」
それはエリーゼも例外ではなかった。
歪な怪物とおぞましい闇にへたり込んでしまう。
その傍に銀髪の大魔導士が現れた。
「…………やはりこうなってしまったか」
はっ、と我に帰るエリーゼは警戒を向けた。
「あんたは……ウォーロク?」
彼は、僅かに白く輝く《星の欠片》を拾った。
「都合良く誰もが救える結末は得られはしない……分かってはいたが……やはり極小の確率を辿ることはできなかったか、ディーヴよ」
パキン、と。手に持つ星を砕く。
瞬間、森中が純白の光に包まれた。




