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「今日はちゃんと、普通の女の子をしてこい」

0時定期更新の予定でしたが、導入部分である一章が終わるまで1時間ごとに更新していきます。(7月13日)方針が二転三転してしまって申し訳ないです。

 カズヤ日記 九五三年 四月一三日

 今日は、書くことが多すぎる。

 ……俺と俺の周りにいる奴はみんな、もう少し自分を褒められる奴になれたらいいのに。


 ***


 カズヤたちの通う学園は単位制である。

 自分が受講したい授業を自分で申請して自分で時間割を決める。

 世界で最も多く採用されている教育システムだ。

 個人々々、自由に思うままに将来の進路を考えた上で選択するのだが、いくらかの

必修科目はある。

 その代表格がスポーツ科学実習。

 ……いわゆる、体育である。

 全学年の全学生が取る授業なので、週に二回ある講義の時間が来ると学園全体が

活気付く。

 運動を好む学生は積極的に参加するし、そうでない人間は審判や準備を買って出る。

 授業内容は適当にクジ引きで決まったりする。

 今日はドッヂボールだった。チーム分けも学年に関係なくクジ引きで決まる。


「ちなみに俺の書く、人間だけの世界では自由に授業を決めるのは上の学年が通う学校のみだったりする。だってそうじゃないと不安じゃん。自分が勉強するって決めた学問が将来役に立たないかもしれないんだぜ。だったらある程度大人に決めてもらった方が楽ちんだろ」


 と、グラウンドの片隅で自分の試合が始まるのを待っているカズヤ。


「人間らしい意見だ。俺は自分がやりたくない授業は受けたくない」


 と、カズヤの隣で大欠伸しているゼップ。

 体育の授業中なのにギターケースを傍らに置いている。

 天気は晴れで、春の柔らかな日差しと静かな風が眠気を誘っていた。

 二人揃ってウトウトし始めたころ、グラウンドの方から笛の音が聞こえて、女学生が

二人に向かってぶんぶんと両手を振っていた。

 ヨウコだった。ちなみに全員ジャージ姿である。


「お呼びだぞ、ギタリスト」

「わかった」


 カズヤとゼップも試合に参加する。

 ゼップはヨウコと同じチームで、対戦相手には見覚えのある顔が。


「お、兄ちゃんとヨッコが相手かーッ」


 リッピだった。

 ちなみにカズヤは審判だった。

 コート中央にリッピと長身の天使=♂が進み出る。

 体格差は歴然なのだが――。


「はい、しあいかいしー」


 ピュイイイ! と笛を鳴らしてカズヤが上空にボールを上げる。


「ほいっ」


 と軽快に跳躍したリッピがボールを自陣コート内に入れる――のではなく、


「死ねェェェェ!」


 相手コートにずどーん、とレーザービームを撃ち込んだ。

 審判カズヤは見た。

 ボールを投げる瞬間、いつも明るい彼女の眼に狩人の殺気が光ったのを確かに見た。


「……おーい、生きてるかー?」


 顔面でボールを受けた人間=♂の学生にカズヤが呼びかける。

 3カウント後、カズヤが両手でペケマークを作って首を振った。

 顔面は*マークの形に陥没していた。

 鼻血も出ていた。


「天使の救護班、さっさとタンカもってこーい」


 グラウンドに待機していた天使の学生が四名、慌てて駆け寄ってくる。

 三種族の中でアクマが身体能力で頭一つ抜け出ているが、天使には奇蹟を用いて傷を

癒す力がある。

 その能力は医療の現場で重宝されていて、天使の中には医者を目指す人物も多い。

 だが如何せん、治癒術は修得が難しい。

 そんなわけで医術を学びたいと願う天使には常日頃からの努力が求められる。

 体育実習は見習いにとって格好の学び場だった。


「はい、しあいさいかーい」


 互いのチームのアクマが互いのコートにレーザービームと化したボールを投げ込む。

 たいていどのスポーツでもそうなのだが、アクマが大活躍して、天使がそれになんとか追いすがろうとして返り討ちにされて、人間は最後までなんとか逃げ回ろうとする試合展開が非常に多い。


