16 夢のあるパフェ
午前のデートは結局、喫茶店で小岩井さんのかち割り少女の妄想を聞くことで終始した。
喫茶店を出て、さて、午後のデートはどうしようかと頭を悩ませる。そんな計画性のないぼくの情けない姿に、小岩井さんは呆れた様子だった。
「デートで女の子をエスコート出来ないだなんて、平井くんも甲斐性がないわね」
「返す言葉もないよ」
「でも、あなたは私という彼女に恵まれてとても運がいいわ。私は常に、この町にあふれる夢のある場所やイベントを把握しているの。さぁ、私についてきて」
言われるがまま、ぼくは小岩井さんの後ろについていった。
小岩井さんの言う夢のある場所とは、なんの変哲もない一軒のスイーツ店だった。
「このお店の、一体どこに夢があるってんだ」
「ありまくりよ。平井くん、これを見て」
小岩井さんが指したのは、店の看板に貼られたポスターだ。
『特大ドリームパフェ、二人で四十分以内に完食すれば料金無料!』
ぼくは、おぉ、と感嘆の声を上げた。小岩井さんが満足そうにうなずく。
「平井くんと一緒に特大パフェを食べられて、しかもお代を払わなくていいだなんて、こんなに夢のある話はないわ」
「たしかに、こんなに夢のある話はない。しかし小岩井さん、完食する自信はあるのか? ぼくは見た目通りの小食系男子だぜ」
「私も見た目通りの小食系女子だけど、大丈夫よ。だってこのパフェ、特大ドリームという名前でしょう」
「その心は」
「いくら大きな夢であろうと、私たちに食べきれない道理はないわ。この世に、身の丈に合わない夢などありはしないの」
「ぼくは、一生小岩井さんについていく」
ぼくらはスイーツ店の門を叩いた。
テーブルにつき、さっそく店員さんを呼んで、特大ドリームパフェ挑戦の意志を示す。
しばらくして運ばれてきたのは、特大の名に恥じぬ荘厳なパフェだった。
「なんと、巨大なパフェだろう。高さ四十センチくらいはあるんじゃないか」
「平井くん。『高さ四十センチくらい』だなんて、そんな誰かが引いたレールの上をたどっただけのような表現、ドリームを前にしてあまりにも失礼よ。もっと夢のある言葉でこのパフェを表現してちょうだい」
「ぼくが悪かった。そうだな、小岩井さんの身長を半分に縮めて、さらにそこからリンゴ三個ぶんを引いたくらいの高さだ」
「まあ、キティちゃんプロフィールのオマージュね。やればできるじゃない平井くん。すごく分かりにくいけど、やればできるじゃない平井くん」
「へへ」
店員さんがストップウォッチを構え、ぼくらもスプーンを構える。
ぼくらの、夢をかけた戦いが始まった。
一時間後、ぼくらはスイーツ店を出た。ぼくも小岩井さんも、青ざめた顔をしていた。
「なんとか完食したけど、なんだか気持ちが悪いね小岩井さん。うっ」
「なんとか完食したけど、なんだか気持ちが悪いわ平井くん。うっ」
ぼくらは二人そろって、店の前でドリームを戻した。
小岩井さんが泥っぽい顔色でつぶやく。
「平井くん、私たち、タダで食べまくりという夢を追ってこの企画にチャレンジしたわけだけど、私、この現状が激しく腑に落ちないのよ」
「たぶん、お金が絡んでいたからだよ。お金そのものには夢があるかもしれないけれど、それに惑わされる人間の汚らしい性根には、夢がないんだ」
「平井くんの言う通りかもしれないわ。純粋さを捨ててお金に揺り動かされたり、好きなものを嫌いになるまで食べたり、夢は、こんな形で掴むものじゃなかったのね」
「ぼくらはまた一つ成長したよ。今日のことを教訓に、明日からまた新たな夢を探そう」
「私たちの夢をかけた戦いは、まだまだこれからよ」
ぼくらはもとの純潔を取り戻すべく、お腹の中につまった歪んだドリームをもう一度吐き出した。




