「……多重型精神構造における別種族性向の顕現、って正式名称で言ってもわかるか?」
0時定期更新の予定でしたが、導入部分である一章が終わるまで1時間ごとに更新していきます。(7月13日)方針が二転三転してしまって申し訳ないです。
――結局のところ、異常というほかないのだろう。
ヨウコ=クサワケについてどう語ったものかを悩んだあと、カズヤは結局いつも通り、そこから話した。
「普段のあいつ、静かだろ」
ひとの話を聞く。
ひとが喜んでいるのを見て一緒になって喜ぶ。
ひとが悲しんでいるのを見て、その心に共感して悲しむ。
ちょっと控えめで奥手だが、見る者に郷愁に似た安らぎを与える。
十数年かけて彼女が築き上げた、魂から滲み出る彼女の心だ。
紛れもない『人間』としてのヨウコ=クサワケの人物像だ。
「――彼女、」
エレルが何か言いかけて言葉を切る。
適切な言葉を探しているのだ。
「…………」
エレルはまだ、言いにくそうにしている。
「人間じゃないのか、ってことか?」
カズヤがあっさり言った。
人間と天使のハーフ、エレルが苦渋に満ちた様子で頷く。
「人間だよ。両親は両方とも人間だし、親戚にも別種族はいない」
「でもあれは……」
あれは人間のものではない。
あの目も。
あの髪も。
あの強引な言葉も。
あの無謀な求愛も。
あれは普段の彼女の色ではない。
まるでアクマのようだった。
「……多重型精神構造における別種族性向の顕現、って正式名称で言ってもわかるか?」
「なん――なんだ、それ」
「ヨウコを診た医者が出した診断結果だよ」
普段は人間である。
しかし特定の条件が揃ったとき、彼女の中からアクマの精神構造に類似した彼女が出てくる。
「病気なのか?」
「正確に言うと病気や疾患じゃないらしい。医者が症例にそれらしい適当な名前をつけただけなんだってさ」
原因はわからない。だが人間はアクマの子孫だから、誰にでも起こりうる。
多重人格にも似ているが分裂しているわけではない。
ただアクマが情愛を好むのと同じように――彼女も一時的に周りが見えなくなって、
恋だけが全てだとその瞬間、認識してしまう。
誰もが持っている情愛をその瞬間、熱に浮かされたように最重視する。
恋は魔法だ、と昔に誰かが言い残した。
奇跡のようだ、とも言ったらしい。
確かにそうなのだろう。
……だが、ヨウコにとっては。
恋は彼女に希望を与える魔法であり、絶望をもたらす呪いでもあった。
「普段があんなだから、いざアレが出るとみんなびびってお前みたいになる」
「……いつからなんだ?」
「んー? えーとあいつ今十六だから……最初にやらかしたのが一昨年だったかな。あんときもあいつの先輩だったな」
「僕以外の誰かとどうこうしたっていう話が聞きたいんじゃない! その、多重型なんとかっていう症状が出たのはいつから!」
「なんだそっちか。ガキのころからだよ。五歳だったかな。そのときは恋じゃなかったんだよ。親にワガママいったときに突然目の色変わったんだ。おばさんもおじさんも焦りまくってた」
そして診断を受けた結果が、さっきのそれである。
「で、その次の年にはもう親と一緒に住んでなかった。俺ん家に引き取られてたよ」
「え――か、彼女の親は?」
「離婚したよ」
「彼女のせいなのか?」
「まぁー……そうなっちまうかな」
――親戚にアクマはいない。
――なのに、娘にはアクマの兆候がある。
「ほんとに自分の子供なのか、って親父さんに疑われちゃったんだよ」
「そんな……」
「ひでぇ話だよな。……ま、それで親父さんが出て行って、お袋さんは娘を見ているとそれを思い出して辛い、ってヨウコと一緒に住めなくなった。で、おばさんの妹……俺の母さんに引き取られて今に至る、まる」
