13 恋愛相談
翌日のこと。
単刀直入に言うが、霧島さんはもう、沢木くんに交際を要求してしまったらしい。
ぼくは昨日、霧島さんから、『わたしに沢木くんを紹介して』と言われたはずなのに、霧島さんは一人で勝手に沢木くんのところへ行って、初っぱなから『わたしと付き合え』と言ったらしいのだ。
沢木くんの返答はというと、
「霧島は一体、何に追われているんだ。おれら、今まで話したことすらないだろ。友達から始めようぜ」
と、言ったらしい。なんという正論であろうか。エロチシズムの申し子として誉れ高い沢木くんという男は、実際の恋愛においても取り乱しはしないのである。
昼休み、ぼくは小岩井さんから、その風の噂を聞きつけたのであった。
小岩井さんは、軽く頭を抱える仕草をした。
「霧島さんという子は、本当に駄目ね。初対面なのに、ただ告白すりゃいいってものじゃないのよ」
「でも、ぼくも小岩井さんと初めて話したとき、君もいきなり告ってきたと思うけど」
「そうだったかしら? 全く記憶にないわ。でも、私たちの場合は結果オーライよ」
そんな会話をしていると、廊下の方で霧島さんが立っていて、ちょいちょい、とぼくらを手招きしてきた。
ぼくらは顔を見合わせて首を傾げるも、とりあえず霧島さんのところへ歩み寄っていった。
ぼくらは、霧島さんに連れられて三組の教室に入り、霧島さんの机に集合した。
「どうしてわたしは振られたの?」
霧島さんはいきなりそう言った。
「別に振られたわけじゃないだろう。友達から始めようって、沢木くんは言ったんだろ」
「いや、そうじゃなくて。何故わたしに告白されて、すぐに付き合おうとしない男が、この世に存在するの?」
ぼくは呆れて小岩井さんを見た。小岩井さんも呆れていた。
「今のを聞いたか小岩井さん。ぼくの言った通り、とんでもなく自意識過剰な女だろ」
「全くだわ。美人の面を被った、ただのうぬぼれね」
そうは言うものの、霧島さんは結構落ち込んでいるようだった。
「わたしは、今まで色んな男から告白されたけど、自分から告白するのは今日が初めてだった。なのに付き合ってくれないだなんて。まったく世間というやつは、需要と供給のバランスがなっちゃいないね」
ぼくは肩をすくめた。
「霧島さんの恋愛は、アウトロー過ぎるな。その高慢ちきな性格を治さない限り、霧島さんに恋愛は十年早いと思うぜ。はっきり言って、君の感性は普通じゃないんだ」
「あら、平井くんもひどいことを言うのね。いくらなんでも、女の子にその言い方はないんじゃないかしら」
小岩井さんが厳しい顔つきでぼくを責める。
「私に言わせると、平井くんだって普通じゃないわ。あなた、いつもへんてこな妄想ばかりするでしょう。しょっちゅう私のことを無視するし。私はたまに、妄想をしない普通の男の子がよかったわ、なんて思うくらいよ」
「小岩井さんにだけは言われたくないよ。小岩井さんだって、ぼくのことそっちのけで、よくメルヘンな妄想世界に閉じこもるだろう。ぼくだって、妄想をしない普通の女の子がよかった、と思っちゃうぜ」
霧島さんが、ぽかん、としていた。
「あなた、人畜無害を装っておいて、実は心の中でそんなことを考えていたのね」
「ぼくも、小岩井さんがそんなことを考えていただなんて、幻滅したよ」
「なら、もう別れる?」
「あぁ、別れるさ」
「本当に別れちゃうのね? あぁ、また一つの恋が終わったわ」
ぼくらはそっぽを向き合った。霧島さんがおろおろとしていた。
すると小岩井さんが切ない表情で、ぽつり、とこう言う。
「でもね平井くん、最後にこれだけは言わせて。私は今、平井くんを失って初めて気づいたわ。私はやはり普通の男では駄目だった。私は、どう強がっていても、平井くんのような妄想男がそばにいなければ、生きていけなかったのよ」
「そうなのか。実はぼくも今、小岩井さんと別れて、小岩井さんを失って初めて気づいたよ。ぼくは小岩井さんのような妄想女が近くにいなければ、人生がつまらなさ過ぎて、もう死ぬしか道はなかったんだ」
ぼくらは、ひしと手を取り合った。
「私たち、まだやりなおせるわ」
「やりなおそう。小岩井さん、愛してるよ」
「私も愛してるわ、平井くん」
そのとき、ばん、と机が叩かれた。霧島さんが大激怒していた。
「何故、なんの前触れもなく、どうでもいい茶番を見せつけてくる。おたくら、いつもそんな風に、ふざけたのろけ妄想劇を周りに披露しているのか。わたしの方は、真面目に恋愛相談をしているつもりなのに」
「反省しているよ」
「反省しているわ」
「もういい。あんたらに相談したわたしが馬鹿だった。もう帰って。帰って死ね、このバカップル」
ぼくらは結局、まともに霧島さんの話も聞けずに、三組の教室から追い出された。




