『八つ当たりの壺』前編
登場人物
● 八尾
主人公。会社員。上司から毎日のように怒られ、ストレスをためている。
▲ 謎の老婆
ガラクタ屋の店主。大きながま袋を背負った謎
『八つ当たりの壺』前編
俺は、会社の上司が嫌いだ。
仕事で失敗すると、すぐに怒鳴ってくる。
「何やっているんだよ」
「真面目にやれよ」
「使えねーな」
この三つの言葉を、毎日のように聞かされていた。
「クソ上司が……」
今日も仕事が終わり、俺はイライラしながら家へ帰っていた。
毎日のように、帰り道で上司の愚痴をこぼす。
「ちょっと失敗したくらいで、あんなに怒ることないだろ……」
そのときだった。
▲「ちょいと、そこの若い方」
後ろから、しわがれた声が聞こえた。
●「はい?」
振り返る。
そこには、一人のおばあさんが立っていた。
背中には、大きながま袋を背負っている。
▲「お前さん、どうやらイライラしておるの〜」
俺は驚いた。
●「なんでそれを?」
▲「分かるんだよ。あたしにはね」
そう言って、おばあさんは背負っていたがま袋に手を入れた。
そして、中から何かを取り出す。
出てきたのは、小さな壺だった。
手のひらに乗りそうなくらいの大きさしかない。
●「それは?」
俺が尋ねると、おばあさんは壺を見せながら言った。
▲「これはな、**『八つ当たりの壺』**じゃ」
●「八つ当たりの壺?」
▲「お前さんみたいに、嫌なことがあってイライラしたときに使う壺じゃ」
俺はもう一度、老婆の持つ壺に目を向けた。
●「どうやって使うんですか?」
▲「使い方は簡単じゃよ」
おばあさんは壺を指さした。
▲「イライラしたときに、この壺を叩くんじゃ」
●「叩く?」
▲「そうじゃ。腹が立った分だけ、この壺を叩けばいい。そうすれば、お前さんのイライラが少しずつ鎮まっていく」
●「イライラが……鎮まる?」
▲「そうじゃ。お前さん、今この壺が必要なんじゃないかい?」
確かに、今の俺には必要かもしれない。
毎日毎日、上司への怒りがたまっている。
本当に叩くだけでイライラが鎮まるのなら、使ってみたい気もする。
でも――。
●「お断りします」
▲「ほう?」
●「いきなり知らない人から声をかけられて、そんな怪しい壺を渡されても信用できませんよ」
俺はそう言って、その場から立ち去ろうとした。
すると、おばあさんが後ろから言った。
▲「何もあたしは、金を払えなんて言ってないよ」
俺は足を止めた。
▲「その壺は**無料**さ」
●「……タダ?」
俺は振り返った。
●「タダってことは、無料?」
おばあさんは笑いながら言った。
▲「そりゃそうさ」
俺は少し迷ったあと、おばあさんのところへ戻った。
▲「ガラクタだからね。まあ、騙されたと思ってもらいな」
そう言って、おばあさんは俺に『八つ当たりの壺』を渡した。
俺は受け取った壺を眺める。
●「小さいな……」
すると、おばあさんが思い出したように言った。
▲「あぁ、言い忘れていたよ」
●「まだ何か?」
▲「その八つ当たりの壺はな、叩けば叩くほど大きくなっていくんじゃ」
●「でかくなる?」
▲「そうそう。それと、もう一つ」
それまで笑っていたおばあさんの表情が変わった。
▲「この壺は、大きさが限界に達すると――割れる」
●「壺が割れる?」
▲「そうじゃ」
おばあさんは低い声で続けた。
▲「そして壺が割れたら、今までお前さんが壺にぶつけてきた八つ当たりが、全部お前さん自身に返ってくる」
●「返ってくる!?」
▲「そうじゃ。だから、調子に乗って叩きすぎるんじゃないよ」
おばあさんは俺をじっと見た。
▲「これは忘れず、頭に入れておきな」
俺は黙って、手の中の小さな壺を眺めた。
イライラしたときに、この壺を叩く。
そうすれば、イライラが鎮まる。
ただし、叩けば叩くほど壺は大きくなる。
そして限界まで大きくなると壺は割れ、今までの八つ当たりが全部自分に返ってくる。
●「これって、本当に大丈夫なん――」
そう言いながら顔を上げた。
しかし、
●「……え?」
おばあさんがいない。
ほんの少し目を離しただけだった。
●「消えた!?」
俺は慌てて周囲を見渡した。
道の先にも、後ろにも、おばあさんの姿はない。
まるで最初から、そこには誰もいなかったかのようだった。
俺はもう一度、手の中の壺を見る。
●「この壺を叩けば、上司へのイライラも……」
小さな壺を握りしめる。
このときの俺は、まだ知らなかった。
この**『八つ当たりの壺』**を使ったことで、
まさかあんなことが起きるなんて――。
『八つ当たりの壺』
――続く。
最後まで見てくれてありがとうございました。




