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「助けるどころかお前にアクマをやらせるはめになるとは思わなかった」

申し訳ございません、操作ミスで0時に更新ができていなかったようです。20日・0時更新予定だったものをアップしました。

 ヨウコがゼップの助力を必要とする日は意外なほど速やかにやってきた。


 ***


 事の発端はカズヤ=アサクラが受け取った手紙だった。

 差出人はアリア=ベルだ。

 白い封筒に『願い状』と字が綴られている。

 礼拝堂とカズヤの寮は目と鼻の先にあるが、彼女が手紙を出すのには理由がある。

 ピュアロゴスは原則、他者の重荷にならぬよう、他者に自分の意志を伝えることを

タブーとしている。

 もちろん買い物などは別である。

 日常生活に必要な意思表示は許されている。

 ……が、用事を頼むことは、基本的にタブーだ。

 だがしかし、それではやはり困ったりもするので、ピュアロゴスたちは誰かに何かを

頼むときは手紙を送る。


 ――読みたくなければ破ってもいい。

 ――読みたいとき、都合のいいときに読んでくれればいい。

 ――読んだあと、頼みを承るかどうかも、あなたにお任せします。


 そういう意図で手紙が選択されている。


(何が書いてるのかねぇ……)


 ――ラブレターだったりしてな!


