6月26日 二日目
次は二日目だな。
気がつくと荒廃したマンションらしい場所にいて。誘拐されたみたいだった。まぁ、車に連れ込まれたときからわかっていたけど。そして僕はどうなるのだろうかという不安でいっぱいだった
あたりを見回すと、ひびの入った窓ガラスの外を眺めている女性、殺人犯がいた。
彼女はぼろぼろの服を着ていて、左手にレジ袋を提げ、右手に火をつけたタバコを口元で止めて灰をぼとぼとと落としていた。だいぶ疲れているようだったよ。
彼女は僕を見ると、手に持ったタバコを床に落とし、火を踏みつけて消して近づいてきた。
そして、僕が人質であることを伝え、僕が話す前に布で口をふさいで、またひびの入った窓へ戻った。
会話もなく時間が過ぎた。聞こえるのはタバコの煙を吐く音だけで鳥すらいなかった。
別に手足を縛られているわけでもなく、いつでも逃げることはできた。でも、彼女の外を眺める目には悲しさと寂しさが映っていて、どこか遠くを見ていて、人目を気にするようには見えなくて僕の目を惹きつけた。どこか僕と似ていて放ってはいけなかったんだと思う。
夕方になると、彼女はどこかへ行き、僕は一人になった。逃げるチャンスだった。
僕が逃げて、彼女がここへ戻ってくるのを確認してから警察へ通報すれば全て終わりになる。そして、警察からの礼をもらい、家に戻ると少し心配した親がほめてくれて、翌朝には新聞や、ニュースでみんなに伝わり、数日が過ぎてまた元の生活に戻るのだろうと思った。
でもそれじゃ、ダメだ。あの家には戻りたくないと思った。あの時はよっぽど家に帰りたくなかったんだろうね。
逃げずにしばらくしていると彼女が帰ってきた。手には新しいレジ袋が提げられ、夕食を買ってきたのだとわかった。
彼女は僕がいたことに驚き、「何故逃げなかった?」と聞かれた。もちろん布で口をふさがれているので答えられなかったけどね。
何も言わない僕を見て、彼女はまたひびの入った窓へ戻った。
さっきと違うことは、タバコではなく、わさびマヨと書かれたおにぎりを食べていることだった。彼女はとても、びっくりするくらいわさびが好きで、毎回わさびのおにぎりを買ってきていたよ。
しばらくすると、彼女はレジ袋からおにぎりを取り出し、僕に投げ渡した。口を縛られた状態でどう食べろというのだろうかと心のなかでつぶやいたのはなぜか今でも覚えているよ。
おにぎりを見てみると、アボカドわさびしょう油と書かれていた。衝撃的な名前だった。彼女がわさびを好きなのはそのときにわかった。
そして、またしばらくすると、布をほどいてもらえた。彼女ははっとした顔をしていたから素で気づいていなかったんだろうね。そういうドジなところもあったな。
彼女は僕がおにぎりを食べ終わるまで見ていた。食べているところをじっと見られるのは結構緊張した。
おにぎりを食べ終わると、また口をふさがれた。
それ以降は特に何もなかった。