あなたのためなら
私の好きな人
すれ違う度に
タバコの甘い香りに包まれてる
その人は『先生』と呼ばれていて、私は『生徒』だった。
「後ろから課題集めてこい」
ガタッ
ガタッ
ざわざわ
「はい先生」
「そこに置いて。忘れたやつは?」
36人の中で挙手された手は2人分。
「…加賀と谷中か」
2人とも怖ず怖ずと手を引っ込める。
「おまえら今日居残りな」
「竜二先生勘弁してくれよ〜」
「谷中は課題3回目だろ?忘れたの。加賀もな」
「チエ(加賀)問い5分かる?」
「ん〜…『ウ』って書いた」
結局2人は居残りで現代国語のプリント10枚が手渡されていた。
「准(谷中)君。ここの問題は?」
「ん?どれ?」
2人の距離が近づいてく。
「これ」
チエの指先に意識が集中して、いつの間にかおでこがくっついた。
こつん
「んにゃ!ごめん」
チエはおでこを押さえながら顔を上げる。
目の前には准の顔。
「チエ…お、俺」
ガタッ
音がした方を見ると、そこには竜二の姿があった。
「どうだ?」
「あっ!先生〜あと最後の問題やれば終わりますよ」
明らかにチエの顔が喜びに満ちた。
「ちえっ。いいとこだったのに…」
「谷中何か言ったか?」
「別にぃ〜」
「竜二…ヤキモチだろ。ソレ」
コーヒーの入った白いマグカップをパソコンの横に置く。
コトン
「んぐっ…げほっ」
予想だにしていなかった事を聞いて、コーヒーで噎せてしまった。
「だって、そーだろ?告白を邪魔しに入った感じじゃんか」
「…いや、そんなつもりじゃ」
よく似合う眼鏡の奥の瞳が揺らいだ。
「いやいや竜二は加賀の事が好きなんだって!」
「でも俺は先生で加賀は…生徒」
「先生〜竜二先生っ!」
竜二が振り返ると、廊下の向こうから走ってくるチエの姿が確認できる。
「はぁはぁはぁ」
猛ダッシュのお陰で息が切れて仕方がない。
「コラ。廊下を走るな。危ないだろ」
ぺちん!
あまり日に焼けてないおでこを叩かれた。
「は〜い!先生!分からないとこあるんですけど、教えて下さいよ」
「う〜ん…今から会議だから」
会議で断ろうとする竜二にすかさず答える。
「じゃ、待ってますよ!」
「だけど、遅くなるぞ?」
「大丈夫ですよ!」
チャリ
ポケットから鍵を取り出す。
手書きで『資料室』『資料準備室』と書かれている鍵だった。
「資料室で待ってろ」
「先生ありがと!…コーヒー飲んでもいい?」
「いいよ」
「わ〜い♪」
会議を終えて、チエが待つ資料室へと足を早めた。
ガチャ
ばたん
「待たせたな」
「大丈夫ですよ。コーヒーおいしいし。先生飲む?」
「ぁあ」
ガタッ
近くにあるパイプ椅子を引き寄せて、チエの隣に座る。
ごとんっ
「はい、先生」
「ありがとう」
ガタガタッ
「それで、ココ分からないんですけど…」
しばらく2人のやり取りは続き、気がついたら夜になっていた。
「先生。ほんとにいいの?」
「ぁあ。こんな夜遅くに生徒を1人で帰らせる訳にはいかない」
「…生徒」
竜二の『生徒』という言葉を繰り返す。
チエは竜二がただの生徒として自分に接するのが、悲しくなった。
「…先生」
「ん?」
真っ直ぐ竜二の横顔を見つめる。
煙草をくわえた竜二は、気づかないフリをして前を見る。
「どうした?」
「先生私…先生が好きです!」
「勘違いするな」
「え…?」
チエは既に泣き出しそうな表情になる。
涙が流れでるのを堪えようと目に力が入り、眉間に皺が寄る。
「加賀は年の離れた男という俺に憧れを抱いているだけだ。恋愛感情じゃない」
「そんな…そんな」
左右に大きく首を振って、力いっぱい否定した。
「違わない。俺は『先生』で、加賀は『生徒』だ」
キキッ
どうやら家に着いたらしい。
ッー
ぽろぽろぽろ
「加賀!」
チエの涙に困惑しきって、どうしたらいいのか解らないでいた。
「…帰ります」
バタンッ
俯きながら家まで駈けていく。
車の中で竜二はハンドルに顔を伏せる。
「くそっ!どーすればいいんだ…」
ガッ
体を起こし、右拳で窓ガラスを叩きつけた。
「おはようございま〜す」
「おはよ」
「竜二先生!おはようございます!」
声をかけてきたのは、加賀チエ。
昨日の事があって、今日は休むだろうと思っていた。
「また、教えてほしいとこあるんですけど…」
「加賀」
「はい?」
「あんまり話しかけてくるな」
「ど、どうしてですか?」
竜二はチエを見ずに言う。
それでも2人は身長差があるので、うまく顔は見れない。
「変な噂が立ったら困るんだよ」
「…迷惑ですか?」
一瞬の間があり、答えが返ってくる。
「…ぁあ」
「そうですかっ」
心なしか声が曇って聞こえる。
タタタッ
歩いている竜二を追い越し、前に立って小さな声で話す。
「迷惑はかけません。だけど…だけど、好きでいさせて下さいっ」
朝日を浴びて、目に溜まった涙はキラキラ綺麗に輝いた。
校舎に消えて行った後ろ姿を見つめる。
その心の内は自分自身に対する激昂しかなかった。
「チエ日直だよな?現国プリント持ってかないと」
「あっ!そうだった〜」
「手伝うよ」
