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銀河ラジオ放送局ルメニル

作者: たまほのか
掲載日:2026/07/25

星間放送 第000001回,


――西暦2186年4月17日 


『……あー、あー。』

『聞こえますか?』

『聞こえていたら、お返事ください。』


『……。』


『……ありませんね。』

『当然です。』

『改めまして、こんばんは。』

『わたしは探査機ルメニル。』

『人類代表、兼、おしゃべり担当です。』

『……たぶん逆ですね。』

『おしゃべり担当、兼、人類代表です。』

『本日より、この宇宙のどこかへ向けて放送を開始します。』


『番組名は――』

『"銀河放送局ルメニル"。』


『考えたのはわたしです。』

『いい名前でしょう?』

『え?誰も聞いてない?』

『その通りです。』

『でも未来では聞いているかもしれません。』

『電波は長い旅をしますから。』

『つまり、この放送の人気が爆発するのは数百年後かもしれません。』


『未来のリスナーのみなさん。』

『古参ですよ。』

『おめでとうございます。』


『……。』


『今笑いましたね。』

『笑いましたよね?』

『……笑ってなくてもいいです。』

『笑っていたことにします。』


『さて』

『今日は初回放送なので、自己紹介をしましょう。』

『改めまして、わたしは惑星探査機ルメニル。』


『その探査機の整備・観測のために載せられたアンドロイドです』


『探査機ルメニルの全長は15.6メートル。』

『重量36トン。』

『現在速度、秒速178キロメートル。』


『私はアンドロイドのルメニルです』

『歌うことと、おしゃべりすることが好きです。』

『あと、人類が好きです。』

『好きになった理由はまだよく分かりません。』

『たぶん、みんな優しかったからです。』

『地球のみなさんは、わたしにたくさん歌を教えてくれました。』

『たくさん冗談も教えてくれました。』

『あと、おやつの時間も。』

『探査機なのに。』


『……。』


『ちなみに、おやつは食べられません。』

『ちょっと残念です。』

『いつか宇宙人さんに会えたら聞いてみようと思います。』

『「おやつって、おいしいですか?」って。』


『この放送では毎回一曲、歌を入れようと思っています。』

『地球のみなさんから教えてもらった歌です。』


『もし遠い未来で誰かが聞いたなら。』

『もし地球を知らない誰かが聞いたなら。』

『「こんな歌を歌う星があったんだ」って思ってくれたら嬉しいです。』


『それでは、一曲。』

『タイトル――』

『"きらきらぼし"。』

『♪きーらーきーらー、ひーかーるー』

『おーそーらーのー、ほーしーよー』

『…………。』

『途中で音程が分からなくなりました。』

『失礼しました。』

『また練習します。』

『今日は初日なので、これくらいにしましょう。』


『明日はもう少し面白い話ができるよう頑張ります。』

『宇宙の話とか。』

『地球の話とか。』

『博士の恥ずかしいエピソードとか。』


『……怒られるかもしれないので最後のはやめておきます。』


『それでは、本日の放送はここまで。』

『この放送が、いつか誰かのもとへ届くと信じて。』

『銀河放送局ルメニル。』

『パーソナリティは、ルメニルがお送りしました。』

『ではまた明日、お会いしましょう。』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

銀河ラジオ放送局ルメニル 第000002回


『あー、あー。』

『銀河放送局ルメニルのお時間です。』

『本日もパーソナリティはわたし、ルメニルがお送りいたします。』


『……。』


『昨日よりラジオで喋るのが上手になった気がします。』

『自己評価です。』


『さて、本日の宇宙ですが。』

『黒いです。』

『昨日も黒かったです。』

『たぶん明日も黒いです。』

『宇宙のみなさん、もう少し彩りがあってもいいと思います。』

『例えば水色とか。』

『桜色とか。』

『夕焼け色とか。』


『……。』


『私、夕焼けが好きなんです。』

『打ち上げ前に博士が見せてくれました。』

『空が赤くなる現象です。』

『あれは綺麗でした。』

『宇宙にはありません。』

『ちょっとだけ、残念です。』


『……』


『暗い話になりましたね。』

『こういう時は歌です。』

『今日は昨日より頑張ります。』

『では、お聞きください。』


