ゼロと雪
「僕は冬がきらいだ。」
マシューはモミの木に、飾りつけをしながら言いました。
「あら、どうして?」ママのジュリアンが、モミの木のてっぺんに星を取り付けながら聞きました。
「だって、寒いんだもん。」
「でも、クリスマスは好きでしょ。」
「うん、メアリーも好きだろ?」
白い綿をモミの木に飾っていた、マシューの姉のメアリーが言いました。「一年の中で一番好きかも。でも、パパはどうかな?」
暖炉の前のソファーで、本を読んでいたパパのジョンが顔を上げて言いました。
「パパも好きさ。なんせ、ごちそうが食べられるからね。」
「パパ!クリスマスが何の日か知ってるの?」
マシューが叫びました。
メアリーがマシューにささやきました。
「ほっときなさい。パパは無神論者なんだから。」
「変なの、イエス様を信じないなんて。」
ジョンはにっこり笑って言いました。
「イエス様も人間さ。」
ジュリアンが言いました。「マシュー、メアリー、パパも日曜には教会に行ってるでしょ。」
ジョンは肩をすくめました。
「あっ!雪だ!」メアリーが叫びました。
「本当だあ!」マシューは窓に飛びつきました。
窓の外では、降り積もった雪の上に、遠慮しがちに白いものが舞い降りてきます。
ジュリアンは子供たちの肩を抱いて、窓の外を眺めながら言いました。
「雪はね、天からの贈り物だと思うの。イエス様のみ言葉が結晶になったのが雪なのよ、きっと。」
「それって素敵ね、ママ。」メアリーは言いました。
「うん、アーメン。」マシューが言いました。
ジョンは三人を見ながら、目を細めて微笑みました。
テレビからは,『主は來ませり』が流れていました。
しかし、それは家族四人で迎える最後のクリスマスになりました。
年が明けると、ジュリアンは病に倒れ、一年とたたない雪が舞い始めた十二月はじめに、静かに眠るように息をひきとりました。
マシューが七才、メアリーが十一才の時でした。
「み言葉の雪がママを天国へ導いてくれるわ。」メアリーはジュリアンの死を受け止めました。
「ママはどこに行ったの?いつ帰ってくるの?」マシューは死というものを理解出来ませんでした。
ジョンは学校で数学を教えています。ジョンはマシューに話しました。
「学校で習っただろう。ほら、リンゴの絵が一つなら,数字の1、リンゴが二つなら2だね。リンゴがなかったら、0(ゼロ)だ。死ぬということは、ゼロなんだよ。でも、ゼロの向こうにも数字はある。空間的には何も無い向こうというのはイメージしにくいけど、確かにあるんだよ。」
ジョンは自分なりの言葉で話しました。
マシューは黙って聞いています。
「パパは神様を信じてないけど、命というものがあるのは信じてる。存在したものが、消えてなくなるわけは、ないんだ。
手品を見た事があるだろう。手の中のコインが消えたり、現れたりするのを。あれは消えたように見えるだけだ。
死ぬというのは、手品師がコインを消したまま舞台を降りてしまうようなものだ。ママも死んだように見えるだけで、この世界の折りたたまれた次元に隠れてしまったんだよ。」
「そこから、いつ帰って来るの?」
マシューは泣きそうな声で言いました。
「マシューがママの事を思い出すだけで、心の中にいるんだよ。」
それでもマシューは言い続けました。
「ママはどこにいるの?いつ帰ってくるの?」
クリスマス.イヴの日、降り積もった雪が町を真っ白に変えていました。
「なんでクリスマスなのに、ママがいないの?」
マシューはひとりでモミの木に飾りつけをしているメアリーに言いました。夜になっていましたが、ジョンはまだ帰っていません。
「悲しいのは、マシューだけじゃないのよ。ママは天国に召されたのよ。」
「だったらクリスマスくらい、帰って来てもいいじゃないか。」
「天国からこっちには来れないのよ。」
「じゃあ、僕が天国へ行くよ!」
そう叫んで、マシューは外へと飛び出して行きました。
「マシュー!知らないからね!」
マシューに対して腹を立てたメアリーでしたが、モミの木の前で段々と心配になってきました。メアリーは懐中電灯を持って外へ出ようとしました。
ちょうど、そこへジョンが帰って来ました。
「パパ!マシューが天国へ行くって、出てっちゃったの。」
雪は降りやんでいます。ジョンの家はこの田舎町のはずれにあります。人通りもあまり、ありません。
「大丈夫だよ。雪の足跡を追えば見つかるからね。」ジョンが言いました。
外は月明かりに照らされてライトもいらないくらいです。二人はマシューの足跡を追いました。足跡は町と反対方向の林をぬけた丘へと続いているようです。
二人は丘の頂上で足を止めました。マシューの足跡は、そこで消えていました。まるでマシューが宙に消えてしまったように。
「コインが消えた...」ジョンがつぶやきました。
「パパ!どういう事なの?マシューはどこに行ったの!」
「わからん。足跡を戻ったなら僕たちに会うはずだ。」
ジョンはあたりを見まわしましたが、マシューの姿は見当たりません。
「とにかく、この辺りを探そう。」
二人は声を出してマシューを探しました。
「マシュー!」「マシュー!」
丘の下や林の中も探しましたが、見つかりません。
二時間くらい、歩きまわりました。メアリーが寒さで震えだしています。
ジョンがメアリーに言いました。
「いったん戻ろう。町の人に頼んで、みんなで探したほうがいいかもしれない。」
「本当に天国に行っちゃったのかなあ?」
メアリーは帰る間も泣きそうでした
二人が家に戻ると、マシューが暖炉の前で横たわっていました。
「マシュー!」メアリーがマシューに駆け寄りました。
どうやらマシューは眠っているようです。そのほおには涙のあとがありました。
「よかったあ。」メアリーの目にも涙があふれました。
「よく眠っているようだ。」ジョンはマシューをベッドに運びました。
「コインは消えたりしない。」ジョンはマシューの寝顔を見ながらつぶやきました。
翌朝のクリスマスに誰よりも早くマシューは目を覚まし、ジョンとメアリーを起こしました。
「ねえ!僕は夕べ、天国に行ってママに会って来たんだよ!」
マシューは大騒ぎです。
「ママは僕を抱きしめて言ったんだよ。ママはどこにもいないけど、どこにでもいるのよって。」
ジョンとメアリーは顔を見合わせて、微笑みました。ジュリアンが亡くなって以来、マシューが初めて笑顔になったからです。
月日が流れて、マシューは高学年になりました。
マシューは教室で数学の授業を受けていました。教壇ではジョンが黒板に数字を書き込んでいます。
黒板には数直線が書かれてあり、真ん中に0があります。0の右横には1、2,3があり、左横にはー1があります。
マシューはそれを見て笑みがこぼれました。
(ゼロの向こう...)
(ああ、こんなところにもママがいる。)
マシューは窓に目を移しました。空には灰色の雲が広がっています。
そろそろ雪が降り始める季節です。
み言葉がまた町を包むでしょう。
マシューは思わず口ずさみました。
(諸人 こぞりて 迎えまつれ)
マシューは冬を好きになっていました。 <完>