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ー第2話ー

 美沙から連絡があったその日、僕は船橋のとあるスタジオでバンド練習にいそしんでいた。

 ちょうどオリジナルが五曲出来上がり、ライヴハウスで出演できるだけの曲数が揃ったので、今、練習にも熱が入っている。

 メンバーはギター・ヴォーカルの僕と、ベース・コーラスの志田弓子、ドラムの黒崎徹の3人編成のロックバンドだ。

 「想詩(そうし)」というバンド名も決定し(ちなみに僕が命名した)、今とても楽しい時期だ。


 最後の曲が演奏し終わると、

「じゃあ、そろそろ終わりにしよっか?」

と、弓子が言った。

「いや、もう一曲演らない?」

と、徹が吐息まじりに提案してきた。

「いや、もう時間だから」

と、弓子がスタジオの時計を指差すと、時計の針は19時52分を指していた。

 スタジオ予約は20時までだから、あと8分で後片付けを済ませなければいけない。

「あ、ヤベッ、本当だ」

と、徹はタオルで汗を拭きながら、ドラム椅子から立ち上がった。

 そんな徹の姿を見て、弓子は笑っている。

 徹はよほど演奏をするのが好きなのか、時間を忘れて演奏に入り込んでいる事が良くある。

 僕はそんな二人を見て(本当に良いメンバーに出会えたよな…)と、感慨にふけった。

 …というのも。

 今まで僕が過去に組んできたメンバーは、スキルが圧倒的に足りなかったり、そもそもやる気がなかったり、急に連絡が取れなくなったり、正直言ってロクな奴らではなかったからだ。

 それに比べて、この二人の音楽に対する真摯な姿勢は、別世界の人間のように思えるほどだ。

(この二人に出会えて良かった…)

 そんな事をぼんやり考えていると、

「ショウ、ボケッとしてると時間きちゃうよ」

と、弓子に指摘され、僕は「あ、あぁ…」とあわててシールドを八の字で巻いていった。

 

僕たちは出会ってまだ三ヶ月も経っていないが、仲が良い。

 出会いのきっかけは僕が楽器店に貼ったメンバー募集記事だった。

 音楽が好き、という共通点以外、なんら接点のない三人だが、出会ってお互いの音楽観を話したり、オリジナル曲を聴かせたりするとすぐに打ち解けた。


「あのさ、この後、どっかメシ食いに行かない?」

と、徹が上着を着ながら、提案してきた。

「いいわよん」

と、弓子が長い黒髪をヘアバンドで結わえながら言った。

「ショウは?」

と、弓子が僕に聞く。

「…もっちろんだよ!」

と、僕は大げさに力を込めて言った。

 僕のリアクションを見て、二人は笑った。

 僕はスタジオ終わりに、メンバーとどこかお店に寄るのが大好きなのだ。断る理由なんて一ミリもない。

「今日は、どっこにしよっかなぁ~」

と、徹がスタッカート気味に言い、僕たちはスタジオを出た。

…………


「ほんじゃ、お疲れぇ~」

と、僕たちはスタジオ近くの居酒屋の座敷で乾杯した。

 たかだかスタジオ練習くらいで「お疲れ」もないのだが、なんとなく言ってしまう。

 メンバー中唯一、二十歳の徹だけビールで、僕はウーロン茶、弓子はオレンジ・ジュースだ。

「いやぁ、でも、日に日に俺たちの演奏良くなってきてるよなぁ~」

と、ビールグラスから口を離し、徹は気持ちよさそうに言った。

「そう…かもね」

と、弓子が控えめに相槌を打つ。

「そうだよね!」と断言しない辺りが、慎重な弓子らしい。

「徹のリズムがしっかりしてるからな」

と、僕が言うと、徹は下を向いて笑った。

 照れているのだ。

 自信家で楽天家の徹だが、同時にシャイな一面もある。

「でも、ショウが作る曲が良いから、叩きがいがあるんだよ」

と、徹は言い、弓子も「うんうん」と、うなずいた。

「え、そう?…ありがとう」

と、今度は僕が照れる番だった。

 そうなのだ。

「想詩」の曲はすべて僕が作詞作曲をしている。

「私の周りには曲書ける人いなかったから、そこは新鮮かな」

と、弓子が言った。

「やっぱオリジナルで勝負しないとな。まさかカバーばっか演るわけにはいかないし」

と、徹が言った言葉に「そうだよね」と弓子も同意した。

 すると、店員が襖を開けて入ってきた。

「お待たせしました。たこ焼きお待ちのお客さま」

「あ、私だ」

と、弓子が手を上げる。

「え~こちらが、オムキャベもやしのお客さま」

「あ、はい」

と、僕がお皿を取ったとき、テーブルの上に置いたケータイがバイブで震えた。

 チラリと見ると「中野美沙」とあった。

(美沙から電話か…)