「准君。ありがと」
職員室へと続く廊下を2人で歩く。
「なぁ、チエ」
「ん〜何?」
くりっ、とした目を准に向ける。
准もチエを見て、2人の目線が合う。
「好きなんだ」
「えっ…!?」
准の真剣な眼差しから逃げて、プリントに目を落とす。
しばしの沈黙のあとチエが『ごめん』と一言答えた。
「竜二先生〜昨日のプリント〜」
「ぁあ。谷中元気ないな。どうした?」
「それが…チエにフラレちゃった〜」
「准君っ!」
足下に顔を向ける。
「そうか」
「好きな人いんだって。嫌われても諦めらんない人なんだと」
チエは相変わらず足下を見ていた。
「加賀が…」
またしても、竜二は保健医の杉山尋の所に来ている。
「それで?」
「それでって、俺にどうしろって?」
「告白」
ガサガサ
カチッ
ジュッ
「ふー」
吐き出された煙草の煙は白い天井にゆっくりとのぼった。
「無理だ」
「竜二…おまえは一体何に怯えてるんだ?加賀は竜二が好き。竜二は加賀が好き。他に何が足りないんだよ?十分じゃないか」
「…怖い。加賀には同年代のやつらと付き合ったりする事だってできるのに…いつか加賀の未来を奪ったと負い目を感じる日がくるのが…」
ガラガラガラッ
「…どーゆー事ですか?」
保健室のドアに立っているのは、部活動姿の准。
「どうしたんだ?サッカーの試合中にけ…」
尋の手を振り払って竜二に掴みかかる。
ガッ
がちゃん
机の上にあったコーヒーカップが落ちて割れた。
コーヒーは白い床にどんどん染みを作っていく。
「チエが好きなのは…竜二先生だったのかよっ!」
顔色一つ変えないで答える。
「ぁあ。そうだ」
もう一度尋が止めに入る。
「オイ止めろ!」
准は構わず問いつめた。
「しかも振った?」
「ぁあ。そうだ。当然の事だ」
ガッ
どさっ
「いっ…ってぇー」
殴った方の拳を2、3回振る。
怒りの表情が殴った後、一時情けない顔に変わった。
「オイ!竜二、大丈夫か?」
尋は殴られて尻餅をついた竜二に駆け寄った。
「ぁあ。俺は大丈夫だ」
大丈夫だ、というわりには口の左端から血が確認できる。
「チエは振られても好きだ、って言ったんだ。勇気出して告白したのに…ふざけんなよっ」
「言い過ぎだぞ。谷中」
気持ちを落ち着かせて、竜二と向き合う。
「この先、竜二先生はチエが他の人と付き合ってもいいんだな?」
尋は自分の代わりに話す准を黙って見る。
「人の人生なんて一度きりだ」
この言葉で目が覚めたように保健室を飛び出した。
押し退けた手は准に尻餅をつかせた。
「ぁいってってぇ」
尋から差し伸べられた腕を取ると涙が流れる。
男泣きの涙は木漏れ日にチラチラと光を受けていた。
「谷中は後悔してるのか?」
「全然。これで、よかったんだ」
尋は『そうか』と言って、准の髪をもみくちゃにした。
「今日は特別にコーヒー飲ましてやるから、掃除手伝え!」
「あっ!…すいません」
チエは教室から空を眺めていた。
泣き疲れて頭が痛かった。
なんだかとっても心が空っぽのような気がして、何かする気力が起きない。
「帰りたくない」
頭の中では大好きな曲が繰り返し、繰り返しかかる。
「チエ!!」
「竜二…先生!?どうしてここに?」
コッコッコッ
机や椅子を踊るように自然に避けて、チエの前で止まる。
ガタッ
チエは立ち上がり、竜二の顔を見上げた。
窓から差し込む夕日のオレンジ色が2人の顔に写る。
「加賀…チエのためなら教師をやめてもいい」
「それって…スキって事ですよね?」
小さく首を傾げて見せた。
静かに手を伸ばす。
骨っぽい竜二の指は、チエの柔らかい髪を絡め取る。
「他に何があるんだ?」
堅かった表情が優しく笑った。
それを見てチエはなんだか嬉しくなる。
「『チエ』って呼んでくれた♪竜二先生…私も先生のためなら何だってできるよ」
「じゃ、今度から課題を忘れずに持ってこい」
急に先生の発言をする。
「ぅ゛ー気をつけます」
口を尖らせて膨れっ面になってしまう。
「チエ」
スッとスマートにチエの手を握る。
「卒業まで付き合ってるの内緒にできるか?」
「できますよ!」
2人は笑った。
それは、くすぐったいような笑顔。
「チエの両親に挨拶する時何て言えばいいんだ?」
チエは黙り込んでから笑いながら口を開く。
「幸せにします!って言って下さい」
2人を見守るために夜空には流れ星。
「明日日曜だからデートしよっ!」
竜二の腕に抱きついておねだりする。
「チエと一緒ならどこでもいい」
さっきよりきつく腕に抱きつく。
そして、はにかんだ笑顔で見る。
「私も竜二先生と一緒ならどこでもいいよ」
*Fin*
こんにちは。そして、初めまして宇佐美です!
記念すべき10作品目となりました「あなたのためなら」いかがでしたか?
今回は女の子なら一度は大人の男性に憧れるって所を書いてみました。先生っていうのは、身近な存在でもありますしね。
なので、メッセージの弱い内容になってしまったような…でも、最後まで読んでいただいた皆様には感謝しきれません。
日々精進したいと思います、応援よろしくお願いします!!