「どっせーい!」


 リッピが球を放るたびに内野の人数が一人ずつ減っていく。

 光がまた、コートの敵目掛けて飛んでいく。


「ぬぅぅ! もうやらせん!」


 天使がひとり前に出た。

 彼は三時間、夢の世界から学園に戻ってこれなかった。

 ドッヂボールのように相手を倒していく系統のスポーツではアクマの独壇場だった。

 ……のはずなのだが、何故か人間が最後に勝ったり最後まで善戦するケースも多い。


(天使とアクマ、アクマ同士が勝手に共倒れするからなんだろうなぁ……)


 と、審判席の高みから試合を眺めるカズヤは考えている。

 しかしこの試合に関してはそうではない。

 理由は単純だ。

 アクマの中のアクマ。ヒト型兵器・リッピ=ムラサメがいるからだ。


「あっと、さーんにん!」


 コートに君臨するスポーツの女王がボールをジャグリングさせている。

 ……ちなみに、兄のゼップは序盤の方で軽いボールにわざと当たって外野に行っていた。


(ギターケース背負ったまんまだしな……)


 コートにはところどころ穴が開いている。

 ボールの衝撃によるものだった。

 以前、野球をやったときはリッピの投げるボールに誰もバットを当てられなかったのは有名な話である。

 キャッチャーが四人、負傷退場したのも有名である。


「どっせーい!」


 ずどーん、と剛速球が飛んでいく。

 リッピにしては手加減されたボールだった。

 ヨウコを狙ったからだ。


「きゃー」


 彼女に受け止める、という選択肢はない。

 思い切り逃げていた。

 その逃げた方向に球がククッ、と曲がっていく。


「いや、ありえなくね?」


 とは数秒後にカズヤが抱く感想なのだが――。

 それはさておき、ボールが身をひるがえして避けようとしたヨウコの背中に向かって

いく。

 それを庇うように、間に割って入った人物がいた。


「あ……」


 ボールがてんてん、と地面に弾む。


「いつつ――大丈夫?」

「……はい」


 線の細そうな感じの男子学生だった。


「…………。はいそこの色男、アウトー。外野へ行けー」


 残るは二人。

 アクマの男子学生と、ヨウコだけだ。


「ん? どした?」


 カズヤがリッピに声をかけた。

 ボールを投げたあと、うずくまってしまっていた。


「いやー……えーと、腰、捻った、いたい」


 というわけでリッピが負傷退場する。

 試合は彼女のいたチームが数的有利を生かして、そのまま勝った。


 ***


「ばかだろう、お前」


 グラウンドで医師見習いの治療を受けていたリッピだが、それでも痛みが引かずに

医務室へ運び込まれた。

 ギターケースの持ち手を腕にひっかけながら彼女をおぶって運んでいるのは、兄の

ゼップ=ムラサメである。

 彼は道すがら、「ばかだろう」を繰り返していた。


「ばかっていうなー、バカっていうほうがバカなんだーっ! バーカばーかっ!」


 リッピが駄々をこねるようにゼップの背中を叩く。


「いつも思うんだけど俺、お前を見ているとなんだかとっても安心するんだ。いいよなー身近に自分より下がいるってさー」


 カズヤは満足感にじーん、と浸っていた。


「……だめだよカズちゃん。リッピちゃん、試合近いのに……」


 ヨウコが心配そうに彼女の腰を擦っていた。


「急いで先生のとこ行こうね」

「うぅー……怒られるかな……怒られるんだろうな……」


 話している間に一行は医務室に辿り着く。


「失礼しまーす」


 カズヤが一声かけて入室する。

 机にベッドに丸椅子に薬品の臭い。病院の診察室と同じ空気を持った部屋の中、白衣で眼鏡の保険医が「ん?」と首を振り向かせた。

 ノア=レベスト(=天使・♂・二十代後半?)である。


「先生、ベッド空いてる?」

「空いてるが……怪我したのはリッピなのか?」


 ゼップの背中で顔を隠すように丸まっていたリッピがビクッ、と身体を竦ませる。


「うん。腰を捻っちゃったらしくてさ」


 カズヤの発言でノアの顔色が俄かに厳しいものに変わる。


「すぐ寝かせろ。うつ伏せがいい」

