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15 かち割り少女

 ぼくと小岩井さんにとって、本当は沢木くんと霧島さんのことなど、身がよじれるほどにどうでもいい事柄だった。ぼくらは所詮、ただの野次馬感覚でしかなかったし、二人のことなど、ぶっちゃけ今は、地面にへばりつくガムの残骸くらい興味がない。

 ぼくと小岩井さんが最も大切にしているのは、ぼくらが頭の中で繰り広げるファンタジスタ・ビジョンであり、ぼくらの間で創りあげる空想活劇であり、ひいては、相互の愛をはぐくむことにあるのだ。




 いつもの喫茶店に入り、いつものキャスケット姿の小岩井さんと向かい合うようにして座る。こわもて店長が注文を取りに来て、ぼくも小岩井さんもアイスコーヒーをオーダーした。


 しばらくして運ばれてきたアイスコーヒーを飲み、小岩井さんが沈痛な面持ちでこう切り出す。

「私、なんでもありの魔法に、最近ものすごく嫌悪感を覚えるのよ」

 ぼくはその意見にひどく共感してしまったため、首が痛くなるほどにうなずいた。

「首の骨が悲鳴をあげてしまいそうなくらい分かるぜ、その気持ち。子供向け映画なんかでよく見かける、ぷいっと指を振っただけで、散らかった部屋があっという間に片づいてしまうアレだ」

「それよ。手をかざしただけでエネルギーボールが出たり、杖を向けただけでボロボロの服が再生してしまったり、逆にすっぽんぽんにしてしまったりするアレよ」

「すっぽんぽんにしてしまうのはあまり聞かないけど、とにかく世の中には、なんでもありの魔法がたしかに存在する」

「限度を超えて夢を持つのはよくないわ。むしろ、そんなものは夢ではない。単なるエゴよ。もちろん、子供向けであれば許されるかもしれないけれど、私たちはもう、半分大人なの」

 ぼくはまたうなずいた。首がごきごきと鳴った。

「そこで私は、天才的な解決策を思いついたわ。魔法を発動させるには、ある発動条件をクリアしなければ駄目、という設定にすればいいのよ」

「別に天才的でもないし若干ありがちだが、なるほど。その発動条件とは?」

「自分の頭をかち割ることよ」

「ごめん全然ありがちじゃなかった」

 小岩井さんは小休止を入れるようにアイスコーヒーを飲んだ。


 ぼくは、自分の頭をかち割らなければ魔法を使えない魔法使いのことを考えながら、小岩井さんと同じようにアイスコーヒーを飲んだ。

「平井くん、あなた今、自分の頭をかち割らなければ魔法を使えない魔法使いを、男性でイメージしたでしょう」

「たしかにぼくは、自分の頭をかち割らなければ魔法を使えない魔法使いを男性でイメージしたが、まさか、小岩井さん」

「自分の頭をかち割らなければ魔法を使えない魔法使いは、十二歳の女の子よ。人呼んで、かち割り少女」

「むごすぎる」

「かち割り少女は魔法学校に通っているわ。生徒はそれぞれ特有の発動条件で魔法を使うんだけど、かち割り少女ほどのえぐい発動条件は、学園創立以来、初の事態よ」

「だろうね。生徒がそれぞれ、かち割り少女並のぐろい発動条件だったら、それはもはやスプラッタものの妄想でしかなくなるからね」

「かち割り少女は、初めは自分の頭をかち割ることに、ひどく抵抗を覚えるわ」

「だろうね。初めからすすんで自分の頭をかち割ろうなど、それはもはや狂気の沙汰だ。納得のいくスタートだ。続けてくれ、小岩井さん」

「ほかの生徒の魔法発動条件といえば、クッキーを十個食べれば魔法一回とか、華麗なステップを踏めば魔法二回とか、人を息が出来なくなるほど笑わせれば魔法五回とか、それぞれ条件に見合った使用回数を得られるのに、かち割り少女は、頭を一回かち割って、たった一回の魔法しか使えないの」

「ぼくは、かち割り少女の運命に同情せざるを得ない」


 沈みきったぼくに、でも安心して、と小岩井さんが元気づけるように言った。

「第三話くらいで、かち割り少女は画期的な思いつきをするの」

「ほう」

「そうだわ、頭を二回かち割れば済む話じゃない! 一つは使いたい魔法を使って、もう一つの魔法で、二回かち割られた頭を治せばいいのよ!」

「ぼくにはもう、かち割り少女が正気を失ったようにしか思えない」

「最初は二回かち割るだけで済む話かもしれないわ。でも、話数を追うごとに、学園をおびやかす敵も強力になってくる。二回かち割るだけじゃ、魔法が追いつかないのよ」

「かち割り少女は、どれだけ自分の身体をいじめ抜けば気が済むってんだ」

「でもね平井くん。かち割り少女は、やがて自分の限界に気づいてしまうの。自分が頭をかち割れるのは、六回までだと。何故なら六回以上は、かち割り過ぎて、脳みそがはみ出てしまうからよ」

「ぼくはだんだん、正常な思考を欠いているのがかち割り少女ではなく、それを妄想する小岩井さんの方ではないかと思えてきた」


 小岩井さんが少し身を乗り出し、興奮したように語る。

「しかし、クライマックス目前。少女は覚醒するっ」

「おぉっ」

 ぼくも興奮して身を乗り出した。

「なんとかち割り少女は、頭以外の、自分の身体のどこをかち割っても魔法が使えるようになったのよ!」

 ぼくは静かに椅子に座りなおした。


 それからも小岩井さんはかち割り少女の妄想を続け、第二部なんかにも入ったりしたが、なんだかぼくは、夢のあるなし以前の問題な気がしてきた。

 たまにはいいけど、ぼくは、普段のメルヘンな妄想をする小岩井さんに早く戻ってほしいなと、心を込めて願うしかなかった。

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