「ショウ、電話だよ」

と、弓子が言った。

「うん…」

 一瞬出るか迷った。

 なんせ、今、メンバーと食事をしようとしているところだ。

 しかし、僕は幼なじみとして、美沙の性格を知り抜いているので、しぶしぶ出ることにした。

 こういう時、電話に出ないと、美沙はしつこく鳴らし続けたり、留守電にメッセージを残したりして、後々面倒な事になることが多いのだ。

「ちょっとごめんな」

と、僕は席を立った。

「うん」

「おう」

と、弓子と徹は言った。


「もしもし…」

 僕は座敷を出て、少し歩いた通路で、壁にもたれながら電話に出た。

「……ショーウ」

「あぁ、なんだよ」

「いま、どこぉ?」

「今、居酒屋」

 間延びした美沙の物言いが僕をイラつかせる。

「…ひとりでぇ?」

「ちげぇよ、バンドのメンバーと」

「きょう、あえなぁい?」

「いや無理」

 僕は即答した。

「わたし、まじでやばいかもぉ…」

(また、そういう話しかよ…)

 僕はウンザリした。

 普段の僕だったらある程度さばけるのだが、今、バンドのメンバーと一緒いて、前向きな気持ちになっていたので、美沙のダメ人間オーラは僕の気持ちに水を差した。

「そっか、まぁゆっくり休んで。じゃ、そういう事で」

 僕は半ば強制的に通話を終了し、座敷に戻った。

「あれ、もういいの?」

と、弓子が聞いてきた。

「うん」

 僕は自分の席に座って、気を取り直して「さっ、早く食べよう」と、言った。

 …しかし。

 ヴー・ヴー・ヴー…と、僕のケータイがまた鳴った。

「また?」

と、弓子が目を丸くして言った。

「彼女?」

と、徹が聞いてきた。

 さすがに僕は気まずくなった。それと同時に頭にもきた。

(あのバカ女が…!)

「たびたび悪いな。すぐ済むから」

と、僕はケータイを手に取り、また立ち上がった。


「いい加減にしろよ!」

 通路に出た僕は、小声で怒気を発した。

「あんたが勝手に切るからでしょ!」

と、美沙も言い返してきた。

「さっきも言ったろ!俺、今、友達とメシ食ってんだから、電話してるヒマないの!」

「今、してんじゃん」

「ッ………」

 怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、周囲を気づかい、なんとかこらえた。他人ももちろんだが、何よりもメンバーにそんな声を聴かせたくなかった。

「邪魔するつもりはないの。そっちが終わったら家に来てよ。そんだけ」

「嫌だね。はい、そんじゃ」

と、通話を切ると、僕はケータイの電源も切った。


「本当、ごめんな…」

 座敷に戻った僕は、弓子と徹に謝った。

「いいよ、いいよ」

と、徹は頼んだ焼きそばを食べながら言った。

 しかし、ひとり弓子は下唇を噛みながら、可笑しそうにしている。

「何?どうかした?」

と、僕が聞くと、

「いや、さっき徹君と話してたの。絶対彼女だって…」

と、言いながら、たこ焼きに楊枝を刺した。

「ちがっ…。いや、違うんだって」

「じゃあ、誰なの?なんか女の子の名前だったけど」

 弓子は着信が来た時、僕のケータイを見ていたのだろう。可笑しそうにそう言ってきた。

「いや、実は…」

「実は?」

と、弓子と徹の声がユニゾンする。

 

 僕は中野美沙という厄介な幼馴染がいること、そして、その娘は精神的に弱く、なにをやっても投げ出してしまう脆弱な性格なこと…でも、そんな美沙を一人にさせることも出来ないことなどを仔細に二人に話した。


「へぇ、そうなんだ…」

と、弓子。自分が思ったような結果ではなかったのか、少しつまらなそうにしている。

「なんか、大変そうだな…」

と、徹。

「そうなんだよ。うざったい時もあるけど、長い付き合いだからほっとく訳にもいかないし…」

と、僕は言った。

「でも、そんなにショウ君を頼りにするなんて、ショウ君のこと…」

と言う弓子に対し「いやいや、それはないから」と僕は否定した。

 もうあれだけ一緒にいると、恋愛とかそういう対象ではなくなってくるのだ。他の人ならいざ知らず、少なくとも僕と美沙が、付き合うとかそういう関係に発展することはないだろう。

「…というか、もうちょっとオーダーしようか」

と、徹がタッチパネル式のオーダー機を手に言ってきた。

「あ、そだね」

と、弓子。

 確かに最初のオーダーで飲み物とつまみ程度しか頼んでなかったから、テーブルの上が寂しい。

「でも、ショウ君の幼なじみってどんな娘なんだろう」

と、弓子が言ってきたので、

「あぁ、写真あるよ」

と、僕は、ケータイに保存されている写真を呼び出し、弓子に見せた。

 今年の初詣に二人で行った時の写真だ。

「ほら、この娘…」

と、僕が美沙の写真を見せると、

「えっ!」

と、弓子が驚く。

 その様子を見て、オーダー機を持っていた徹も気になって、僕のケータイを覗き込むと、

「おっ!」

と、言った。

 しばしの沈黙の後、二人からは、

「キレイな娘…」

と、異口同音で発せられた。

 

 そうなのだ。

 美沙は、誰もが振り返るほどの美人なのだ。

(やっぱり、そう思うのか…)

と、僕は二人の反応を見て、思った。


(つづく)


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