81話 疾と光
力なく膝をつく黒剣士。
見下すネロは、全能を解除した。
「許せよ、アベル」
一時的とはいえ、彼の能力の大半を奪った。
奪った能力の一つ、『超再生』により腕は半分ほど再生していたが、魔力が足りなかった。
そう、奪えなかった能力の一つが【地獄】。
「…………」
ちらり、と向こうで横たわる獅子人を見る。
またしても頭に激痛が走る。
これは全能の力を使った反動ではない。
「…………くそ、まだだ……」
地に倒れる獅子人の言う通り、自分は追い詰められていることが気に入らず、舌打ちをする。
それだけではなく、あの男も気に入らない。
『直接手を下さなくとも、貴方の暴虐を止めることはできます』
いびつな魔導士の予言通り。
己の力を過信しているわけではないが、奴がどれだけ策を弄しようと全て、はね返せる自負はあった。
それだけの闘いの経験を重ねてきた。
力を持って生まれ、鍛錬も積んだ。
全能の禍も得た。
だというのに、この体たらくはなんだ。
全能を持ってしても黒剣士を屈服させることは叶わなかった。それ処か、片腕を奪われたのだ。
「……まぁいい、これで手に入った」
多少不服があろうとやる事は変わらない。
全ての禍を得て、獣人の為の世界を作る。
無気力に立ち尽くす黒剣士の胸ぐらを掴んで、引きずらせて踵を返す。
────その背後。
忿怒に燃える一匹の狼が吠えた。
「ガァアアアアァア!」
躊躇なく掌打を叩き込む。
しかし、ネロは微動だにしない。
「…………お前は……」
「『瞬功』!」
しこたまに拳を叩きつける。
あまりの速度にネロは驚きを隠せなかった。
「ガァア!『破導掌』!」
既に語られることはなくなったが、彼の前世は一つの頂点としてあらゆる獣人を救った厄獣。
(効きはしねぇが……)
黒き獣を捕まえようと、伸ばす手を落とされる。
突き出した拳は全てカウンターで返される。
(何もできねぇ……!)
主人を倒された怒り。
遅れた自分に憤っていた。
「ガァアアァアァア!」
忿怒がアートを更に加速させる────
エリーゼはクラウディウスと、アベルの状態を確認した。どちらも脈はある。瞳孔も開かれていない。
死んではいない……が。
「アベルの方が少しずつ死に向かっている。かかっている魔術……いえ、呪いを浄化すれば……」
彼を蝕むそれはまるで呪いだった。
このままでは彼が死んでしまう。
エリーゼは両手を彼の胸に添えた。
「純白の光神よ、此の者の闇を祓いたまえ『聖光』」
浄化魔術で彼を引き戻す。
自分にできるのは、暗闇に綱を垂らすだけだ。
彼がそれを掴んでさえすれば引き戻せる。
「お願い、アル。 戻ってきて……!」
彼なら掴み取ってくれる。帰ってくる。
そう信じて、魔力を込める。
(……それにしても)
隻腕とはいえ、ネロの強さは常軌を逸している。
六英雄に匹敵……否。凌駕し得ている。
そんな彼を、一方的に殴っている。
(アート、ここまで強かったなんて)
速すぎる。そう形容するしかなかった。
その速度は、アベルの雷功状態を優に超えている。
「【司闘竜】!」
止まらぬ弾幕。ネロはそれでも。
おかまいなしに、前へ進む。
それでも尚、圧倒。
顎、腕、鳩尾、背中、足……
一つ攻撃をすれば、十を返される。
「ぐっ…!この……!」
失った片腕が特に引っ張る。
アベルとの戦いの負担が大きかったのだ。
「ガァァアッ!」
またしても返される。
ネロの足が後ろへ、後ろへと下がって行く。
(衰えるどころか、加速していく……!?)
間違いなく加速している。
一撃を重ねていく度にワンギア上がっている。
その速度は、すでに。
ネロの視界に映らない。
打撃の全てを一身に受ける。
「ぐぬ、ぬぅうう!」
全てを受け止め、それを超える力で屈服してこそ、王たり得るのだ。
故に、好き勝手に殴られて良いわけではないのだ!
「ッッ、このド畜生がァア!!!」
吠える隻腕の獣竜王。
それはまるで、獣と獣の戦いだった。




