「複雑なもんだぜ。妹の恋愛話をただただ聞き続けるのはよぅ!」
0時定期更新の予定でしたが、導入部分である一章が終わるまで1時間ごとに更新していきます。(7月13日)方針が二転三転してしまって申し訳ないです。
カズヤが学生寮に戻ったのは夕飯の配膳がはじまるきっかり五分前だった。
学生の食事は全て寮ではなく、校舎内の食堂で用意される。
五つある寮ごとに食事の時間が決まっているので席が取れないといったことはないが、それなりに混雑はする。
学園は十三歳から卒業まで六年制であり、たいていは同学年の仲の良いグループで
食事を摂る。
天使は天使、アクマはアクマで固まっていることが多いが、個々のグループに人間が
ちらほらと混ざることが非常に多い。
天使とアクマが一緒にいるケースはやはり、珍しかったりはする。
ちなみにカズヤはムラサメ兄妹とヨウコと食事を摂る。ほぼ毎日だ。
ヨウコを除く三人がいつも何かしら話題を振りまいて、ヨウコはふんふんと頷いて話を聞く。
それが彼らにとって最も無理がなくて、最も自然で居心地のいいバランスだった。
「そういえばもうちょっとで慰神祭だけど、兄ちゃんたちのクラスって何かやるの?」
と、リッピ=ムラサメがミートボールで頬を膨らませながら、カズヤとゼップに尋ねた。
「まだ決まってないなぁ。ゼップの裸踊りを提案してみよう」
「今日の演目が決まった。トップダンサー・カズヤ=アサクラによる電撃終末ロボット
ダンス」
「暴力反対ィィ!」
バチン、バチン、とゼップの尻尾が漏電していた。
「だめだよ兄ちゃん、次回ご飯時に暴れたら島流しっしょ?」
「開演時間は帰り道だ。夜道には気をつけろ、カズヤ。今日の俺の魔力はキレている」
「今は通り魔よりも強盗よりも同性愛者の強姦事件よりも、お前が世界で一番怖い」
それはさておき、慰神祭である。
最も気候が落ち着く五月、長期連休の最中に学内で祭りが開かれる。
それは伝承の中で神がどこかへ飛び去ったと語られる時期であり、カズヤたちが通う
学園以外も大規模な祭りを開催する。未だ帰らぬ神の怒りを静める祭りなのだ。
内容はスポーツ大会、絵画展、飲食系の出店と多岐に渡る。
要するに、教師も学生も含めてなんでもありの大騒ぎが容認される日だ。
「俺たちのクラスは皆それぞれ部活やってる奴が多いから、クラスでは何もやらないんじゃないかな。ゼップも軽音部だけど――お前、普通の曲やるのか?」
「やらない。特別、どこかに参加して何かをやるつもりもない」
カズヤの言葉にゼップが頷いていた。
「そっかー。あたしも陸上部代表で体育祭に参加する予定だし、出店のたかりは期待できないか」
リッピがフォークで嫌いなレタスをサクサク突きながら深く嘆息する。
行儀の悪い娘だった。
「ゼップさんもリッピちゃんもすごいねぇ」
と、ヨウコがなんだか嬉しそうだった。
「あれ、ヨウコおれは? おれおれ。俺はすごかないの?」
「カズちゃん何かするの?」
「……俺の未来を縛ろうとするなどおこがましいとは思わないかね」
「じゃあ聞くな!」
リッピの声が割り込んだ。
「や、一応さ、演劇部の奴に脚本書かないかって誘われたりしてんだけど」
「え、すごい。どんなのやるの?」
と、珍しくヨウコが強く聞き返してきた。
「うーん……まだ、やるって決めたわけじゃないんだけど――」
「えー、やろうよ。私、見に行きたい!」
「え、うーん……そんなに見たい?」
「見たい見たい!」
カズヤは期待されると尻込みする男だった。
でも期待されると照れてしまって舞い上がってしまう男でもあった。
「……まぁ前向きに検討致します」
「うん!」
目を輝かせるヨウコの隣でリッピが「うぇ、ちっさ……」とうんざりしていた。
ゼップは肩をすくめていた。
程なくして食事が終わり、四人は揃って外に出た。
四人とも同じ寮に部屋があるので、歩く方向も一緒である。
「――ね、カズちゃん。お部屋遊びに行っていい? ちょっとお話したい」
と、ヨウコが小声で訊いていた。
「…………。うん、いいよ」
カズヤの表情は芳しくない。話の内容は、なんとなく想像がついているようだ。
「ありがと」
食堂施設のある校舎から寮へ向かう道には等間隔に電柱が立っていて、電灯が
設けられている。
だから夜空の下でもヨウコのほんわかした、嬉しそうな表情がカズヤにも見える。
カズヤは星を見上げるふりをして、彼女から顔を背けながら歩く。
寮に着くとカズヤたちはリッピと一階で別れた。
一階に部屋を宛がわれているはずのヨウコは、ゼップとカズヤと一緒に二階まで
上がった。
ゼップはそれについて何も質問せずに自分の部屋へ入っていった。
