第一話
「恐がらなくていいよ。目を開けて・・・。」
そっと少女に語りかける、優しそうな少年の声。
その柔らかな声を聞き、小さな木製のベッドで寝た振りをしていた少女は、ゆっくりと目を開く。
彼女の目の前にいたのは、おそらく10代後半と思われる、背の高い黒髪の少年だった。
「僕の名前は『アレク』。この小屋の持ち主さ。」
爽やかな笑顔でアレクと名乗ったその少年は、君は誰だい、と少女に問いかけた。
「えっ。わ、私の名前は・・・。んん・・・と・・・・・・。」
いくら考えてもわからない。いわゆる記憶喪失というやつだ。彼女は自分の名前さえ思い出せない現実に、悔しくて顔を歪めた。
しかし、しばらく悩んでいるうちに、ふと頭の隅っこの方にひとつの名前が浮かんだ。
「『フレア』・・・」
口に出して言ってみる。すると、案外しっくりときたので、彼女はそれが自分の名前だと自覚した。
「フレアちゃんか。いい名だね。
ところで君は、どこから来たんだい?」
突然の質問に、フレアはきょとんと首をかしげる。
「あっ、えっとね。
・・・君はこの村の近くにある森で倒れていたんだ。
昨夜、村の猟師が狐の鳴き声を聞き、銃を構えて駆けつけたときに発見されたんだよ。」
アレクが慌てて説明を付け足す。その説明に少し衝撃を受けつつも、フレアは、今自分がいる状況をやっと理解してきていた。
「えっとそれじゃあ・・・私を助けてくれたのは、その猟師さんなんですね。」
命を救ってくれた恩人に、なんとしてでもお礼を言わなきゃ。フレアはそう思っていた。
「うん、そういうこと。
・・・実は僕がその『猟師さん』なんだけどね」
苦笑いで答えるアレク。
「ええっ!?」
思わず声を出して驚いたフレアは、この、目の前にいる少年こそが、彼女の命を助けてくれ、一晩中看病をしてくれたということを知る。
その後、数十分間に渡って、彼女の口から感謝の言葉が途絶えることはなかった。