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「自信がないなら、自信が出るように約束くらい守れるようにならねーと」


 

 カズヤ日記 九四九年 四月一〇日

 今日の出来事について詳細を書くつもりはない。

 でも未来の俺よ。この文章を見て今日、俺が体験したことを思い出せ。

 あいつを傷つけたことをもう一度刻み込め。

 もしお前が今日のことを思い出せないなら、過去のお前は現在の俺を呪い殺してやる。


 この日記を書いたのはカズヤが私立ムラサメ学園に移ってちょうど一年が経ったときだ。

 私立ムラサメ学園は入学試験において、学力よりも面接を重視する学校だった。

 何故、うちの学校に入りたいのか。

 面接官は学生に確固たる意志を求めて質問を続ける。

 カズヤ=アサクラは面接の場において、包み隠さず答えた。


「妹が人間だけどアクマなんです。だからアクマも人間も天使もいるこの学校に入って、彼女を理解できるようにしておきたいんです」


 カズヤは両親と共に誓った。

 自分たちはいつも、どこまでも、何よりも、ヨウコ=クサワケの味方だと。

 だからアクマのことを知りたかった。

 カズヤの熱意は面接官に認められ、彼の入学も認められた。

 別れの日、ヨウコは大泣きした。

 そして来年、自分も後を追いかけると叫んだ。

 絶対に追いかける! ……と、髪の毛の色と目の色を変えての絶叫だった。


 ヨウコは甘えん坊だなぁ――。


 そのときのカズヤは、その程度にしか考えていなかった。

 カズヤがムラサメ学園に入学してすぐのころは、よく家から電話がかかってきた。

 受信専用の電話が一つしかないので常駐の寮母にいつも笑われていた。

 さすがに恥ずかしかったので週一回、必ず実家へ電話することを条件に控えてもらうよう、カズヤは懇願した。

 半年ほど経ってから、ヨウコではなく母親からカズヤへ連絡があった。


「――元気かい?」


 話の切り口にひどく違和感があったことを、カズヤは覚えている。

 言いたいことはハッキリ言う母だった。

 その母が何かをとても言いにくそうにしているのだと、カズヤは直感した。

 親子だから、なんとなくわかってしまった。

 どうでもいい話を数分したあとに、母はようやくカズヤに本題を切り出した。


「ヨウコのアクマ化がだんだんひどくなっている」


 カズヤが遠くに離れてから回数が増えて症状も重くなっている、と彼女は言った。

 自分で自分の感情を抑え切れなくなっている節がある、と彼女はカズヤに言った。


「さっきもね、ケンカしちゃった」


 どうして? とカズヤは訊いた。


「……お母さんね、ヨウコが少しでも安心して暮らせるようになれば、って思ってね、

ちゃんと養子に迎えて、娘にしたいって考えたの」


 そうなんだ、とカズヤは相づちを打った。


「……でもあの子、その話聞いて言ったの。兄妹になっちゃったら結婚できないから

嫌だって」


 カズヤは何も言うことができなかった。

 母もしばらく何も言えず、重く吐息した。


「……あの子、暴れちゃって、今から片付けだわ」


 カズヤは何を答えればいいのかわからなかった。

 きっと母も、何を言えばいいのかわからなかった。

 それでも母は、やはり母だった。


「――養子にするかどうかなんてあまり関係ないんだと思う。所詮は紙切れ一枚だよ。

そんなのがなくたって、母さんとあの子は親娘だって信じてる」


 迷いながらも気丈に子供たちを信じたのだ。


「母さんはヨウコのことを考えて今のままにする。あとはアンタたちの問題だと思う。

あたしと父さんも大反対を押し切って結婚したからね」


 そして半年後、ヨウコはムラサメ学園に入学してきた。

 カズヤはずっと一緒にいることを要求された。

 カズヤの母がいなくて寂しいから、とヨウコは言っていたが――嘘だった。

 部屋に二人でいた。

 何も話さなかった。


「……好きだよ」


 と唐突にヨウコが言った。

 カズヤも返答した。


「……そっか、嬉しい」


 その後、十分ほど経って、カズヤは初恋の女の子から立て続けに要求された。

 離さないで。嫌いにならないで。ずっと一緒にいて。……結婚して。

 彼女を好きだと言ったはずのカズヤは、全てを受け入れなかった。


「……どうして?」


 そんなの無理だ、とカズヤが言うと、ヨウコの爆弾は爆発した。

 ……言い訳はできなかった。

 後日、カズヤは彼女に頭を下げて謝った。


「お前は間違ってなんかない」


 ――病気なんかじゃない。


「俺がだめなだけなんだ」


 ――俺は味方だ。


「お前がお前のままでもちゃんとした相手を見つけられるまで、俺も手伝うから」


 そうしてヨウコ以外は誰も知らないまま、カズヤの初恋は終わった。

 その後、彼女はまだ、幸せになっていない。


 ――それから数年経った今、カズヤはふとしたときに思ったりもする。


 あのとき彼女に告げた『好きだ』という言葉は、本物のはずだった。

 だったら、ヨウコに言えばよかったのだ。

 ヨウコを傷つけたくない一心でヨウコに本音を言わなかったが、本当に彼女のことを

想うなら「異常だ」と告げてやるべきだったのだ。

 正しいのか間違っているかは別として、他人には受け入れ難いということを、傷つく前にちゃんと正直に言ってやるべきだったのだ。


(……たぶん、リッピの言う通りだ)


