8 スカートの中
ところで、えろに関して深く精通している沢木くんに言わせれば、『チラリズムは、もはや見えない方がいい』とのことらしい。
沢木くんからそんな教えを受けたとき、ぼくは、その場では彼の言わんとする是非が理解できなかった。
学校帰り、小岩井さんの家に遊びに行く道すがら、ぼくはずっと、そのことについて考えていた。
小岩井さんは、ぼくの横を歩きながら、ぼくの思い詰めた表情を見つめて、なにか思いついたように表情を明るくした。
「平井くん、あなたは今、宇宙について思いを巡らせているのね」
とんだ検討違いというものだった。ぼくは呆れて、小岩井さんの言葉を無視して、ひとり、孤独に夢想した。見えそうで見えない、スカートの中について。
「私の声が届かないほど、平井くんは宇宙に思いを寄せているのね。すてき」
小岩井さんの思い込みは、果てしなく独りよがりなものだったが、ぼくは少しだけ気のとがめを感じた。
だってぼくは、宇宙についてなどという、高尚極まりない妄想などしていないのだ。身近にある、例えば、隣を歩く制服姿の小岩井さんにだって当てはめることのできる、『スカートの中』について考えているのだから。
当たり前のことだけど、今、小岩井さんのスカートの中は見えていない。
ぼくは果たして、小岩井さんのスカートの中を見たいと思っているのだろうか。たぶん、八対二ぐらいの割合で、見たいと思っている。
しかし、もしもだ。もし、小岩井さんがスカートを履いていなくて、下着一枚でぼくの横を歩いていたとしたら、それでもぼくは嬉しいと思うのだろうか。
あんまり嬉しくない。むしろぼくは、スカートを履け、と言いたくなる。
ここまで考えたところで、ぼくの思考に、電撃が走ったような気がした。沢木くんの教えを、半分だけ理解してしまったのだ。
そうか、きっとぼくは、本質的に、下着などに興味はなかったのだ。ぼくは、スカートという、ひらひらした、悪魔的な誘惑効果を秘める衣類に、まんまと騙されていた。
隠されているから、見たくなっていただけだった。
それは推理もののドラマなどと同じで、謎とされていることだから、解き明かしたくなっていただけだったのだ。最初から犯人の明かされたミステリーを、どう楽しめというのだろう。
そして、ぼくはこれからも、一生騙され続けなければいけない。ぼくはもう、女性の下着のとりこになってしまっている。下着単体に興味はないが、スカートに隠された下着については大いに興味をもっている。
ぼくと沢木くんの違いは、ぼくは、最終的にミステリーの謎を解き明かしたいタイプで、沢木くんは、永遠に謎の渦に酔いしれたい、というタイプなわけだ。
そう考えると、ぼくのこの妄想も、なにか高尚なもののように思えてくる。
宇宙が多くの謎を抱えているように、スカートの中とは、ぼくにとっても数多の謎を想起させてくれる事柄なのだ。
今のぼくなら、胸を張ってこう言えるだろう。スカートの中には、小宇宙が広がっているのだと。
「平井くん、なんだか清々しい顔になったわね。宇宙についての考えはまとまったのかしら」
「あぁ、まとまったよ。宇宙ってやつは、ぼくらの身近にも存在していたんだ」
「なんだかよく分からないけれど、平井くんは、超越した何かを手に入れたようね。私の家についたら、詳しく教えてよ」
「残念だけど、これは女の子には理解できない思考なんだ」
ぼくの言葉に、小岩井さんはきょとんと首を傾げた。