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 ギターの名は『ストラト・ヴァリ子』。「俺だけに見える妖精が憑いたギターだ」


 カズヤ=アサクラから少しばかり視点を変えてゼップ=ムラサメについて語ろう。

 過去から語る。

 彼がカズヤと知り合ったのは四年ほど前。

 彼らが私立ムラサメ学園に入学してからである。

 ゼップという男は、その頃から変わった男だった。

 アクマだから人間とは違う、というレベルではなく、彼はあまりにも『彼』だった。

 国語の授業中に数学の勉強を勝手にしているのは毎日のことだった。

 次の週には国語の時間に勝手に歴史の勉強をしていた。

 サボることもよくあった。


「一度きりの人生だぜ? 風の吹くまま気分が行くまま、好き勝手するべきだろー」


 というのが自論だった。

 気の向くままに生きていた。

 誰に何を言われても変わることがなかった。

 彼が一般家庭の、ただの一学生ならば教師や学校の強権に抑え込まれていたかもしれないが、タチの悪いことに彼の家はお金持ちで、父親は学園の理事長だった。

 ついでに言うと父親は子供が産まれたとき、自分の子供に相応しい教育環境を与える

ために学園を立ち上げた。

 筋金入りの親バカだった。

 さらに言えばゼップはアクマ側の羽根持ちで電撃持ちだった。

 純血のアクマ遺伝子を維持するピュアパトス。

 身体能力も魔力もピカイチで申し分ない。

 ゼップ=ムラサメは、アクマの良血統にして学園理事長の息子という立場を余すところなく利用して好き勝手やっていた。

 その頃はまだ、友達も多かった。

 リッピほどではないが、アクマ特有のどこか憎めない天真爛漫さがひとを惹き付けて

いた。

 顔も悪くないので女子にも人気があった。

 それが一変したのは入学してから一年ほど経ったときだ。

 現在より三年前の春。

 ゼップ=ムラサメはなんの痕跡も残さず、ある日突然、失踪した。

 消えたのは授業中だった。

 誰かがついっ、と目をはなした隙に消え失せていた。


 その日は帰ってこなかった。いつものことだ、と誰かが言った。

 次の日も帰ってこなかった。ついにやらかしたなぁ、と同級生の誰かが笑った。

 次の日も帰ってこなかった。教師が青ざめはじめた。父親と母親の耳にも入った。

 次の日も帰ってこなかった。学園中が大騒ぎになりはじめたころ、ついに帰ってきた。


 帰ってきたのだが――それは、ゼップであってゼップではなかった。

 声をかけても笑わなかった。

 それどころか返事もしなかった。

 ひとを警戒するような目で、じっ――と相手の反応を見ていた。

 手を差し伸べても、その手を見つめるだけで心を許しはしなかった。

 家族にも、親しい友人にも、だ。

 何にさらわれたのか。

 彼が何をしていたのか。

 彼を診察した医者は即座に理解した。


 ――妖精に連れ去られた者に現れる症状です、と医者はゼップの家族に告げた。


 神隠しの一種だ。

 妖精は人間や天使やアクマとは違う言語、知識を持つ見えない小人の総称であり、彼らは気まぐれに子供をさらっていく。

 一説には神が傲慢な性格の持ち主をこらしめるために残した災厄だと言われている。

 妖精に連れ去られた者は周囲の、自分以外の知的生命体を信用しなくなる。

 一生、心を閉ざしたまま――その人生を孤独に、孤高に生きる。

 だがしかし、例外もある。

 妖精に連れ去られた者の中に、元のように他人に対して心を開くようになる者もいる。

 彼らの証言により、妖精の存在と、妖精に連れ去られた者が体験した世界が明らかに

なった。

 その内容については後ほど語るとして、ひとまず『帰還者』たちについて話す。

 妖精の世界から『自分たちの世界』に戻ってきた『帰還者』たちには、共通点があった。

 元の世界の生活を取り戻した彼らは皆、妖精の世界から何かを持ち帰っていた。

 妖精の世界に連れ去られた彼らを元の世界へ導いたモノ。

『帰還者』たちはそれを、妖精の言葉でアカシックレコードと呼ぶ。

 帰ってきたゼップ=ムラサメの手には古ぼけたエレキギターがあった。

 物言わぬ彼は、そのギターだけは絶対に、何が何でも放そうとしなかった。

 何も言わず、誰とも一緒にいようとしない彼は、そのギターをずっと弾いていた。

 後に元の世界の言語と、ある程度の思考能力を取り戻したゼップは語った。


 ギターの名は『ストラト・ヴァリ子』。

 神の悪意を知る呪われし妖物ギター。


「俺だけに見える妖精が憑いたギターだ」


 彼は大真面目に、そう語った。


(……その後、気味悪がった連中はみんな離れていったんだったか)