 カズヤの優しさは自分にしか向いていない。

 守りたかったのはヨウコではなくて、ヨウコに嫌われないようにする自分だった。

 ヨウコの「味方」でいるべき自分だった。


「くそ……」


 カズヤの目に涙が滲む。


(こんなださいの、流行らないはずなのに)


 それでも今のカズヤが本当のカズヤだった。

 どうしようもないくらい、ありのままの自分だった。


 ――ドン、ドンドンドンドン。


「……?」


 ――ドンドンドンドンドン。


「……なんだ?」


 音が聞こえる。

 雨の音ではない。

 ドアの方からだ。

 誰かが扉を叩く音だ。


「……誰だよ、消灯前に」


 ――しかも俺が泣いているときに。

 カズヤは不審に思いながらドアを少しだけ開けた。

 隙間から覗いたのは、エレルの顔だった。


「やっと出たな」

「――なんだよ」

「ちょっと入れてほしい。廊下でする話じゃないと思う」

「……服着るから、ちょい待て」


 カズヤは手早く着替えを済ませて部屋にエレルを入れた。


「お茶は淹れねーぞ。機嫌悪いからな」

「構わない。すぐ終わらせる」

「なんの話だよ」

「アリアさんとの話は聞いていた」

「……は?」

「奇蹟で繋いでもらってたんだ。おかげでこめかみがずいぶん痛い」

「……もうなんでもありだな」


 カズヤは呆れて、それ以上何も言えなかった。


「問題、ないんだな?」

「何が?」

「彼女がキミのことを好きなら、カズヤ=アサクラは何の気兼ねなく、彼女を大切に思えるんだな?」


 アリアが最後にしてきた質問のことだとカズヤが理解するまで、少々時間を要した。


「だったらどうした」

「……よし、言ったな。だったらこれから僕がする話をよく聞け」


 エレルがカズヤの部屋を訪ねる十分ほど前、彼は自室でカズヤとアリアの会話を盗み

聞いていた。

 会話が途切れるまで耳を傾け続けていたエレルは、すぐに部屋を出てヨウコの部屋に

向かった。

 ノックに応じて扉を開いたヨウコは訪ねてきたエレルを見て、とても驚いた。

 エレルは、話がしたいと彼女に頼み込んで、部屋に入れてもらったらしい。


「単刀直入に言うし、訊く。僕はキミのことがやっぱり好きだ」

「…………」


 ヨウコは辛そうに聞いていたらしい。


「でもキミは――別に好きなひとがいるよね?」


 そう言うと、ヨウコはもっと辛そうな顔になったらしい。


「……昔、フラれちゃいました」

「でも今でも好きなんだろう?」

「…………」

「それは、カズヤくんなんだろう?」

「……どうして」

「見ていればわかる。カズヤくんだってキミが好きなはずだ」

「……でも、だめです」

「なんで!」

「だめですよ」


 ヨウコは、笑ったらしい。


「だって私が好きになっちゃったら、嫌われちゃいます」


 彼女は笑いながら、言葉を繋いだ。


「私の好きは普通じゃないです。私、リッピちゃんみたいに可愛くないし、めちゃくちゃなことばっかり言って困らせちゃう、悪い子です――だから、だめなんです」


 エレルが否定を挟む間もなく、彼女は続けた。


「カズちゃんのこと、大好きです。世界で一番大好きです。でも世界で一番嫌われたくないひとだから、私がアクマになって困らせたりしないように、がんばって『普通』でいるんです」


