1 小岩井さん
1日1話0時更新で全29話です。
アホでほのぼの(あほのぼの)な世界をお楽しみください。
例えばぼくは、もし小岩井さんから告白されたらどうしよう、なんてことをたまに考える。
しかし、ぼくは別に、小岩井さんのことが好きだというわけではない。妄想の対象が、高村さんだって、霧島さんだって、他のどの女子であったって構わないのだ。
でもぼくは、小岩井さんで妄想する。
好きではないけれど、ぼくの目には彼女は同じ学年の誰よりも美少女に見える。その上、小岩井さんには彼氏がいる。剣道部の田宮くんという県でもトップクラスの剣道の実力者で、顔も、男のぼくから見ても格好いいなと思える。
ぼくは特技もないし、影もうすいし、特別に格好いい顔をしているわけでもない。なので万が一でも小岩井さんから告白されることはないし、ましてや話しかけられることだってないと思っている。
そんな小岩井さんだから、もし彼女から言い寄られたらどうしよう、なんてふうに妄想をする。叶わないことを想像してみるから、妄想といえるのだ。
「平井くんって、なに考えてるか分かんない人よね。頭の中に、巨大空中都市でも浮かんでいそう。もしそうなら、平井くんって、すごくロマンティックよね」
理科のグループ実験で、暇をもてあましていた小岩井さんがそう言った。
ぼくはシャーペンを指でくるくると回していて、それでいて窓の外を眺めていた。小岩井さんがぼくに話しかけてきたのは、ちょうどそのときで、ぼくと小岩井さんは、他のグループメンバーに実験を丸投げしていたのだった。
彼女がぼくに話しかけてきたのは、おそらくそれが初めてだった。だからそのとき、ぼくは自分が話しかけられているだなんて、まるで気付かなかったのだ。
「平井くん、聞いてるの?」
そこでぼくは我に返り、小岩井さんを横目に見つめた。
「平井くんの頭の中には、どんな空中都市が浮かんでいるの?」
「何の話?」
「空想の話よ。今あなた、巨大空中都市、もしくは、巨大地底都市のことを考えていたでしょう」
「考えてねえよ」
「なによ。つまらない男」
なじるように小岩井さんは言う。ぼくは鼻を鳴らす。
そしてぼくは、不満げな顔をする小岩井さんに、さっきまで回していたシャーペンを見せるのだ。
「ぼくは、このシャーペンから、どうにかライトサーベルを作れないものかと考えていたんだ」
「あなた将来、発明家にでもなるつもり?」
「ならねえよ。ぼくのこれは、妄想だ」
ぼくはシャーペンを握り、しゅばっ、と言って、空中を斜めに切り裂いた。シャーペンが、ライトサーベルになったような気がした。
小岩井さんは胸の前で両手を握り、感心したようにうなずいた。
「いいわね、それ。ありがちだけど、でも、夢のある妄想だわ」
ぼくは彼女の言葉を無視して、なにもない空中をずばずば切りまくった。ライトサーベルを振るときの、ブォン、という音だって、今のぼくの耳には幻聴じみて聞こえてくるのだ。
「私、平井くんと付き合う」
ぼくはシャーペンの動きを止めて小岩井さんの方を振り返った。
「それはいいけど、でも小岩井さん、剣道部の田宮くんと付き合ってるんだろ」
「あんな男、もう別れようと思っていたところよ。だってあいつ、えろいことしか考えてないの。平井くんは、えろいことなんか考えなさそう」
「考えねえよ」
「なら付き合って」
ぼくは少し考えて、いいよ、と答えた。
もしかしたらぼくは、妄想が現実になることを、心のどこかで望んでいたのかもしれない。