「感想を聞かせてくれよ」
カズヤ日記 九五三年 五月一五日
今日は慰神祭だった。
今日の出来事について詳細を書くつもりはない。
でも未来の俺よ。この文章を見て今日、俺が体験したことを思い出せ。
もしお前が今日のことを思い出せないなら、過去のお前は現在の俺を呪い殺してやる。
***
私立ムラサメ学園は全寮制なので通常の場合、一般解放はされていない。
しかし慰神祭ともなれば話は別だ。全世界共通の祭りであり、暦は五月初頭の長期連休に入っている。
街では陽気に酒が振舞われ、学園も一般人の立ち入りを許可してイベントを楽しむ。
午前から午後三時までは近隣の住民を含めた体育祭が開催される。
カズヤとヨウコは運動が得意ではないので主に準備を手伝っていた。
選手として出場したのはゼップとリッピである。
チーム分けは運良く、全員同じチームだった。格好も全員、ジャージである。
「リッピはともかくとして、兄貴の出場はどういうことなんだよ」
カズヤが百メートル走のメンバー表を片手に驚愕していた。
隣にいたヨウコが答える。
「メフィーちゃんの推薦なんだよね」
「え、そうなの?」
「うん。車の間をすり抜けて走れるくらいなんだから、って」
「あぁ? なにわけわかんないこと言ってんだ……そんな奴いるわけねーだろ」
そんなやり取りの間に競技の時間がくる。
「ふっふっふー。秘密兵器っすよー。一位間違いないっすよー」
ゼップが入場してくる。
……ギター付きで。
「やっぱりかよ!」
会場がどよめいていた。というより、困っていた。
「ん? まずいのか?」
「だめに決まってんだろ……」
暫定保護者・カズヤが赤面しながら説明に行った。
「困ったな。俺はこいつを誰かに預けたりするつもり、ないぞ」
「えー……うーん」
どうしたものか、とカズヤが悩み込んでしまう。
「カズヤさん、ちょいちょい」
と、メフィーが手招きしてきたので、カズヤは一旦戻った。
「大丈夫っす、問題ないっす。前もギター背負ってたのできっと楽勝です」
「いやそういう問題じゃなくて、ルールとしてね……」
「重くなる分には関係ないんじゃないですか?」
「あー、それもそうか?」
大会運営委員による協議の結果、ありとなった。
さらに競技の結果、ゼップのぶっちぎりだった。
ギターマンのまさかの活躍に観衆は大いに沸いた。
「わーっ、すごーい」
「…………」
「どしたの、カズちゃん」
「いや……いいんだ、でもどうしてだろう、喜ばなきゃいけないのに素直に喜べない」
一等の旗を持つゼップを遠くに感じるカズヤであった。
「やーっ、やっぱりゼップさん推薦してよかったですよー」
「ん? そうか」
メフィーは嬉しそうに「はいぃ」と頷く。ゼップはよくわかっていなさそうだった。
「これで賭け金総取りっす」
「うん? そうか」
「はーい! わーい」
「ところでお前、名前なんだっけ」
「……ちょっとぉ?」
賑やかだった。
「むむむ……」
「どうしたの、カズちゃん」
「親友から幸せの気配を感じる」
「メフィーちゃんとゼップさん? ――そっか、アクマ同士でお似合いかも」
ゼップをより遠くに感じるカズヤであった。
その後、リッピも百メートル走で出場した。
観衆が皆、黙り込むほどのぶっちぎりだった。
彼女だけが別の世界の住人だった。
「さすがだな」
クールダウンのためなのか、リッピはゴールしたあとも軽く走っていた。
「……あいつ、競技のときはやっぱり普段と違うな」
「うん。凛々しい感じだよね。カズちゃん、旗わたしてきて。私じゃ追いつけないし……」
軽く走っていても速かったりするのでカズヤが走った。全力疾走でようやく追いついた。
「あ、カズちん。ありがと」
「おう、一位おめでとう」
「当然っすよ」
リッピは旗を受け取るときも笑わなかった。
代わりにカズヤの肩口に視線を動かした。