つまりカズヤとヨウコは親戚である。従妹だ。
「最初のころは今みたいにハッキリ出てたわけじゃないんだけど、親元離れてからは、あんな感じ。親に捨てられて愛情に飢えた環境が症状を進行させた可能性は捨てきれない、とかなんとか。それが原因なのか、たんにアクマの遺伝子が強く出たのか――まったくわからないけど、あいつは、あんな感じなんだ」
「…………」
「あ、ちなみにな、なんで身内のことを本人の許可なくこんなにぼろぼろ話しちゃうかっていうと、信頼してるからなんだよ」
「誰を」
「お前を。あいつを好きになってくれる奴ってさ、いい奴ばっかなんだよ。だから……
みんな、あいつのことを悪く言わない。あいつのアレ、噂とか聞いたことないだろ?」
カズヤは反応を待った。数秒待ってもエレルが黙ったままなので、そのまま続けた。
「勝手な頼みだけどさ、お前にもさ、そうなってほしいんだ。あいつのこと、嫌いにならないでやってほしいんだ」
「……なんでキミにそんなことを言われなきゃいけないんだ」
「見たくないんだ。あいつが泣くとこ。――しょうがないよね、とか言いながら悲しそうにする顔、見たくない。……頼むよ、この通り!」
がばっ、とカズヤが深く頭を下げる。
カズヤは後頭部に、エレルの視線が注がれるのを感じた。
「…………。それ、ずっと言い続けてるのか」
突き刺さる視線のせいで頭がチクチクする。髪の毛の先が針金になったようだ。
「彼女がああなるたびに、彼女を好きになった奴に、言っているのか?」
「――兄貴分ですから、あいつの」
安い頭だが、下げて事が済むなら悪くない、とカズヤは思っている。
「…………」
下げた頭からでも見えるエレルの手がグッ、と拳になった。
「顔、上げろ」
「あ、はい」
カズヤは言うとおりにした。
……めちゃくちゃ睨まれていた。
「キミの言い分はわかった」
「え、ほんと?」
「ああ。……彼女のことを嫌いになったりなんかしない。でもな、キミのことは大嫌いになりそうだ」
険しかったエレルの顔が余計に厳しくなる。
「――僕にも、妹がいる」
「え……」
急に話題がそれて、カズヤが困惑した。
「健常な妹だよ。でも仮に自分の妹が彼女と同じようになっても、キミみたいなことは
絶対にしない。……できるものか」
「つまり、どういうこと?」
エレルはさらに、ムッ、とした様子だった。
「さっきのさっきまで、カズヤ=アサクラはもっとヨウコ=クサワケを大事にしている奴だと思ってた、ってことだ」
「そりゃ、ごめん」
意味がよくわからなかったが、怒らせてしまったようなのでカズヤはとりあえず謝った。
「……しばらく彼女とは会わない。あの様子なら、その方がいいだろ」
「あー、そうだね。そうしてくれると助かる。……たぶん」
カズヤは返答したが、エレルはそれ以上話すつもりはまったくなかったらしく、既に
カズヤを置いて歩き出していた。
「ばかばかしい」
捨て台詞を残して、エレルの背中が遠ざかっていく。
「……ふひい」
カズヤの顔にどっ、と疲れと汗が噴き出る。
「今回は殴られなくて済んだな……よかったよかった。毎回アリアさんのヒーリングの
世話になるのもあれだからなぁ」
はぁー、と解放感に身を委ねる。
「しっかし……多かれ少なかれ、似たりよったりなことをみんな言うんだよなぁ。覗き見して怒るのはわかるけど、なんでそこまで俺を嫌うかね……」
ポケットに手を突っ込んで、頭上の星と月を見上げる。春の夜風が茂みと木の葉を揺らした。
「なんでなんだろなー……っと」
寮までの帰り道。カズヤは道端に転がっていた小石を蹴りながら、ゆっくり戻った。




