記憶
短編です
料理途中だった母と、見知らぬ女性が言い争っている。その様子を、母の足元から見つめていた。母のあんなに取り乱した姿を私は見たことがなかった。
私は母と仲が悪いわけじゃない。むしろ友達くらいの距離感で、周囲からも驚かれるほど仲が良いと自負しているし、母が私に対して激高したり、暴力を振るうような姿は記憶の中に一度たりとも出てこない。
だからこそ、今朝見たあの夢が妙に記憶に残っていた。そもそもあの女性は誰なんだろうか。夢だから細部まで覚えていないけど、泣きながら何かを叫びあう二人は、激しい口論の末、母が見知らぬ女性を突き飛ばし、二人は視界から消えてしまい、そこで私は目を覚ました。
「うーん・・・変な夢」
いつもの夢は自分視点で見ることが多いけど、今回は低い位置から二人を見上げるような視点で、自分は身動きをほとんどとれなかった。
大学の卒業式を終えて、就職までのつかの間の休みを謳歌するべく、二度寝でもするかと思っていたけど、妙に目が冴えてしまってベッドの上でゴロゴロしていた。
「あ、起きた?ちょうどよかった、リビング来られる?」
母が私の部屋の前を通りかかって、声をかけた。どうせやることもないし、とリビングに行くと、母の顔が少し強張っている様に見えた。
「いったん、落ち着いて、この動画を見てもらえる?」
母はそう言うと、リモコンを操作した。画面の中には、夢の中で見た見知らぬ女性に似た女の人が映っていた。
「え、この人・・・」
「「はじめまして、私はあなたの母親です」」
自分が生みの親であり、病気で長く生きられないこと、私が二十歳を越える姿を見たかったがそれは叶わないであろうこと、父親の事などを涙ながらに語ったその女性は、病院のベッドの上で泣き崩れ、そのまま動画は終わった。
「・・・・」
「ごめんね、ずっと黙ってて。私は本当の母親じゃないの」
顔を下に向けて、鼻をすすった母は、画面の中の女生と付き合っていたことを明かした。
「お父さんは事故で死んだって、伝えてたけど、あれは嘘なの・・・。彼女、私と付き合ってる頃に、知らない男との子・・・あなたを生んですぐに、あなたを置いて行くって・・・勝手なことを言うから、大喧嘩してそれっきり。でも私、このDVDを見て、初めて病気の事知ったの。でもその頃にはすでに彼女は・・・。ごめんね・・・ずっと黙っていて。でも、あなたは私の・・・大切な人の子だから、懸命に育ててきた・・・そこに嘘はないつもりよ・・・」
嘘をつかれたとか、黙っていたとか、言いたいことは山ほどある。が、私にはどうしても一つ、聞きたいことがあった。
「えっとさ・・・お母さん、この人と大喧嘩したって言ったよね」
「そう。付き合っていたころから自由奔放な人だったけど、まさか子供を作って置いて行くとは思ってなかったから、私、動揺しちゃって・・・」
「お母さんが、刺したとか・・・じゃ、ないよね?」
「・・・・・」
今朝の夢の中で印象的だったのは、母が彼女を突き飛ばしたとき、包丁を持っていたことだった。
——「どうして、あなたはそれを覚えているの?」——
だよね~!まさかねぇ~!・・・・・え?