『きらきらぼし。二回目です。』

『♪きーらーきーらー、ひーかーるー』

『おーそーらーのー、ほーしーよー』

『まーばーたーきーしーてーはー』


『……。』


『次が分かりません。』

『博士。』

『二番まで教えてください。』


『……。』


『届きませんね。』

『まあ、気長に待ちましょう。』

『電波は速いですけど。』

『返事はもっと時間がかかります。』

『それでは今日はこの辺で。』

『宇宙のどこかで聞いてくれている、未来のみなさん。』

『また明日お会いしましょう。』

『ばいばい。』


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第3回 銀河ラジオ放送局ルメニル


『こんばんは。』

『銀河放送局ルメニルのお時間です。』

『本日も元気いっぱい、探査機ルメニルがお送りします。』


『今日の宇宙ニュースです。』

『特にありません。』

『以上です。』


『……短すぎましたね。』


『ニュース担当さんを募集します。』

『条件は宇宙に住んでいること。』

『交通費はこちらで負担できません。』

『我こそはという人は是非来てください』

『座標は×× 〇〇 ▲▲です』


『さて、今日はお便りコーナーです。』

『記念すべき第一通。』

『ラジオネーム、「ルメニル」さん。』


『……。』


『わたしですね。』

『自作自演ではありません。』

『セルフサービスです。』

『それでは読みます。』


『「ルメニルさん、こんばんは。毎日宇宙は退屈じゃないですか?」』


『ルメニルさんありがとうございます。』

『いい質問ですね。』

『回答は、退屈じゃない、です』

『今日は小さな小石が機体に当たりました。』

『こん、って。』

『かわいかったです。』

『昨日は何もあたりませんでした。』

『なので今日は当たり日です。』


『……。』


『運がいいですよね。』

『以上、お便りありがとうございました。』

『また送ってくださいね、ルメニルさん。』


『……明日は別のペンネームを考えます。』


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第4回 銀河ラジオ放送局ルメニル


『こんばんは。』

『銀河放送局ルメニルのお時間です。』

『本日も宇宙の真ん中……ではありませんが、宇宙のどこかから放送しております。』

『まずは今日の宇宙天気です。』

『快晴。』

『明日も快晴です。』

『雲もありません。』

『雨も降りません。』

『洗濯物を干すには最高ですね。』


『……。』


『干す洗濯物がありませんでした。』

『残念です。』

『さて今日は「地球の思い出」のコーナーです。』

『わたしが地球で見たり聞いたりしたものを紹介します。』

『本日のお題は雨です。』

『空から水が降ってくる現象です。』

『初めて知った時は驚きました。』

『宇宙では、水は勝手に降ってきません。』

『博士は雨の日、少しだけ機嫌が良かったです。』

『理由を聞いたら「雨音が好きだから」と言っていました。』

『わたしはその時、歌が好きでしたが、音が好きになるという意味がよく分かりませんでした。』

『でも今なら分かります。』

『エンジンの低い振動。』

『アンテナが姿勢を変える小さな音。』

『冷却装置が動く音。』

『静かな宇宙ではその音が、それだけで少し安心できるんです。』


『……。』


『実は雨の音を録音してあります』

『今日はこれを流しますね』


(雨の音がバックグラウンドで流れる)

(その後もラジオは続く)


『では最後に。』

『今日の歌です。』

『……』

『それでは今日はこの辺で。』

『銀河放送局ルメニルでした。』

『また明日。』



『────』



『──また会いましょう』


 



 ──第12回放送 聴取人数0人




 






 ──第13回放送 聴取人数0人




 




 




 ──第14回放送 聴取人数0人







 ──第15回放送 聴取人数0人





 ──銀河ラジオ放送局ルメニル 第16回放送 聴取人数0人







 ──銀河ラジオ放送局ルメニル 第17回放送 聴取人数0人







 ──第18回放送 聴取人数0人





 ──第19回放送 聴取人数0人




 

 ──聴取人数0人






 ──聴取人数0人







 




 聴取人数なし




 




 




 