 ――きっとそれが、一番いいんです。


「以上だ」


 カズヤに話し終えたエレルは、絶句するカズヤを見つめている。


「どうする?」

「……どう、って」

「キミは言ったな。ヨウコは自分を好きなんかじゃない。アクマ化しないんだから、とっくの昔に愛想を尽かされている、と言っただろう」

「…………」


 カズヤが顔を俯かせる。


「でも逆だったんだ。好きだから、アクマにならないようにしてたんだ」

「…………」

「言ったよな。問題ないって。彼女は好きだぞ、キミのこと」


 雨音が響く。空気が重い。


「……言いたいことはわかったよ」

「そうか。じゃあ――」

「でも頼むから、今日は帰ってくれないかな」

「なんだそれは!」


 エレルが声を荒げる。


「……あいつが、俺のこと、まだ好きでいてくれてるのはわかった。でもカズヤ=アサクラは、カズヤ=アサクラの事が大嫌いなんだよ」

「またそうやって逃げるのか!」

「逃げとかじゃなくてさ、……自信がないんだ」

「そんなの理由になるのかッ?」

「あーいや……まぁ、ちょっと頼むから、落ち着いてくれよ」


 カズヤは顔を上げて言った。


「ちゃんと考える」


 そして彼は、さらに言う。


「自信がないなら、自信が出るように約束くらい守れるようにならねーと」


 お節介な妄想癖を持つエレルに向かって、カズヤがはっきり言った。


「いつか俺が書いたもので幸せにするって、約束したからさ。……今度はちゃんと、がんばるから、さ」

 

 ***


 ……カズヤから場所を移して一度だけ、この一度だけ、彼女の偽らざる本音を記す。

 カズヤが去ったあと、礼拝堂にはアリア=ベルがたったひとり取り残されていた。


「……えぇ、少し休みます」


 意識を繋げていたエレルにそう告げて、彼女は目を閉じた。

 彼女が立っていたのは祭壇の前だった。

 そこはステンドグラスから差し込む夜の薄い明かりを室内に許している場所だった。

 そして十字架の根元でもあった。

 雨は止まない。雨水がステンドグラスを叩き、水溜りに降り注ぐ音がしている。

 雷が鳴って、光が鋭く瞬いた。

 ステンドグラスの色がついた稲光がアリア=ベルの顔を照らしている。

 彼女は目を薄く開いた。

 そして祭壇の裏へ回って、床に隠してある収納スペースの戸を開けた。

 中にはダイヤルのついた無線機があった。

 それは遠いどこかへ電波を飛ばす機械である。神話の時代、エヴァとアダムの裏切りに憤慨して、何処かに旅立ってしまった神へメッセージを届ける、と信じられている機械だった。

 アリア=ベルは機械の電源を入れてダイヤルを回した。

 キュイイイイ、キュイイイイイ、と高周波が空気を波立たせた。

 アリアは再びステンドグラスが許す光の下へ戻った。

 そして王へ傅くように片膝を床へつけた。

 胸元で両手を組み、音も無く目蓋を閉じて、口を開く。


「……主よ、私は一人の少女に嘘をつきました」


 それは彼女の告白であり、懺悔だった。


「私は、アクマの少女の想い人が天使であることを知っていました。加えて、彼女の想いがけっして、彼女の想うように伝わらないことを既に知っていました」


 雷雲が低く唸っていた。


「それでも私は、彼女を勇気付けました。勇気付けるため、彼女にありもしない過去を

語りました」


 アリア=ベルは恋をしたことがある。

 しかしその相手はアクマではなかった。


「全ては彼女が道を違わぬように、という願いを叶えるためです。この罪深き毒婦を、

どうかお許しくださいませ」


 雷は落ちていない。雲はぐるるるる、と唸っているが、稲妻は穿たれていない。


「……もう一つ、お耳に入れていただきたいことがございます」


 アリアは閉じていた目をきつく、恥じるようにさらに閉じた。


「……主よ、私は今日、一人の少年の心に無断で踏み込みました。羽根持ちに厳命された戒律を破る行為でした」


 だけど、と彼女は必死に言葉を繋ぐ。


「どうか、どうかお許しください。私はただあのひとに幸せになって欲しかっただけなのです」


 ――ねぇ、アリアさん。

 ――友達がさ……ゼップがさ……妖精にさらわれちゃってさ。

 ――俺の事、わかんないみたいでさ。

 ――いや、俺はいいんだ。

 ――でもさ、あいつのこと気味悪いって……みんながあいつから離れていくんだ。

 ――そんなのは嫌なんだ。あいつが全部思い出して誰もいなかったら、あいつは悲しくなる。


「私はただ、あの、友達想いの優しい少年に素敵な恋人ができればいいと思っただけなのです」


 ――ヨウコには幸せになってほしいんだ。


「私はただ、」


 雷が落ちて光が世界を覆った。


「私が愛したあのひとに、幸せになってほしかっただけなのです」


 アリア=ベル(=天使・♀・齢十六)は――一度も年相応に見られたことのない少女は心の底から叫ぶ。


「……私のこの気持ちは、どうでもいいのです。でもどうか、あの人に気づかせてください。優れた身体能力がなくても他人と違う特技がなくても、あの人には、あの人のことを大切に想っている友達がいるということをどうか――どうか、教えてあげてください」


 この雷雨の夜のことは二度と語るまい。

 戒律で己を殺し続けてきた少女。

 虚言で自己を塗り固めて周囲を騙し続ける少女。

 そんな彼女の嘘偽らざる気持ちを祈り続ける姿が、ただそこにあった。

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