 カズヤがそんなことを思いながら勝手にドキドキして開くと、中には一文。


『作家・カズヤ=アサクラ殿の実力を見込んでお願いが御座います。願わくば急ぎ、来て頂ければ幸いです』


「いくしかねえだろおぉぉーっ!」


 未完の打ち切り作家(=リッピ命名)は寮→礼拝堂コースを世界記録で駆け抜けた。


「もう来てくれたんですか? さっき手紙をポストに入れたばかりなのに」


 鼻息荒く到着したカズヤを、アリアは目を丸くしながら出迎えた。

 アリアは彼に水を渡して、呼吸が落ち着くのを待ってから話を切り出す。


「実は脚本を書いてほしいのです」

「脚本って、演劇とかの?」

「はい。この前、演劇部に頼まれていた脚本の話がなくなった、と泣いていたでしょう?」

「あー……部長が自分でやるって言い出しちゃったからね」


 期待されていたときは逃げて、話がなくなったら後悔して泣いた齢十七の夜だった。


「その代わりというわけではないのですが、お願いしたいのです」

「いいけど、演劇ってどこでやるの?」

「ここです」

「礼拝堂?」

「はい。慰神祭で出し物をしたいのです」

「これまた急な――あと一ヶ月しかないのに」

「大掛かりなものをやるつもりはないんです。毎年行っている、エヴァとアダムの儀式を劇にしてみたいだけなんです」


 エヴァとアダムの儀式は、天使教が語る神話の最も有名な一幕を演じる儀式だ。

 原初の世界。

 アクマと天使が産まれたばかりの時代。

 アクマと天使が互いに切磋琢磨して文明を築く中、貧民のアクマ・エヴァは富豪の

天使・アダムに熱烈な恋をした。

 身分の壁と種族の壁が立ちはだかる恋だった。

 加えてアダム自身も人々の上に立つ者として、冷たさと厳しさを兼ね備えた男だった。

 指導者として人々を使役するが故に、倫理が行き過ぎて他者を信じない天使だった。

 それでもエヴァは快活にアダムへ笑いかけた。

 やがてアダムもエヴァに恋をした。

 天使とアクマが交わることは神に禁じられている。

 子を成したとき、神が望まぬ生命が産まれてくる可能性が高いと言われていた。

 若い二人は周囲に知られぬよう、神に知られぬよう――ひっそりと恋を続けて愛を

育んだ。

 そしてエヴァは子供を宿した。

 誰の子供か、とは言われなかった。

 情愛を好むアクマの世界においては、あまり珍しいことでもなかった。


 ――だが、羽根も尻尾もないとなれば話は別だ。


 エヴァは産まれたばかりの子供を取り上げられて詰問を受ける。

 幽閉され、拷問されても彼女は夫の名前を言わなかったが、アダムは名乗り出た。

 アクマと天使と人間。

 三人が集うはずだった家庭は神の怒りに破壊され、三人は二度と出会うことを許され

なかった。

 この罪は三種族が背負う『原罪』とされ、中でも人間は産まれたときから罪を背負っているとされる。

 その後の展開は土地や種族によって意見が別れるが『原罪』の解釈については皆同じである。


 ――アクマは神に屈しなかったエヴァを誇りに思い、創造主である神を憎み、

   天使は神の教えと恋人への愛が相反するものであったことを悔やみ、

   アクマにも天使にも成り切れなかった人間は天使とアクマの心の狭間で揺れている。


「完全な創作ではないので時間にも余裕があると思うのですが――如何でしょう?」

「うーん……まぁ確かに、それなら一ヶ月でも……できそう……なのかなぁ」

「困っているんです」

「うーん……わかった。デビューにはちょうどいいかもね! 俺、やるよ!」

「ありがとうございます。儀式でエヴァとアダムを演じる方は例年通り、全校生徒から

くじ引きで決めます」

「クジが好きな学園だよね……」

「運は神のご意志ですから。道具の用意や舞台の設置は任せてください。カズヤさんは

セリフと演技を考えていただければ大丈夫です」

「了解! 話の筋はアリアさんから神話を聞きながら作ればいいのかな?」

「えぇ。お願いしますね」


 かくして脚本家カズヤは誕生した。


 ***


 カズヤ日記 九五三年 五月一日

 脚本の話を受けたとき、まさかこんな超展開になるとは思わなかった。


「……いや、ホントになぁ」


 自室で日記を綴っていたカズヤは冒頭の一文を書いて重く深く鬱々しく、ため息を

吐いた。


「どんなとんでも確率なんだよ……」


 脚本の作成も順調で、意気揚々と作業をしていたある日のこと。

 アリア=ベルは全校放送を使って儀式を例年通り行うことを宣言した。

 主演の二人がクジで決まるのも合わせて説明し、クジを引く時間を五月一日の

正午・校庭で、と定めた。


「では引きます」


 それなりにギャラリーも集まる中、彼女は二つのクジ箱の前に立つ。

 片方の箱には全男子学園生の、もう片方の箱には全女子学園生の名前が書かれた紙が

入っている。

 結果。

 天使・アダム役=エレル。

 アクマ・エヴァ役=ヨウコ。


「……ばかじゃねぇの」


 カズヤの悪態とため息が止まらない。

 それに、そろそろ来るはずだ、とカズヤは思考していた。

 コンコン、

 と部屋のドアがノックされる。


「――カズちゃん、いる?」

「ほらきた……あいてるよー」


 思い詰めた様子でヨウコが入ってくる。


「あのね」

「皆まで言うな。まずはお茶だ!」

「あ、はい」


 二人はお茶を用意する。その後、麻雀卓に向かい合って座る。


「臨時家族会議の開催である」

「……うん」


 カズヤはヨウコに少しでも笑ってもらおうとしたのだが、盛大にスベっていた。


「で、察しはつくけど一応確認な。慰神祭の件か?」

「……うん」

「出るの、嫌なのか?」

「……嫌っていうわけじゃないけど――」


 ヨウコは言葉を濁す。眉間にしわを寄せて、カップのお茶に視線を落として何か考えている。

 言いたい事がありすぎて、うまく言葉が見当たらないときの表情だ。

 だからカズヤは、ヨウコが自分から切り出すのを待っていた。


「……ありがと」

「何が?」

「待ってくれたから」


 ヨウコはカップを持ち上げて、お茶を啜る。


「色々、思うことが多すぎて困っちゃってるの」

「たとえば?」

「私なんかがちゃんと劇できるのかな、とか、相手がエレルさんだから、気まずいな、

とか」

「エレルとはあの後、話したりしたのか?」

「ううん――私もエレルさんも、話しにくいからもう会ってない」


 ここまではカズヤの概ね予想通りだった。

 だから彼は、用意していた答えを言った。


「慰神祭の儀式はどこの学校でもやるように義務付けられている晴れ舞台だぜ。やりたくてもやれない奴だっているんだし、辞退するのはあんまりよくないだろ」

「うん……」


 宗教上の問題もある、とカズヤは言わなかったが、そのあたりはヨウコもわかっている。

 健康面や身体的な理由以外で断るのは正直、歓迎されない。


「結局お前、どうしたい?」

「逃げ出したいけど――やった方が丸く納まるのかな、って思ってる」

「妥当なとこだな……」

「うん。……あと選ばれてびっくりしたけど、嫌だ、って思うことばかりじゃないの」

「ははぁん。なるほど。お前も女の子だもんな」


 アクマ・エヴァ役は豪奢なウェディングドレスを着るのが通例だ。ヨウコが憧れても

おかしくない。


「それもあるけど……お話書いてるの、カズちゃんなんでしょう?」

「なんで知ってんだよ」

「アリアさんが言ってた」

「なるほど……」


 気恥ずかしさにカズヤが黙る。


「……カズちゃん、覚えてる?」

「何が?」

「約束」

「…………」


 覚えてやがったか、とカズヤは思いつつ、


「なんかあったっけ?」


 はぐらかした。

 途端、ヨウコが嫌そうな顔になる。


「あー待て待て。……あれだろ、俺が書いたもんでいつか、お前を助ける――みたいな」

「うん」


 小さかったころ、絵本を読み聞かせてやったときに話の結末が気に入らなくて泣きそうになっているヨウコに、じゃあいつか俺が書いたもので――と言ったのをカズヤは記憶している。

 忘れるはずがない。

 カズヤが物書きを目指すきっかけになった出来事である。


「助けるどころかお前にアクマをやらせるはめになるとは思わなかった」

「びっくり展開だね。でも嬉しいよ」

「そういうもんかねぇ……」

「うん。じゃあ出るつもりでいるから、ちゃんと書いてね!」

「おうおう。がんばってやんよ」


 話が一段落ついたところで、ヨウコが廊下の水道へカップを洗いに行く。


「ね、カズちゃん」


 立ち上がった際に呼ばれて、カズヤが「ん?」と反応する。


「私がエレルさんと劇やるの、どう思う?」

「どうって?」

「妬いたりしない?」


 ――カズヤは何を問われたのか、よくわからなかった。


「ほら、娘を出す父親の心境、みたいな」

「んなわけねーだろ。バカいってないで早く行ってこい!」

「はぁい」


 カズヤの怒鳴り声に押されるようにヨウコが退散する。


「――父親の心境ね」


 カズヤはヨウコがいなくなってから胸を撫で下ろす。


「そっちかよ……」


 恋人としてとか、てっきりそういうのだと思ったのだ。


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