24 夢のある空
公園の柵にぴったりくっついて、二人で町を見下ろした。
もう辺りは真っ暗だった。ぼくらの町はひかえめに見ても田舎の地方都市で、じっくり眺めても大して面白味のある夜景ではなかった。
「これなら、小岩井さんの笑顔の方が断然きれいだね」
「あんまり褒められた気分がしないわ」
小岩井さんが顔を上げた。首をうんと上に向けて、口元が一センチくらい開いていた。それをじっと見つめていると、ぼくはまた、無性に小岩井さんの歯ぐきを見たくなってきた。しかし、雰囲気を崩しそうだし、たぶん怒られてしまうので、止めておいた。
「星空は、すごくきれい」
つられるように、ぼくも空を見上げる。
無数の星の瞬きが視界を埋め尽くした。こがね色の星々は、真っ黒な天井の四方八方に散りばめられていて、一見すると無秩序なようだが、まがいもない自然の風景にはそもそも秩序なんてものは意味を為さなかった。
ぼくは夏の大三角を探す。三つの星は、夏の夜空にはとびっきり目立って見えるらしいけれど、どれも同じくらい輝いて見えるし、ぼくの目には違いが分からなかった。
「私、最近ね、宇宙についての妄想だけは、無理に広げたくないと思うの」
ぼくは小岩井さんへと視線をうつす。
「どうして?」
「だって、宇宙って、私たちが抱く以上の夢があふれているのよ。人間の小さな脳みそで考えたって、宇宙には人間の想像を越えた途方もない夢が詰まっているはずなのよ」
「そんなものかなぁ」
「平井くん、あなた、宇宙がどれだけ大きいのか、想像できる?」
そう言われて、ぼくは、宇宙の広大さを想像してみた。うんとうなって考えてみるが、宇宙の大きさどころか、一光年の距離すらピンとこない。
「私たちは、ただこの夜空に身を任せていればいいの」
ぼくはうなずいて、小岩井さんと同じように、頭の中をすっからかんにして星を見上げた。すると、視界がすっと開けたような気がして、頭をからっぽにした分、宇宙上で巻き起こる夢の数々を全て受け入れられるような気がした。
宇宙はいつでも圧倒的な存在感を示していて、ぼくらの空想なんか簡単に飛び越えてしまうほどの出来事が毎日起こっていて、ぼくたちには実感すら抱かせないほどにリアルだった。
「小岩井さん、ぼくは今、とんでもないことに気づいてしまった」
「とんでもないこと?」
「ぼくは今まで夢見がちを気取っていたけど、本当は現実に夢なんか無いって、心のどこかで決めつけていたんだと思う。なにも知らない子供のくせに、ぼくが妄想する以上の夢はこの世にはあり得ないんだって、勝手に思い込んでいたんだ」
自分は好奇心の塊だと勘違いしていただけで、裏を返せば、結局ぼくはいつまでも停滞するだけの無力な子供でしかなかった。
それはたぶん、小岩井さんも。
「やっぱり私たちは似たもの同士ね。身近なことですら身勝手な自己見解で済ませてしまうのに、宇宙について語るだなんておこがましい話だわ」
「全くだよ。地球のことだってよく知らないのにね」
「私、新婚旅行は世界一周旅行がいい」
「そうしたいけど、でも、世界一周旅行はお金がかかるぜ」
「大丈夫よ。これからいい高校やいい大学に入って、儲かる仕事をして、いっぱい稼いじゃえばいいんだわ」
ぼくたちは星空から視線を落として、お互いの顔を見つめた。
「なんだかぼく、勉強がしたくなってきたよ。勉強をして、小岩井さんと一緒にもっと勉強ができる高校に入りたい」
「そうしましょう。明日から毎日、お互いの部屋で勉強会ね」
ぼくらはうなずき合い、ぎゅっと互いの手を握りしめる。
ぼくたちは、もっと世の中を知らなければいけない。頭上いっぱいに未知の夢が横たわっている限り、ぼくと小岩井さんが夢を捨てるわけにはいかないんだ。




