オトコノコ
「やった、やったわ……。念願の男の子よ」
歓喜のあまり叫びをあげる彼女は、夫の家族から「女腹」だと罵られて生きてきた。しかし、そんな絶望に満ちた人生も今日で終わりだ。彼女の両手は喜びで震えている。なにせ、誰もが欲しくて、欲しくて仕方がなかった男の子が家族に加わったのだから、その喜びはもっともなものだ。
しかし世の中不思議なもので、せっかく男の子が家族に加わったというのに、誰も喜ばない。それどころか、彼女のことを狂人として見るかの様な目で見ている。それほどまでに、男の子を産むことが出来ない彼女を罵りたかったのか。それとも、彼女の喜びようが異常であるのか。
彼女は、念願の男の子に深い愛情を注いだ。屋烏の愛……とでも言おうか。今まで憎しみを抱いていた夫の家族も愛おしく感じた。
妻はこのように男の子を溺愛しているのだが、夫の方はというと男の子に興味も示さない。愛情を注ぐなど、もってのほかという雰囲気だ。念願の男の子が可愛くないのだろうか。愛おしくないのだろうか。
男の子が三歳になろうかという時。
彼女は男の子と共に外へと繰り出していた。以前から周囲の目は冷ややかだったが、今日はより一層冷たい。だが、彼女はそんなことは気にかけなかった。周囲からの冷たい視線など、何の障害にもならない。私にはこの子がいる。それが彼女の支えだった。
「この子さえいれば、私は何もいらないわ。そうよ、夫も、忌まわしい女の子も……」
男の子が五歳になった時。彼女は七五三を祝うため、神社へと向かった。男の子に袴を着せ、彼女自身も正装をして。千歳飴を買い、男の子の安全を祈った。やはり、周囲の視線は冷たい。何を羨んでいるのだろうか。この幸せそうな二人を……じっと見つめている。
彼女が男の子を抱き抱えて帰宅すると、手紙が丸机に置かれていた。乱暴な字でそれはつづられていて、憎しみさえ感じられた。
『もう、お前とはいられない。このまま男の子と一緒に仲むつまじく暮らしてくれ。俺は、娘二人を連れて出て行く』
手紙をびりびりと破り捨て、男の子を抱きしめる。
「なによ、自分に愛情を注がれなかったからって、出て行かなくてもいいのに。でも、私にはこの子がいるわ。私が待ち望んだ、男の子が……」
男の子が七歳の誕生日を迎えてから数日した頃、彼女は大急ぎで医者へ電話をした。愛しい我が子に、一大事が起こったのだ。
彼女は声を荒げて言う。
「ああ、お医者様。愛しい我が子を救ってください。私が彼を抱き抱えたところ、右腕がポッキリと折れてしまったのです。どうか、どうか我が子を救ってやってください。今もぎゃあぎゃあと泣いております」
「落ち着いて、すぐに行きますから」
「これが落ち着いていられますか! ああ、早く、早く来てくださいませ!」
彼女は不安で、不安で仕方がなかった。我が子の腕が治らなければ、己の右腕を差し出そう、と考えていた。医者の到着を今か、今かと待ちわびていた。
しばらくの後、医者が彼女の家に到着した。
「奥様。上がってもよろしいですか?」
「ああ、お医者様。こちらの部屋でございます。今も痛い痛いと泣き叫んでおります。早く救ってやってくださいませ」
彼女の声が部屋の奥から響いてくる。だが、子供の泣き声など聞こえてはこない。それどころか、彼女と医者、それ以外の生気を感じない。
そして、医者が居間に辿り着いた時。彼は目を疑った。
彼女は男の子を抱えて……いや、右腕の折れた、男の子の人形を抱えて泣いていた。
子供をもうけるなら、女の子と男の子、両方欲しいですね。