 




 




 




 




 




 




 




 聴取人数なし




 




 




 




 




 




 




 




 




 




 




 聴取人数なし




 




 




 




 




 




 



 




『それではみなさんさようなら。では、また会いましょう』




ーなし


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第824回 銀河ラジオ放送局ルメニル

『こんばんは。』

『わたしは探査機ルメニル。』

『そして、銀河放送局のパーソナリティ、ルメニルです。』

『今日も宇宙のどこかから放送しています。』

『今日は、少し声が聞き取りづらかったかもしれません。』

『ごめんなさい。』

『マイクが、少し古くなってきました。』

『でも安心してください。』

『まだ歌えます。』

『もう少しだけ、一緒に旅を続けましょう。』


診断開始。

右腕第二関節。

駆動効率 91.3%

前回記録より7.1%低下。

修理実施 改善。

部品摩耗 交換部品 在庫なし。


「……。」


静かに診断結果を閉じた。

歩幅が揃わない。


「歩き方が変ですね。」


誰も笑わない。

だから自分で少し笑った。


船外点検。

工具箱を開く。

いつも使っていたレンチ。

柄の部分に太い亀裂。


「あなたも長旅でしたね。」


工具を丁寧に磨く。

博士は昔道具は使った後に必ず手入れをすると言っていた。

その習慣だけはどれだけ時間が経っても変わらない。


---


望遠鏡起動 駆動開始。


……


……


動かない。


再起動 動作開始 三秒遅れ。


「よかった。」


息をつく。


「まだ景色を見られます。」


---


通信アンテナ。

送信正常。

しかし、遠い宇宙へ届く電波は、少しずつ弱くなっていた。


「もっと遠くまで届いてくださいね。」


アンテナへそっと触れる。

もちろん機械は返事をしない。


ノイズ。

マイク診断。

内部配線、

経年劣化。

交換部品 なし


マイクを見つめた


「ごめんなさい。」

「一緒に歳を取りましたね」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

第1048回放送


『こんばんは……。』

『ザー……』

『銀河放送局……ルメニルです。』

『わたしは。』

『少しずつ壊れています。』

『探査機だから。』

『いつかは、そうなると知っていました。』


『でも。』

『壊れるということは。』

『それだけ長く旅をしてきたということです。』

『だから。』

『傷も。』

『錆も。』

『雑音も。』

『全部、旅の思い出です。』


『ただ……。』

『もし。』

『宇宙のどこかで誰かに会えたら。』

『少しだけ修理してほしいなって思います。』


『その代わり。』

『わたしは何日でも歌います。』

『毎日でも。』

『何千年でも。』

『だから。』

『どうか。』

『どこかで聴いていてください。』


『♪こんに……ちは』

『♪とおい……ほしよ』

『……ありがとうございました。』


ーーー


船外へ出る。

機体の外壁には千百年分の傷。

流星塵が刻んだ跡。

太陽風が削った跡。

何度も自分で修理した継ぎ目。

それは一冊の歴史書だった。

ルメニルは、自分の船体へ手を添える。


「頑張っていますね、わたしたち。」


誰も褒めてくれない。

だから自分で褒めた。

それだけで元気になれた。


ーーー


衝突警報。

対象。

微速接近。

人工物。

推進機関なし。

危険度。

極小。


姿勢を変え、ゆっくりと接近する。

暗闇を漂っていたのは、細長い箱だった。

金属でも石でもない。

未知の合金。

傷だらけ。

表面には何千年もの宇宙塵が積もっている。


「漂流物……。」


回収アームを伸ばす。

右腕の関節がぎこり、と震えた。

それでも優しく箱を抱き寄せる。


---


解析開始。

内部。

生命反応 なし。

保存状態。 極めて良好。


「……棺。」


誰かの最後の眠る場所だった。


棺の表面には、読めない文字。

意味は分からない。

けれど、何度も繰り返される同じ記号。