「はい。――リッピ、いい加減にしろ。何を静かになっている」

「……だってー」


 うー、とリッピが兄に唸る。

 ベッドに寝かされたリッピをノアが見下ろして、


「何やったんだ」

「えー、うー……」

「唸ってるだけじゃわからない。ちゃんと答えろ」


 何を隠そうこの教師、陸上部の顧問である。

 将来有望なアスリート・リッピのコーチでもあるわけだ。


「ドッヂボールやっててちょっと変な投げ方を……」

「筋が痛む感じか?」

「た、たぶん――なんかこう、違和感というか」

「わかった。……すまんが男子二人は席を外してやってくれ。授業に戻りなさい」

「外で待ってちゃダメ? 心配なんだけど」


 と、カズヤが授業サボりたさに主張してみる。


「……まぁいい。授業ももう終わるし、少し待っていなさい。そっちのアクマはリッピの兄だな?」

「はい。自分も待ちます」


 かくして、二人は廊下に追い出された。


「上着、捲くるぞ」

「はいー……ってうぇえっ? 腰までじゃないのッ!」

「背中も見る。我慢しろ」


 去り際に聞こえた声にやや赤面しながらカズヤは廊下で待つ。


「やっぱ兄としては将来有望な妹の怪我の具合とか気になるか?」

「家族だからな。どちらかと言えば怪我よりあいつの頭の出来の方が心配だが」

「リッピに賢くなられたら俺は誰から優越感を得ればいいんだよ?」

「俺はたまにお前の腐った性根が心配になる。でもそんなお前が大好きだ」


 雑談を交わしている間にチャイムが鳴った。

 数分後、医務室の扉が開いて、隙間から頭を出したヨウコが二人に「終わったよ」と

声をかけた。


「とりあえずテーピングをしてヒーリングで痛みを取った。もう問題ないはずだ」

「……あい」


 ノアは冷静に答えているが、奥のベッドに座るリッピは頬を赤らめてやや下を向いて

いた。


「何を照れているんだ、お前」

「うっさい! バカ兄ぃ!」


 がーっ、と犬歯を剥き出しにして爆発するリッピを「こら」とノアが諌める。


「女子がそういう言葉を口にするのは感心できん。改めろ」

「うー……」

「大事を取って今日は部活なしでいい。休め」

「え、いいのッ?」

「悪化させるよりましだろう」

「キャーっ! やった! 遊べる! ヨッコ、がっこ終わったら遊びいこ!」

「わー、久しぶりだね、一緒に遊び行くの」


 女子二人が手と手を合わせて華やかに騒ぎ出す。


「ね、カズちゃんたちも行こうよ」

「んー、あー、そうだな。ゼップも行くか?」

「お前が行くなら」

「行こう行こー!」


 三秒毎に表情が変わるリッピは既に上機嫌だった。


「じゃあ、先生、俺たち行くよ」

「ああ」


 四人がぞろぞろと出て行く。


「リッピ」

「あい?」


 ノアが最後尾を歩いていた彼女を呼び止めた。


「嬉しいのはわかるが、お前のように走れる奴はそんなにいない。せっかくの才能だ。

腐らせるなよ」

「……うん、わかってる。ごめんね、せんせ」


 リッピの目線が床に落ちる。他の三人は既に廊下に出ているが、彼女は立ち止まった

ままだ。


「ただ――どんな選手にも息抜きは必要だ」


 ノアは、リッピの視線が上に向くのを待ってから笑みをのせて言う。


「今日はちゃんと、普通の女の子をしてこい」

「……うん! ありがと、せんせ!」

「ああ。無理はしないように。怪我には気をつけろ。また明日だ」


 ひまわりが成り代わったように、にんまり微笑んだリッピが照れを残して医務室を出て行く。

 一人残ったノアは医務室でリッピの使ったベッドを整えて、自分のためにコーヒーを

淹れた。

 湯気を立てる水面にノアの顔が映っていた。

 カップの中に映る目は揺れる水面のせいか――少し、揺らいでいる。


「…………」


 ノアの目が吐息と共にカップから医務室の戸棚へ移る。

 そこには記念の楯があった。

 アマチュア世界陸上・天使部門 優勝ノア=レベストの名が入った記念品だった。


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