 ゼップは一旦、回想を打ち切った。

 時刻はゼップがカズヤ宛てに電話をかける一時間ほど前だ。

 ゼップは昔のことを思い出しながらのんびり、のんびりとアメムラシティの街中を

歩いている。

 ゼップ=ムラサメはヨウコがメフィーと出かけたあと、カズヤと入れ違う形で街に

出かけていた。

 ギターケースに入れた相棒のストラト・ヴァリ子を背負っての外出だった。

 ゼップが歩いていると時折、がたがたがたっ、とギターケースがひとりでに揺れていた。


(そんなに慌てるな)


 ――もう少し待てば思い切り叫ばせてやる。


 ゼップの思念が伝わったのか、喜ぶようにギターケースが跳ねた。

 ゼップは駅近くの繁華街に入って、その後、細い道の方へ足を向けていく。

 賑やかだった周囲は少しずつ静かになって、日当たりも少しずつ悪くなっていく。

 小さなテナントビルが雑多に並ぶ路地に地下へ続く階段があった。

 小さな看板が立っていた。

 小汚い看板には『街のお医者さん』と文字が書かれていたが、大きなペケマークで

消されている。

 その下に『ライブハウス』とマジックペンで新しく記入がされていた。

 胡散臭さ、ここに極まれり、である。

 ゼップは躊躇いなく、その階段を下っていく。

 階段の先には木製のくすんだ扉があった。ゼップが蹴り破るような勢いで開くと――。


「よくぞ来た! ――ようこそ、おとこのせかいへ」


 変態が彼を出迎えた。

 目のところだけ穴が開いた白頭巾。

 上半身裸。

 下はブーメランパンツ。

 変態だった。


「頼む。ズボンを履いてくれ」

「衣服など所詮は恥じる心を隠すための木の葉である! 故に我脱がん!」

「ならば、そのパンツはなんだ」

「我に残った最後の良心とでも言おうか。あるいは豚箱にぶちこまれないための壁である」

「勝手にしろ」


 ゼップは後ろ手に『ライブハウス?』の入り口を閉める。

 すると、ギターケースが突然バカン! と開いた。


『ジャンジャカジャ――――ン!』


 と、ケースの中のギターが弦を派手に震わせる。

 そして開いたケースから、エクトプラズマ(紫色)が飛び出した。


「ムぅ~~~~♪」


 言語はない。代わりにギターがジャンジャカジャンジャカ、と鳴っていた。

 その音を浴びて紫色の身体が踊る。

 半裸の蛇娘だった。

 顔と胴体だけは人間と同じ肌をしているが、手はびっしりと鱗に覆われている。

 申し訳程度に膨らんだ胸には布が巻いてあり、下半身は完全に蛇で、長い髪に隠れる耳はやや尖っていた。


 名を、ストラト・ヴァリウス(=妖精・♀・見た目はえいえんのじゅうにさい)と言う。

 通称ヴァリ子である。『こちら』の世界の言語を聞き取ることはできるが、喋ることはできない。


「ムぅー……?」


 ヴァリ子が怪訝そうに、足元に視線をやった。


「お前が、出てきた拍子に、ケースが頭を、だな」


 ゼップが後頭部を押さえてしゃがみこんでいる。

 時折、押さえていた手を目の前に持ってきては流血がないか確かめていた。


「おおお見える! 見えるぞヴァリ子! 妖精界からやってきた愛しのロックスターッ!」

「ムぅ~~~~♪」


 前門に半裸の変態。

 後門に上半身裸の蛇娘。

 と、奏者なしで演奏するギター。


 ゼップを中心とした世界は弁解のしようがないほど混沌としていた。


「とりあえず演らせてくれ、先生」


 ゼップは眼前の変態を苦渋の思いで先生と呼んだ。

 悲しいかな、彼が『帰還者』を専門に診る医者である。


「まぁそう急くなゼップ。せっかくだから先生が創った発明品の紹介をさせてくれ」

「またか」

「そうウンザリするな。今回はすごいぞ」

「ムぅ……?」


 ヴァリ子が興味深そうに変態を見ている。


「うむ! 今回はこれ! 羽根ハエールナだ!」


 どこから取り出したのか、変態の手のひらに小瓶が乗っていた。

 ドクロマークのシールが貼ってあった。


「生えるのか生えないのか、よくわからないネーミングだな」

「当然、生える。それもみんなの憧れ、天使の羽根だ」

「生えるのか、飲むと」

「うむ。しかもただ生えるだけではない。腹周りや二の腕についてしまった贅肉を羽根に変換するので一杯飲めば憧れのスリム体型を獲得できる」

「ムぅー……ッ!」


 ヴァリ子がゼップに背後から抱きつきながら、感嘆の眼差しで変態を見ている。


「しかし、ひとつ難点があってだな」


 ――きた、とゼップは内心、フライング気味に呆れた。


「贅肉は取れる。羽根も生える。しかし、羽根は背中からではなくて乳首から生える」

「…………」

「…………」

「ピヨピヨ。ピヨピヨ」


 ゼップとヴァリ子はリスク搭載型発明者には目もくれず、黙って奥のステージに

上がった。


「ムぅ~~~~♪」


