手配写真-三億円事件-
物心つく頃には、指名手配の写真に興味を持つように
なっていた。変な子供である。はっきり言って気味が悪い。
指名手配の写真を見つけると、近くに寄っていって凝視し、
身長~センチ、中肉中背なんて特徴を読んでは実物大の
犯人を想像してみて、どこかにいないものかと、しばし道行く
人々を眺めたものだった。幼少時にはまだ、内風呂がない
頃で、銭湯に行くと必ずと言っていいほど指名手配の写真が
貼ってあって、しばらくすると×をうたれていたり、もう何年も
ずーっと指定席のように貼り付けられたものもあった。
交番の掲示板みたいな所でじっと見つめていると、お巡りさんが
出てきて「ボク、知ってるの?」と怪訝な表情で訊いてきて
慌てて首を横に激しく振ってその場から走り去ることもしばしば。
やはり、変な子供である。
今でも時折、思い出してはあの人はどこいっちゃったんだろうかと
それこそ、春日三球・照代ではないけれど「夜も眠れなくなっちゃう」
ぐらい事件や犯人について想像を働かせることもある。
殺されたのかな?いや仲間に匿われているんだ・・・
結論のでないことをあれやこれやと考えてしまう。
まあ、結構、それが楽しいのだが。
あまりにも有名な事件だが、昭和43年12月10日に起きた
「三億円事件」がある。白バイ警官に扮した犯人が、現金輸送車を
止めて車下を覗き込むふりをして発煙筒を炊いて、煙に驚いた
乗車中の行員を立ち去らせると、そのまま車に乗って逃走。
あまりの手際の良さに行員は、何が何だかわからず、車を安全な
場所へ移動させたのだろうぐらいに受け取った。犯行時間は
わずか3分程度。これが、日本の犯罪史上最大の現金強奪事件と
なるのだが、詳細を書いていくとキリがないのでこのへんで。
それで、この犯人の顔としてヘルメットをかぶった手配写真が
発表されることになるのだけれど、それはモンタージュ写真と
いって多くの人々の顔写真から似ている部分を集め、合成して
作ったということだった。しかし、これが大きなニセ情報で
実はこの写真、事件の数年前に事故死したある青年の写真を
そのまま使ったということが判明する。今なら大変な人権問題だが
当時はそうした話に展開しなかったのであるから、おおらかと
言えばおおらかな時代。どおりで、ある時期からパッタリ街で
見かけなくなったわけだが、この手配写真ほど日本人の心に
焼き付いた有名な写真は今に至るまで出ていない。
逆に言えば、あまりに有名になりすぎたので、みんなこの写真が
犯人だと思いこんでしまって、先入観強すぎて本来の犯人に
いたらなかったのではないかとさえ思えてくる。
昭和43年の大学卒初任給が2万5千円程度だったわけで、
そうすると今で例えると30億円事件といってもいいわけで
こりゃ、吃驚仰天有頂天な出来事に違いない。おりしも大学紛争が
吹き荒れる中、捜査員の不足、また遺留品の多さから的が絞り
込めなかったこと、当日の雨等々、犯人にとってすべてが好都合に
働いた。謎多きこの事件にはいろいろと知りたいことだらけ。
刑事も民事もすべて時効になったのだから、告白本でも出して
くれないかなといつも思っている。