戻るとき、カズヤはさりげなく彼女が見ていた方を確認する。
ノアが腕組みをして立っていた。
「……ごめんな」
カズヤは真実を言えないことをリッピにこっそり謝った。
もっと、別のいい道があったような気がしてならなかった。
――それともこれから変わっていくのだろうか。
(難しいなぁ……)
カズヤがままならない気持ちを抱えたまま、体育祭は進行する。
リッピの活躍もあって、カズヤたちのチームが優勝した。
優勝チームには慰神祭の出店で使える金券が配布される。
「もらってきたよ」
「よし、じゃあ、合流すっか」
ヨウコとカズヤは、体育祭終了後に寮の前で待ち合わせをしていた。
相手はリッピとゼップではない。
「あれかな?」
「あれだな」
ヨウコが手を振ると遠目からでもはっきりわかるほど、両手を大きく振った人物がいた。
カズヤの母だった。
一年ぶりの再会である。
「ヨウコーっ!」
「おばさん!」
ヨウコが駆け寄ると、二人は思い切り抱き合った。
名をセツナ=アサクラ(=人間・♀・齢三十四)と言う。
十七のときにカズヤを産んでいるので、見た目は反則的に若い。
自称永遠の二十五歳を誇る魔女である。
短い黒髪で、額にサングラスをひっかけている。
ジーンズと軽そうな薄手の上着が若作りに一役買っていた。
スタイルも悪くない。
(……まぁ、五年前は永遠の二十歳を謳ってたんですがね)
「なんか言ったかい、カズヤ」
「なんもいってねっす」
地元では「姐御」とか「姐さん」とか呼ばれているので、命が惜しければ一瞬たりとて気が抜けないのである。
余談だが、父親がなんの仕事をしているのかカズヤは未だに知らされていない。
「お友達は?」
「今日はみんな家族と一緒だってさ」
「挨拶したかったんだけどねぇ……」
「相手の親、理事長だぜ」
「だからでしょうが。留年に備えての裏工作は事前に行うべきなのよ」
「そうかぁ。ヨウコの成績ってそんなに悪いの?」
カズヤがとぼけた刹那、セツナの鉄拳が飛んできた。
「あば、あばばば……」
あまりに痛すぎてカズヤはバカズヤになっていた。
「あはは。……時間もったないから、ご飯たべにいこ?」
ヨウコが二人の腕を引っ張って出発を促す。
右にセツナ。左にカズヤ。中央にヨウコだった。
『ヨウコはお姫様だから真ん中だーっ!』
と昔、セツナが決めた配列だった。
体育祭で得た金券を使い切るべく、三人は出店を回っていく。
「劇は何時から?」
「十七時からだな。いい席取るなら三十分前には行かないとまずいと思う」
「ご飯食べたらすぐだね。ちゃんと練習できたかい?」
セツナがヨウコに目配せする。たこ焼きを頬張っていたヨウコが「あうー……」と唸る。
「お手洗い行ってきます……」
「はいはい」
セツナの苦笑に見送られてヨウコが退席する。
「……あのさぁ母さん、ちょっとお話が」
「なんだい。いい話しか聞かないよ」
セツナの先制パンチにカズヤがのけぞる。
「い、いい話かなぁ。とりあえず殴られる覚悟はしてるんだけど」
「一気に聞きたくなくなったねぇ……」
「まぁまぁ、そう言わず」
嫌がる酒を無理矢理勧めるような口調でカズヤが迫る。
「……裏工作は事前にしておくべきなんだろ?」
生意気言うな、とカズヤはその時点で殴られるのだった。
***
時間とは平等に与えられるものだが、一定のものではない。
楽しい時間はあっという間に過ぎていくし、辛い時間は長く感じる。
何が辛くて何が楽しいかはひとによって違うだろうが――ヨウコにとって儀式を行う緊張した時間は、あっという間に過ぎて行った。
だからその体感時間に従って大幅に時計を動かす。
時刻は儀式を終えて午後十八時である。
慰神祭恒例の儀式は滞りなく進行した。
大きなミスもなく、カズヤが好む大衆小説にありがちな、劇中での怪我も事故も怪現象も起こらずに問題なく終了した。
