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10 王道バトル

 朝の通学時間というのは、ぼくにとっては恰好の妄想タイムとなりえる。

 それは、一緒に小岩井さんと登校するようになってからも同じだった。何故なら、小岩井さんも通学中に妄想を楽しむからだ。

 それぞれ無言で妄想の世界に浸ることもあるし、二人で同じ妄想を語り合うこともある。一日のピークは、まさにこの時間にあると言っても過言ではないのだ。

 今、小岩井さんは恍惚の表情を浮かべ、ぼくの隣を歩いている。たぶん彼女の脳内では、錬金術を使ったファンタジースペクタクルが繰り広げられているのだろう。小岩井さんは最近、錬金術にはまっているのだ。




 ぼくは、たまには男子中学生らしい妄想をしてみようと思った。

 すなわち、王道的なバトルものの妄想である。

 ぼくは以前、小岩井さんから『千年に一人の天才空手家』という設定が付加されていたことを思い出す。それを上手く活用できないものか、と思惑を巡らせた。

 とりあえず、ヒロインは小岩井さんなのだが、現実の彼女は喧嘩をする男が嫌いなので、妄想の小岩井さんは、喧嘩をする男は別に嫌いではない、という設定にしておこうと思う。


 さて、千年に一人の逸材とされる天才空手家のぼくなわけだが、そうなると、ぼくは恐らくまともな中学生活を送れなくなるだろう。

 他校の喧嘩自慢たちから、喧嘩を売られるのだ。

 もちろん、妄想の中のぼくは血気盛んな勇士なので、売られた喧嘩はとことん買うしかない。

 ぼくは喧嘩喧嘩の毎日を送り、全ての戦いに勝利し、百戦錬磨の豪傑として全国に名を轟かせる。

 これだけの暴力を振りかざしているのに、それでも中学に通い続けられるのは、教師も親も警察も、喧嘩ごとに関しては一切口出ししてこないからだ。

 ご都合主義である。これも妄想ならではだ。


 そんなある日、小岩井さんが、謎の男どもに拉致されてしまう。

 ぼくは怒りを剥きだしにし、剣道部エースの田宮くんと共に街を駆けずり回り、小岩井さんを捜索する。

「平井、ここからは、手分けして小岩井を探そう。俺は港の方を探してみるぜ」

「じゃあぼくは、もう少し歓楽街を探してみる」

 ぼくらは二手にわかれ、小岩井さんを探すこととなった。

 夕方まで探し回り、ぼくは田宮くんの携帯にコールする。

 しかし、電話に出たのは、なんと小岩井さんだった。

「平井くん、助けて!」

 だが、すぐさま男の低い声が聞こえてくる。

「ひひひ。貴様が天才空手家の平井か。お前の仲間の田宮とかいうガキは、全くの雑魚だったぜ。このお嬢さんを助けたくば、港に来ることだ」

 ぼくは携帯を地面に叩きつけ、怒りに燃えた。


 港に着くと、そこに居たのは小岩井さんと、小岩井さんを人質にとる黒服の男どもであった。彼らの足下には、ぼろ雑巾となり果てた田宮くんの姿もあった。

「よく来たな、平井。貴様を倒すべく、私たちは強力な助っ人を雇ったのだよ」

 黒服の男たちの背後から現れたのは、身長二メートルはあろうかという、筋骨隆々の黒人男だった。ぼくは、その黒人に見覚えがあった。

「格闘技世界チャンピオンで名高い、ケリー・ジョンソンだ。おっと、紹介するまでもなかったかな?」

 ぼくは、ただの中学生の喧嘩王であって、たとえ天才空手家であろうと、本来ならば格闘技のチャンピオンなどに敵うはずがない。

 だが、これはぼくの頭の中で繰り広げられる空想事だ。空想上のぼくは、まさに、地上最強の男なのである。

「ま、まさか。あのケリーが、ものの二十秒でのされるとは」

 ぼくは地面に横たわるケリーを一瞥し、凛として黒服集団を指さす。

「さぁ、小岩井さんを返してもらおうか」

「て、てめぇら、やっちまえ!」

 黒服の男どもが、ぼくめがけて突進してきた。

 最初の時点では、黒服の男はおよそ五人くらいだったのだが、何故かぼくに襲いかかるときだけは二百人くらいいた。マトリックスのようだった。

 それでもぼくは負けない。銃弾をかわし、刀を叩き折り、たまに波動拳なんかも出したりして、ばったばったと黒服男たちをなぎ倒していく。

 あぁ、なんという爽快感。

 二百の屍を背中に、ぼくは悠然として小岩井さんに歩み寄る。

「すてき、平井くん」

 そしてぼくは、小岩井さんから、ほっぺに熱いキスをされるのだ。でへへ。




「何をにやけているのよ、平井くん。今日のあなた、いつも以上に気味が悪いわ」

 気づくと、もう目の前には学校の校門があった。横を見ると、小岩井さんがかすかに眉をひそめてぼくを見ていた。

「今日は一体、どんな妄想をしていたの?」

「まぁ、色々あったけど、最終的には、小岩井さんからほっぺにチューをされて終わる妄想だよ」

「ほっぺにチューなら、わざわざ妄想じゃなくたって、今してあげるわよ」

 それじゃまるで達成感がないな、と思った。だからぼくは、遠慮しておくよ、とあくまで控えめに答えるのだった。

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