 ヴァリ子はスポットライトの光を身体全体で浴びて喜んでいる。

 ゼップはタップダンス用の靴に履き変えて、自分の尻尾とストラト・ヴァリウスの

ケーブルを無理矢理繋いだ。


「っ!」


 と、ゼップの尻尾から伝った軽い電撃にヴァリ子が身震いした。


「ムぅぅぅ…………」

「悪い。コードを入れるときは一声かける、だったな」


 ゼップが弦を弾いて音を確認する。

 チューニングは寸分の狂いもない。暇さえあれば弄くっているからだ。


「やる」

「ムぅ~~~~♪」


 タンッ、とゼップが踵をステージに叩きつけた。

 そして舞う。


 タン、タタン、タンッ、タッ、タタタッ……


 乾いた音が鳴るたびにヴァリ子がリズムを取って身体を揺らす。

 彼女はすぅ――っ、と息を吸い込む。

 ステージの上で小刻みに床を打ち鳴らし、舞踏を続けるゼップが一つ、大きく跳躍した。


 ダダン!


 と轟音を響かせ、空中で指をギターの弦に滑らせて激しくかき鳴らす。


 瞬間。

 ヴァリ子が世界を揺らす。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――――ッ!」


 悲鳴のように甲高いその叫びは、原初の音だ。

 妖精ストラト・ヴァリ子がゼップだけに語り継ぐ、世界で最初に産まれた音だ。

 その叫びが過ぎるとゼップは瞬時にギターの弦を押さえて、無音の時間を作った。


 たんっ、と着地の音がする。


 その後、ゼップはギターの弦をゆっくり、赤子の頭を撫で擦るように震わせた。

 まるでバイオリンが奏でるような音色だった。

 その優しい旋律に乗せて、ヴァリ子が賛美歌を思わせる声調で音を出す。

 言語ではないが、それは歌だった。

 神話を語るための歌である。

 世界で最初に異種間の愛を育んだ、天使の父とアクマの母が紡いだ歌だった。

 神の目を盗み、惚れた天使へ情熱的に愛を捧げ続けたアクマの少女。

 神の教えを破ることに胸を痛めながら、それでも彼女の愛を受け止めた天使の青年。


 ……そして、二人の間に産まれた無垢な人間の子。


 神は二人の裏切りを許さず、家族を引き裂いて世界を去った。

 天使の嘆きと、アクマの激怒、成長した人間の虚無を嘆く妖精の歌。

 原初の音楽である。

 天使もアクマも忘れた、でもヴァリ子だけは覚えている、はるか昔の伝説の歌である。

 彼女とこれを演奏できるのは、世界でゼップしかいない。

 指の使い方や弦の扱い方が特殊すぎて通常の生物では不可能なのだ。

 指が二十本なければ演奏できないといっても過言ではないほど、音が複雑に重なって

いる。

 聴き取ることすら容易ではない。

 演奏することはなお難しい。

 タップダンスを踊りながらギターを演奏するなど――他に誰ができるというのか。

 全身、汗だくになりながら演奏を続けるゼップは横目でヴァリ子を見た。

 見えたのは彼女の横顔だった。

 ゼップたちとは違う、鱗を敷き詰めた肌を持つ彼女は異形だったが、感情を込めて歌う横顔は、あどけなく笑ういつもの幼い表情が嘘のように――。


(…………)


 この世界の誰にも理解できない。

 妖精の世界に行った者だけに届く禁忌の歌。

 他の誰にも歌えず、歌い手以外は正確に聞き取れないため、世界に広まることは

けっしてない。

 何故なら歌は、多くの者が歌うことで広まっていくからだ。

 伝説とは、聞いた者が同じ伝説を歌うことで広まっていくのだ。

 だからこの歌は他を圧倒しているが、絶望的に世界に評価されない。

 だけども。

 そんな歌を、ゼップはどうしようもなくきれいだと思ってしまう。


「セルラウテ・ラベリオン・アフェスタ――」


 歌は、最後の語りに入っていた。

 普段はゼップの耳でも『ムぅ』にしか聞こえないヴァリ子の言葉だが、演奏中のゼップはヴァリ子の歌によって、妖精の世界の感覚を思い出す。

 だから今は、彼女の発音が認識できる。

 ヴァリ子とゼップの目が合った。


「……ラヴェ・アヴェラ」


 妖精の言葉だから何を言っているのかわからないはずなのに、ゼップには意味が

わかった。

 だから、ゼップも呟き返した。


「ラヴェ・アヴェラ」


 あなたを、愛している。

 ゼップ=ムラサメには確かにそう聞こえたし、そう言ったはずなのだ。

 弓を引き絞るような心地でゼップが音を引き絞り――曲が終わる。


「……ブラボーッ! ブラボオオ!」


 パチパチパチパチパチパチパチパチ! と聞いていた変態が思いきり胸を叩いていた。

 手ではなく、何故か胸だった。ゴリラのようだった。


「ムぅー」


 ヴァリ子は苦笑いしながら振り返った。


「あぁ」


 ゼップは満足そうに頷くのだった。


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