ゼップの熱のこもった演奏によって練習よりも見せ場は作れていたのだが、ヨウコはあまり覚えていない。
ずっとドキドキしっぱなしで、台詞を噛まずに言うので精一杯だった。
「ちゃんとできてるよ」
劇中、エレルに耳元で囁かれても自信は持てなかったが、とりあえずは終わった。
神事なので拍手などは送られなかったが、険しい顔をして見ているひとがいなかったので悪くはなかったのだと、ヨウコは信じ込もうとしていた。
「はぁ……」
ヨウコは今、控え室で疲労感にまみれた息を吐き出している。
最後の場面はヨウコのソロだった。
ウェディングドレスに着替えたヨウコが神に扮したアリア=ベルにひざまづいて祈りを捧げるシーンなのだが、手の震えをおさえるので必死だった。
他の参加者は片付けをしているが、ヨウコは休んでいて構わない、と全員に口を揃えられた。
「皆さんもそう言っているわけですし」
と、アリアに控え室に押し込まれた。
「着替えもあとでいいですよ」
その言葉を最後に彼女は立ち去って、その後は誰も来ていない。
(……ダメだなぁ、私)
いつになったらきちんとできるのだろう、とヨウコが自身に対して思わない日はない。
周囲には面倒見のいい人間が溢れている。
だがそれに頼るのは嫌だと、彼女は正直に思う。
(こんなだと、いつまで経っても……)
……。
……。
やめよう、とヨウコは頭を振った。
(着替えて、みんなを手伝わなきゃ)
片付けが終わったらキャンプファイアが行われる。急ぐべきだった。
しかしドレスなので、ひとりで着替えができない。
ヨウコはアリアを呼ぼうと席を立って、がちゃり、と部屋の扉を開けた。
「おっす」
扉を開けると、そこに人影。
心臓が口から飛び出るかと思うほど、ヨウコは驚いていた。
「……そのうち無理して出てくると思ってたよ」
カズヤであった。
「びっくりした……」
「着替え、誰か呼ぶつもりだったろ?」
「なんでわかるの?」
「ふっふっふ。何年一緒に居ると思ってやがる。お前のことなんて全部お見通しだ!」
ぴん、と伸びたカズヤの人差し指がヨウコの眉間に向く。
「着替えちゃだめだぞ?」
「えー? この格好だと動けないよ?」
「動かなくていいんだよ。主役なんだから」
「でも片付け手伝わないと……」
「いいんだ。お前にはそのままでいてくれないと俺が困る」
「どうして?」
「この後、俺と一緒に踊るからだ」
「……え?」
ヨウコが呆ける。
「知ってるだろ。キャンプファイアで二人で一緒に踊ったカップルは幸せになれるらしいぜ」
それはどこにでもある、程度の低い伝承だ。
神話の内容を省みるに、エヴァとアダムが愛を育んだために神が人々を見限ったのだから、逆効果になりそうなものである。
ただ特別な日に、特別になりたい人間と踊るための口実に過ぎない。
「眉唾っぽいけどさ、たまには乗ってみるのもいいだろ?」
「……だめだよ、兄妹だよ」
「従妹だろ?」
言いながら、カズヤがヨウコに一歩、足を寄せる。
「……だめだよ」
ヨウコが後ずさる。
「なんで……?」
カズヤが一歩寄って、ヨウコが一歩下がって、ヨウコが壁際に追い詰められた。
「どうしてそんな意地悪するの?」
「……今のはショックを受ける発言だな。意地悪にあたるのか?」
「だって……そんなのされたら……私、変わっちゃうよ? 知ってるでしょう? わかるでしょう? なのに、どうして?」
ヨウコの懇願するような頼りない問いかけに、カズヤは余裕を持って答える。
「昔……覚えてるよな。俺が絵本、読み聞かせただろ」
神話の本だ。
エヴァとアダムが出会って、最後は別れてしまう悲しい恋物語のことだ。
「お前、あのとき俺に怒ったんだよ。どうして好きなのに別れなきゃいけないのかな、って。最初は怒ってたのにお前、だんだん泣き出しちゃってさぁ。私がパパとママのこと大好きだったのに、一緒に暮らせなくなっちゃったのはエヴァさまがそうだったからなのかなぁ、って」
