5 むっつり
帰り道、歩きにくかったが、ぼくらは手をつないで帰った。
正直ぼくは、滝に行くまで小岩井さんを意識して、話半分にえろいことを考えたりしていたけれど、帰りの道中ではそんな気分にはなれなかった。
小岩井さんはもうとっくに泣き止んでいて、たまに笑顔を振りまいてくれたが、それでもぼくの気分は晴れなかった。そんなぼくに、小岩井さんがこう切り出した。
「明日、田宮くんに別れてって言うわ。私、やっぱり平井くんと一緒にいる方が楽しい」
「そう」
ぼくはぞんざいに答えた。それでも小岩井さんは自然に笑う。
「ねぇ、平井くん。私に、えろいことしていいよ」
ぼくは目を見張って、小岩井さんを見つめた。
「どうしてそんなこと言うの?」
「男って、えろいばっかりでは駄目だし、私も嫌だけど、ちっともえろくなかったら、それはそれで、魅力がなくなってしまうと思ったのよ。平井くん、ずっと、私のスカートの中が見えないかなって、気にしてたでしょ。でも今は気にしてない。ついでに気分も落ち込んでるわ。男は、性欲があってこそなのよね」
ぼくは恥ずかしくなって、小岩井さんから視線を逸らした。ぼくに性欲があることを見抜かれたからではなく、みだらな発言をする小岩井さんが、見ていて恥ずかしいと思ったのだ。
「そうやって、田宮くんとも、えろいことしたの?」
「してないわよ。あいつは性欲の奴隷だわ。夢のないえろばっかり求めるのよ。きもいし、一瞬たりともしてみたいと思えなかった」
ぼくは、ぱっと小岩井さんの手を離した。
「ぼくは別に、小岩井さんとえろいことをしたいだなんて、そんなこと思ってないよ」
「強がっちゃって。自分に性欲があることを認めないのね。そういうのを、うぶって言うのよ」
ぼくは首を振った。
「ぼくは小岩井さんでえろいことを考えるし、えろい小岩井さんを妄想して、オナニーをしたこともある。でも、実際に小岩井さんとえろいことをしたいとは思わないし、小岩井さんが淫乱みたいなことを言うのだって気に食わない。ぼくは、小岩井さんに幻想を抱いているんだ。妄想で終わるからこそ、夢があるんだよ」
小岩井さんは、ぽかん、と口を開けて、それからこくこくとうなずいた。
「いいわね、そういうの。すごく平井くんらしいわ。私、むっつりって言葉が嫌いだったけど、平井くんのむっつりは、なんだか許せてしまうわ」
小岩井さんはそう言って、またぼくの手をとった。
「平井くんは、一生、私がうんこをしない女の子だと思ってくれればいいわ」
「さすがのぼくも、それはどうかと思うぜ」
「じゃあ、うんこくらいはたまにする女の子だと思ってくれればいいわ」
「その前に、ぼくは小岩井さんでうんこ関連の想像をしたくない」
「さじ加減の難しい男ね。ねぇ、キスはしてみたいと思わない?」
小岩井さんが期待するような目つきでぼくを見た。ぼくは、小岩井さんの小さな唇を見つめて考える。
「それくらいなら、してみたいと思う」
すると、小岩井さんが目を閉じた。ぼくはすぐさま、人差し指と親指で小岩井さんの瞼をこじ開ける。瞼の裏が桜色だった。
「今するわけじゃねえよ」
「そうね。少しずつ段階を踏まなければ駄目よね。私たちって案外、普通の中学生らしいカップルなのかも」
「ぼくも、今そう思った」
ぼくは小岩井さんの瞼から手を離した。
ぼくは、小岩井さんの見た目が可愛いと思っていただけで、別に彼女のことが好きなわけじゃなかったんだけど、今日のデートで、少しだけ小岩井さんが好きになった。