80話 邪神の欠片2
全ては一へ還る。
種族能力も魔力も、原初へ還る。
彼を前にする者は全てを手渡すのだ。
増強された怪力も大幅に弱体化。
「【司闘竜】」
響く衝撃。流体となる黒の剣士。
あらゆる攻撃を手一つで流す彼でさえも、小石を飛ばすかのごとく容易く吹き飛ばされる。
それは、ただの暴力。力にものを言わせた蹂躙。
荒ぶる神に抗うすべもなく、ただ殴り飛ばされる。
─────だが。
それでも彼は、いまだに生きている。
服の擦った跡以外、傷一つも負っていなかった。
「っふ────」
圧倒的な膂力、速度、存在。
覆すことのできぬ彼我差にあるのは技のみ。
これが……ジン師匠の見ていた世界。
「【覇皇砲】」
天より降り注ぐ光。
消滅の光が、黒剣士を包む。
「『気功』」
教わった技が生きている。
格上を打ち倒す為に磨いた技。
ひとりの剣士が積み重ねてきた結晶。
それが『気操流』。
己の鍛錬、幾星霜の修業。
努力がカタチとなった能力。
これだけは奪われていないのだ。
「っぐう!」
衝撃に弾き飛ばされる黒剣士。
邂逅した時は憎悪を抑えきれず、勝負を焦った。
早々に切り札を使ってしまった。
「……能力を封じられても尚、未だに抗うか。一体、何がてめぇを支えている?」
「負けられないんだよ。皆の為にも、俺の為にも」
「不可解な執念だ。その先は、ただの破滅だ」
天より一瞬で詰められる間合い。
振るわれる豪腕が地を割る。
薙ぎ払われる巨腕を身を屈めて空を切らせる。
隙間は離させない。超近接で全力の攻撃を潰す。
距離を保ったまま、全ての攻撃を空振らせる。
今度は確実に倒す。
常に冷静になれ。観察し続けろ。
隙を見つけろ。
ただそれだけに集中する。
即死の嵐の中、黒剣士は目を逸らさない。
その瞬間は訪れた。
あまりに近い間合いに、拳を思い通りに振るえないネロは距離を取ったのだ。
「鬱陶しい!」
そこで、俺は一歩。間合いを詰める。
下段から気を纏わせた神胤を振り上げる。
「ぬぅ!」
『断界』を警戒するネロは半身になる。
刀の軌跡にネロが外れ、俺の刀は空を切る。
「まだだ!」
そこから、さらに一歩。
踏み出しながら上段に構える。
死に体のネロ。
その空間ごと、断ち斬る。
「『断界』」
極限にまで研ぎ澄ませた気。
刃が堅牢な鱗ごと、肉を断ち斬った。
「この俺様に、腕を捨てさせるとは……惜しいな」
強引に半身から前進へと遷移したネロは、片腕を飛ばされながらも嘲笑に歪んだ。
勝利を確信したのだろう。
そして、俺は………笑みを返す。
上段から振り下した刃を腰溜めに構え直す。
先ほどまでの二手は、ブラフ。
全ては───、ふた振りめの極致のため。
「『断界』!」
見開かれる竜の瞳。
腰から抜き放つ最後のひと振り。
刃は確実に、ネロを断ち斬った。
────……はずだった。
「……実に惜しい」
ほんの僅か。
俺の手元が狂った。
そして、腕が動かない。凍りついた感覚だ。
「まさか…………!」
ネロと初めて戦った時に攻撃を受けた場所。
肩が闇に侵され、黒く滲んでいた。
「【星よ、暗闇へと還れ】」
「─────っ?」
魂と肉体を繋ぐ大切な何かが切れたような感覚。
危険を感じた俺は、とっさにネロに剣を差し伸べるが、首に迫った所で静止した。
「あ………」
その次の瞬間、俺の意識が肉体から離れ、地の下へと沈んでいく。浮上しよう足掻くが、虚空を掴むような感覚で抵抗ができない。
「許せよ、アベル」
暗黒に堕ちゆく自我。
その視界の端に相棒の姿が見えた。