「…………」
「そんで俺、言ったろ? じゃあいつか俺が書いたものでお前を幸せにしてやるって。覚えてるよな?」
「……忘れないよ」
「よし。……そんでまぁ、今、それを実行中なわけだ」
カズヤの筋書きは、こうだ。
「お前がアクマ・エヴァを演じて儀式をちゃんとこなす。その後、祭りの終わりが差しかかってお前はちょっぴり寂しい気持ちになる。綺麗なドレスを脱がなきゃいけなくてもっと寂しい気持ちになる。そこで俺が来るんだ! 脚本を完成させるために迎えに来るんだよ」
一呼吸、カズヤが息を挟む。
「兄貴じゃなくて、恋人候補として」
「……………やだ」
「好きだ」
「だめだよ、やめてよ! なんで……最近、やっと、ちゃんとおさえてたのにどうして!」
「もう一度信じてくれ。あのときは逃げたけど、今度は逃げない!」
「やだ、……やだぁ!」
ヨウコの髪が金色に変わる。
瞳も黒から紅に変色する。
「俺にもう一度だけチャンスをくれ!」
彼女の問いは試練だ。
異常なほど純粋な気持ちを前にすれば、どんな男も化けの皮を剥がされる。
「……やだ、やだよ」
「頼む」
これは戦いだ。カズヤ=アサクラが古傷を乗り越えるための復讐戦だ。
「だって……だって、ずっと、好きでいてくれないでしょう?」
「そんなことない。今までだってずっと好きだった。言ってなかっただけだ」
「……一緒に、いられるの?」
「ずっと一緒にいただろ? 泣かれても喚かれても一緒にいたぞ」
「でもっ、私やだよ――私が好きになっちゃったら、嫌われちゃう。そんなの、やだ……」
「残念だったな。お前のだめなところなんて嫌って言うほど見てきたぞ。だから、お前がこれから言うことも全部お見通しだ。お前が今、言ったら嫌われるかもしれないから言ってないことも全部わかっちゃうぞ」
リッピが言っていた。
恋は度胸だ。だからカズヤは踏み込む。
「お前が望んでくれるなら結婚しよう。でも俺は金もなければ稼ぐ力もまだない。そんな奴がお前を幸せにできると思えない。お前はそれでも幸せだって思うかもしれないけど、お前は大好きな俺をロクに女も食わせられないダメ野郎にするつもりか?」
「……カズちゃんのこと大好きだなんて言ってない」
「うぐ……そ、それはおいとけ。ともかく俺はセツナ=アサクラの息子だ! 硬派で一途な男だからお前を不幸にはしたくない!」
「……一度フった女をまたたぶらかそうとする意地悪なひとだよ」
「あー……あーいや、それ言われるとすげぇ辛いんだけど……ああくそ、色々うるせぇ! 面倒な奴め!」
とにかく! とカズヤがヨウコの両肩を掴む。
「俺はお前がそういう奴だって知っててお前を好きだって言ったんだ! だから……ついてこいよ! 俺、なんもいいとこないけど――自分に自信もないけどさ、お前が慕ってくれるなら、こんな自分だって誇ってみせる!」
言いたい事を全部言い切ったカズヤが口を結ぶ。
ヨウコに寄せている顔が熱に浮かされたように紅潮していた。
「……自信、ないの?」
「ないぞ」
「……それは、私のせい?」
「お前のというか――まぁ、あの一件だったと思う。……逃げちまったからな」
「……ヨウコは間違っていない。……情けないのは、俺の方だ。そう言ってたもんね」
過去の言葉をなぞったあと、ヨウコは赤い目に涙を浮かべた。
「でもね、それ違うよ?」
「うん?」
「……私ね、自分が間違ってるってこと、ずっとわかってた」
彼女は肩に乗せているカズヤの手に、自分の手を重ねて言う。
「カズちゃんは私のこと間違ってない、正しいって言ってたけど――そんなわけない、ってずっと思ってた。だって間違ってないなら、みんな私から逃げないもん。……ずっと思ってた」
「…………」
「カズちゃんは、私のこと、間違ってるって思ってるよね?」
「間違ってるとは思わない。今でも、お前の願いは強すぎるだけだって思ってる」
