3 熊vsゴリラ/掘っ立て小屋
放課後のデートとは言うものの、ぼくたちはかなり適当に歩いた。お金もあんまり持っていなかったし、持っていてもゲームセンターで無駄遣いしてしまうだけなので、適当に歩いた。
歩いていくと、見知らぬ山小屋があって、山小屋の側から山道が伸びていた。道の先は、雑木林に隠れて見えなかった。
「明日は、土曜日よね」
「そうだね」
「明日、この山道の先へ行きましょう」
翌朝、ぼくらはその山小屋の前に集合した。日差しが強かったので、ぼくは茶褐色のアーミーキャップを被っていった。小岩井さんも、缶バッチが二、三個ついた藍色のキャスケットを被っていた。
手をつないで山道を歩き出したが、暑かったし、道の舗装も荒く歩きにくかったので、すぐに離した。
「ここでもし、熊とゴリラが喧嘩してたら、平井くんはどうする?」
「どうするって?」
ぼくは腕に止まった二匹の蚊をまとめて叩きつぶした。小岩井さんは、まるで蚊にかまれた様子もなく、いつもの涼しい顔で、丸太組みの階段を上っていく。
「熊とゴリラが喧嘩をしていたら、平井くんはどっちに味方するの?」
ぼくは丸太階段の途中で足を止め、息を吐いた。小岩井さんはぼくが止まったのに気づかず、すいすい上っていく。
小岩井さんは今日、山登りにきたくせにラフなフリルワンピースを着ていて、もう少しで下着が見えそうだったのだが、小岩井さんがそれに気づけば、きっとぼくはふられてしまうだろう。なのでぼくは階段に次々と足をかけながら、熊とゴリラのことについて考えた。
「ぼくは、熊に味方すると思う」
「私も熊に味方するわね。だって、熊の方が絶対強いもの」
やっとぼくは小岩井さんの隣に並んだ。ぼくは汗だくだったけど、小岩井さんはやっぱり平気そうだった。ぼくは逆に質問してみる。
「じゃあ、ツキノワグマとマウンテンゴリラだったら?」
「その組み合わせだったら、ゴリラの方が強そうね」
「ゴリラに寝返るの?」
「そんなこと言ってないじゃない。相手がマウンテンゴリラだろうと、私は熊に味方するわよ」
「どうしてそんなに、熊をひいきするんだ」
「かわいいから」
ゴリラもかわいいと思うけどな、とぼくは思った。
「平井くんは、どうして熊に味方するの?」
「野生のゴリラは日本に生息していないからだよ。多分ゴリラは、ゴリラの着ぐるみを着たアルバイターだ。ゴリラの着ぐるみを着て人を騙して金を稼ごうだなんて、きっとぼくの兄貴みたいな、本当にどうしようもないやつに決まってる。ていうかたぶん、着ぐるみの中身は兄貴だ。だからぼくは熊に味方する」
「自分の兄を屠ろうだなんて、平井くんも中々えげつないわね」
「本当にどうしようもないやつだからね、ぼくの兄貴は」
「そう。逆に見てみたいわ」
階段を上りきった。
先にはまだまだ、なだらかな山道が続いていたが、その脇を通る道を見ると、何故かそこには一軒の掘っ立て小屋があった。
知識もなく、ただ材木を組み込んだだけのような、粗悪な小屋だった。色も黒ずみ始めているし、ほどよい感じで朽ちている。
「あれ、誰が住んでると思う?」
そう尋ねてみると、小岩井さんはあごに手をあてて考え込んだ。
「人ではない可能性もあるわね」
「宇宙人ってこと?」
小岩井さんはさらにうなって考えた。
「宇宙人が、あんなにお粗末な小屋を作るかしら」
「宇宙人の子供かも。まだ建築に関しては疎いんだ」
「だとしても、仮にも宇宙人でしょ。もっと未来的で、謎の金属で築城したようなミステリアスな家じゃないと、夢がないわ」
たしかにその通りだ、とぼくも小岩井さんにならって考えを改めた。すると、小岩井さんが手のひらをぽんと叩いた。
「きっと、大日本帝国の兵隊が、まだ戦時中だと勘違いして潜伏しているのよ」
「そっちの方が、夢がないと思うけど」
「そんなことないわ。彼に、もう戦争は終わったのよ、って伝えてあげるの。そして彼を都会に連れていって、びっくりさせてあげるのよ。タイムスリップしてきたみたいな反応が見られるわよ」
「彼が今の日本に感心するか絶望するかは分からないけれど、たしかに面白そうではあるな」
「平井くん、さっそく小屋の中を覗いてきて」
ぼくはうなずき、掘っ立て小屋に向けて歩き出した。しかし、すぐに小岩井さんから手をとられ、引き留められてしまう。
「どうしたの?」
「やっぱり駄目よ。相手は兵隊なんだから、きっと銃を持ってるはずだわ。平井くんが撃たれちゃう」
「相手も同じ日本人だから、撃たれねえよ」
「もし米兵だったらどうするの!」
小岩井さんが目に涙を溜めて怒るので、ぼくは掘っ立て小屋に行くのを諦めた。