カズヤが自室の扉を開けて、ヨウコが挨拶をひとつ。
「お邪魔します」
「邪魔するなら帰れ!」
定番のやり取りだった。ヨウコは苦笑しながら部屋に入る。
部屋には壁際にベッドと机があって、部屋の中央に麻雀用の座卓が置かれている。
「ポットのお湯沸いてる?」
「昼に沸かしたのがそのままだなぁ。ココアでいいか?」
「うん。私、やるよ」
水道は廊下にしかないが、小さな冷蔵庫と電気ポットはある。
ヨウコ用に常備している甘口のココアと、カズヤが好む紅茶が用意してある。
お茶を淹れたヨウコは座卓の手前に座って、カズヤは対面に腰を下ろした。
隣の部屋からはさっそくゼップのギターが聞こえてきた。
「ゼップさん、この曲好きだよね」
「そうかぁ? いっつも近所迷惑なうるせぇ曲しかやらねぇよアイツ……」
彼の選曲にしては珍しく、静かなバラードだった。
「たまたま私が聴くときに弾いてるだけなのかな」
マグカップを両手で持ち上げてヨウコがココアを小さく啜った。
ちなみに食堂に行っていたときから既に私服である。
ハートマークのプリントがついたTシャツに長袖の上着を軽く羽織っている。
袖が長くて手首が隠れてしまっているのだが、小柄なヨウコにはよく似合っていた。
小さな指とココアの熱をほぅ、と吐き出す薄い唇に女を感じて、カズヤは少しドキっとしていた。
「で、話って?」
「うん。……んと、天文部のエレルさんって知ってる?」
「あー。あいつな。知ってるよ。一昨年同じクラスだった。天使と人間のハーフだろ?」
「どんなひと?」
「え……ふ、ふつう、かな? 特徴がないというか静かというか……血は天使寄りかな」
「やさしそうなひとだよね」
「うんうん、そうだな。面倒な飼育係を押し付けられた挙句、他の奴がサボるせいで
仕方なしに延々とウサギに餌食わせるイメージだ。で、そいつがどうした?」
「うん。部活誘ってくれてるんだ」
「ほー。入るの?」
「うん。入るつもりで考えてる」
ヨウコには珍しく、悩んだり迷ったりせずにきっぱりと答えた。
「むむむ……」
「な、なに?」
「告白でもされたか?」
「ひぅっ」
と、しゃっくりのような可愛らしい声を上げてヨウコが悶えた。
「あー、ごめんごめん。びっくりさせたな。でもそうなんだろ?」
「どどど、どうしてわかるのっ?」
「何年一緒に居ると思ってやがる。お前のことなんて全部お見通しだ!」
「えーすごい」
「で、付き合うのか?」
「う、うぅん……今まで話したことないし、その、告白っていうより、いいな、って
思ってるって言われたの」
「もう告白じゃねぇか。んで、部活一緒にやって愛を育みましょうってか? 意外と
積極的だなぁあいつ」
「そ、そうだよね……びっくりしたもん」
「そだな。で、お前も一応オーケィの構えだと?」
「そういうわけじゃないんだけど……エレルさんがどんなひとか知ってみたくはあるかな。だから天文部、入ったほうがいいかな、って思ってる」
こうなるとヨウコは強い。
髪の長さは長くも短くもなくて中途半端だが、色はハッキリと黒い。目にも力がある。
心に一本、鋼鉄を通したような力がある。
「わかった。応援してるよ」
「ほんと?」
「おう。なんかあったらすぐ相談してこい」
「……ありがとう! 今度はちゃんと、うまくいくといいな」
カズヤは返事の代わりに細かく何度か頷いて、紅茶で口を湿らせた。
その後、一時間ほどカズヤはヨウコの話に付き合った。
だいたいがエレルの話で、たまに自分たちの思い出話が混じった。
「あ、そういえば昨日おばさんから電話かかってきたよ」
「お袋か。元気にしてんのか?」
「うん。カズちゃんによろしく伝えておいてねって言われた」
「相変わらずお前の方に連絡がくるんだな……俺なんかしばらく話した記憶ねーぞ」
「慰神祭に来るって言ってたよ」
「へぇ――」
ゼップのギターの音はずっと静かな曲調のままだった。
隣の部屋の音楽が聞こえなくなった頃、カズヤが時計を見た。
「――っと。そろそろいい時間だな」
「あ、ほんとだ。戻らなきゃ。ありがとね、カズちゃん」
「おうおう。また明日なー」
廊下に出てヨウコを見送って、カズヤは部屋に入った瞬間、ずるずるとドアに
背もたれた。
「あー……ちくしょ」
深く、深く深く息をつく。
「複雑なもんだぜ。妹の恋愛話をただただ聞き続けるのはよぅ!」
彼は部屋の中を走ってベッドに飛び込む。
「ぐえ!」
勢い余ってベッドの縁に頭をぶつけた。
「いってぇ……」
カズヤは身体を丸めて痛みに耐えて、そのまま布団を頭まで被ってしまう。
ギターの音はもう聞こえてこない。
浴場の順番が回ってきてゼップが呼びに来るまで、カズヤは布団に丸まったままだった。