「でも他人からしたら、受け入れにくい『異常』な部分だよね?」
「……それは、そうかもしれない」
「自惚れてるだけかもしれないけど、……守ろうとしてくれてたんだよね?」
「うん。でもそのせいで傷つけちゃったな。――ごめんな」
「……うん」
「でもみんな、お前の味方だよ。パパもママもいないけどさ、母さんもゼップもリッピもいる。俺もいる。……悪くないだろ?」
「……うん」
「俺さ、言いにくいことからは全部逃げてたけど、これからはちゃんと言うように努力するよ」
「……うん」
「すぐには難しいかもしれないけど、……でも一歩一歩、だよ。……な?」
「……うん。……ずっとね、自分のせいでカズちゃんが傷ついたの、悔しかったよ」
「そっか。話するの、遅くなってごめんな」
「……うん」
「お互い悪かったのに話すのが遅れちまった。……待たせて、ごめんな」
「うん……っ」
「泣くなよぅ」
いつもそうしているように、カズヤはヨウコの涙を拭っている。
そうしているカズヤも泣きそうになっていた。
「……私ね、カズちゃんのこと大好きだよ」
「おう。知ってた」
「……でもね、いまはやっぱり、いい」
「うん?」
「いまこのまま甘えちゃうとね、カズちゃんはただ私の面倒見てるだけな気がするの。そんなのは、いやなの」
瞳の色は赤かったが、ヨウコには落ち着きがあった。
「……私もね、自分に自信がないの。リッピちゃんみたいに明るくないし、ゼップさんやカズちゃんみたいに優しくない」
「お前が優しくなかったら世界は犯罪者だらけだぞ?」
「でも自信ないの。だからね、私がちゃんと、自分の中のアクマとちゃんと付き合えるようになって、自分に自信ができたらそのときは私から言う。……それまでにもっとすてきな子になる」
「……そっか」
カズヤがヨウコの頭に手を乗せて、慈しむように撫で付けた。
「さっき、母さんが教えてくれたんだ」
「何を?」
「昔、お前が俺と兄妹になるのに大反対して、母さんと大喧嘩したことがあったろ。そんときの話」
――ふぅん。そう、カズヤはヨウコを取りに行くか。
――でも今回は失敗するんじゃないかしらねぇ。
――っていうのもね、あたし、あの子に言った事があるのよね。
――あんたみたいな泣き虫でわがままなだけのお嬢さんには息子はあげらんないって。
――だから、守られてるだけのつまんない女から卒業しな、話はそこからだよ、って。
――カズヤを守れるくらいになったら考えてあげる、みたいなことを言った。
――あの子がまだそれを覚えているなら、今回は……。
「俺は気ィ短いから急がないと間に合わないぞ? 主人公でモテモテだから早い者勝ちだよ」
カズヤの発言はハッタリだったが、ヨウコは否定しなかった。
「大丈夫、負けない。……十年以上も想ってきたんだもん」
髪の毛は紛れもなく金色だ。目も真紅だ。でもその喋り方は確かに、みんなが愛して止まない人間のヨウコ=クサワケのものだった。
「じゃ、とりあえずは現状維持だな」
「……うん。でも、これだけ」
ヨウコがそっ、とカズヤに顔を寄せた。
一瞬だけ、唇と頬が触れた。
頬に押し当てるだけの、純粋な情愛を示すキスだった。
天使のようなキスだった。
そしてきっと、挑戦状だった。
「誰にも負けないよ」
「おう、がんばれ」
「……着替えるから、誰か呼んできてもらえる?」
「うん。行ってくる」
身体を離して、二人が微笑み合う。
「感想を聞かせてくれよ」
「なんの?」
「脚本家、カズヤ=アサクラのデビュー作。担当編集にして俺のファン一号ヨウコさんは幸せになれたか?」
泣いてばかりだったヨウコ=クサワケ。
彼女は満面の笑みを咲かせて、言い放つ。
「大満足です」
――彼が書いた初めての脚本はこれで終わる。
その先はまた――カズヤ=アサクラ先生の次回作に、ご期待ください。




