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22 夢のない進路調査

 夏休みが近い。

 担任の亀戸先生の、『夏休みを制するものは受験を制するのであって――』なんて台詞をうとうとしながら聞いていたら、ぼくの目の前に一枚のペラ紙が渡ってきた。進路調査用紙だった。


 ぼやぼやする頭で、机上で広げたそれと向き合う。

 進路かぁ。

 中学卒業後はどこへ進学するつもりなのか、というのは間接的な問いであって、この紙っぺらの本当の意味はこうなんじゃないか。

 そろそろ自分の進路は自分で考えなさい。これもまだ遠回しかな。

 どこの高校に行って、どこの大学に行って、どういう仕事に就くのか。将来の夢へと進む第一歩を、まずは自分の脳みそで考えて、決めてみなさい、そういうことだ。

 はて、ぼくの将来。




 休み時間、ぼくは今だかつてないもやもやを胸のうちに抱えながら、小岩井さんの席へと近づく。

 小岩井さんは机に片肘をつき、手で頭を支えていた。はたから見ると、悩んでる人みたいだった。ぼくがそばまで寄ると、小岩井さんが顔を上げた。

「平井くん、さっきのあれ、なんて書いた?」

 進路調査用紙のことだ。ぼくは、もごもごとした煮え切らない口調で答える。

「世界を救うヒーローになれるよう育成してれる高校、って書いた」

「そんな高校があるのなら、間違いなく私もそこを受けるわね」

 小岩井さんはため息を吐いて、またさっきみたいに頭を抱えた。

「私は、何も書けなかった。たぶん放課後、平井くんと一緒に、亀戸先生から呼び出しを食らっちゃうんだわ」

「ぼくは一応書いたんだけどなぁ」

 小岩井さんはぼくのボケに突っ込みをいれようともせずに、机につっぷしてしまった。


 ぼくはその場にしゃがんで、机の上で腕を組んで、小岩井さんの顔を覗きこんだ。

 小岩井さんは顔を横向きにしたまま、ぼくとばっちり目を合わせる。

「ぼく、さっきの進路調査を書いてて、ちょっと不安に思うことがあって。聞いてくれるかな、小岩井さん」

 彼女はぼくの目を見つめたまま、何も言わなかった。ぼくはおずおずと口を開く。

「毎日のように熱く夢を語るぼくらだけど、夢のない大人を嫌うぼくらだけどさ、もしかしたらだよ。妄想だけで終わって、具体的な夢を持たないぼくらが一番、夢がないのかなぁって」

「具体的な夢だけが、夢だっていうの?」

「そうじゃないけど。ぼくが言いたいのは、」

「聞きたくないわ。平井くんからそんな言葉が出るなんて、私はもう聞きたくない」

 小岩井さんの声はだんだん小さくなって、それっきり、全てを遮断するように顔を隠してしまった。




 その日の放課後、小岩井さんの言う通り、ぼくと小岩井さんは職員室に呼び出された。先に小岩井さんが入室して、ぼくは職員室の前で並べられたパイプ椅子に腰掛けて待機した。

 ぼくらはたぶん、進路調査を先生の前で書き直させられるんだと思う。亀戸先生に、成績表や偏差値などのデータを叩きつけられるんだ。ぼくも小岩井さんも勉強に関してはとことんお馬鹿だから、それに見合ったお馬鹿な高校を勧められて、それで、行きたくもないその高校の名前を書かされるんだと思う。


 三十分して職員室の扉を開いた小岩井さんの顔には、表情がなかった。

「とりあえず私は、家から一番近い高校を書いたわ。そこそこの進学校。今から勉強して、間に合うかしらね」

「じゃあぼくも、その学校を書こうかな」

 小岩井さんは背を向けて、廊下を歩き出した。

「校門の前で待ってるわ」

 ぼくは一度目を閉じて考えた。進路のことではなく、今日の寄り道のことを考えた。


 だいたい考えたところで、パイプ椅子から腰を上げる。漠然と、今日は夜中まで歩き回りたい気分だった。でも、小岩井さんと一緒なのに、なぜか楽しみだとは思えなかった。

 もうすぐ夏休みなのに。

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