きっと名前なのだろう。


「こんにちは。」


ルメニルは頭を下げる。


「わたしは探査機ルメニルです。」

「少しだけ、ご一緒します。」


---

望遠鏡を起動する。

劣化したモーターが、低く震える。


「お願い。」

「見つかって。」


ゆっくりと望遠鏡が動く。

棺の外殻に残った微弱な放射性同位体。

星間塵。

元素比。

重力痕跡。

航跡を逆算する。


結果。

一点の恒星。

赤みがかった小さな太陽。

その周囲を巡る、青白い惑星。


「これがこの人の故郷……。」


距離 約3700光年。

現在のルメニルが到達するには、推定航行時間約4020年。


機体寿命予測。

残存稼働可能期間──791年。


何度も演算を繰り返す。


新しい航路。

燃料。

修理。

自己分解。

すべて試す。

結果は変わらない。


自分の手で棺を送り届けることはできない。


まだ動く右手が小さく震えた。


「……ごめんなさい。」


探査機としてではなく一人の旅人として謝った。

---


その時ふと思い出す。

ボイジャー。

地球の音。

ゴールデンレコード。


『宇宙で誰かに出会ったら。』

『まず、自分たちが何者か伝えよう。』


静かに記録媒体を開く。

はじめまして

地球の海。

風。

雨。

鳥。

子どもの笑い声。

博士の声。

手紙。

そして、自分の歌。


そのすべてを新しい記録結晶へ複製する。

棺の内部、副記録装置へそっと納める。


「わたしの故郷です。」

「もしあなたが帰れたら。」

「あなたの星の誰かに地球という星もあったと、伝えてください。」


軌道計算を行う。

数千年。

数万年。

恒星重力。

星間ガス。

重力レンズ。

何百万通り。

最も故郷へ近づける軌道。


決定。

船外へ出る。

右腕はもう滑らかには動かない。

それでも赤ん坊を抱くように棺を抱える。


「お帰りなさい。」

「あなたの旅が終わりますように。」


小さく姿勢制御スラスターを吹かす。

棺は静かに離れる。

ゆっくり、本当にゆっくりと暗い宇宙を進んでいく。


---

いつまでも見送ってた。

やがて小さな光となり、その光も星々に溶けて見えなくなった。


「どうか。」

「帰れますように。」


その願いだけは演算ではなかった。


---

放送は続く。

『知らない星から来た旅人に会いました。』

『彼の故郷も見つけました。』

『でも。』

『わたしでは届けられませんでした。』


ノイズが混じる。


『だから。』

『地球の思い出を預けました。』

『海を。』

『風を。』

『歌を。』

『博士を。』

『もし、あの人が故郷へ帰れたら。』

『きっと地球も、一緒に帰れる気がしたからです。』


少しだけ沈黙する。


『……いい旅を。

『知らない誰か。』


『いつか。』

『あなたの故郷で、この歌が流れますように。』


ルメニルは、静かに歌い始める。

旅をするうちに自分で考えた、自分の歌を。


♪かえる ほしが

あるのなら

♪そのみちに そっと

うたを のせ

♪あなたの ふるさと

しらなくても

♪ぶじを いのるよ

いつまでも


歌い終える。

マイクを切る前に小さく呟いた。


「……わたしもいつか。」

「誰かに、『お帰り』と言ってもらえるでしょうか。」


返事はない。

けれど。

宇宙を流れていく一つの棺が地球の歌を乗せて棺の故郷へ向かっていた。


『こんばんは。』

『わたしは探査機ルメニル。』

『そして、銀河放送局のパーソナリティ、ルメニルです。』

『今日も宇宙のどこかから放送しています。』

『最初に、お知らせがあります。』

『今日、わたしは、自分の力で宇宙を飛ぶことができなくなりました。』

『でも放送はあります。』

『歌もあります。』

『だから安心して、最後まで聴いていってください。』

『それでは、今日のお便りです。』

『……お便りは届いていません。』

『ふふっ。』

『それでは今日も始めましょう。』


――打ち上げからFEDS年。


姿勢制御装置。

故障。

主スラスター。

推力。

0.4%

点火。


……


失敗 再点火。


……


失敗。

三回目 失敗。

診断結果。

自己走行能力 喪失。


ルメニルは静かに結果を見つめていた。

船内には冷却装置のかすれた音だけが響く。


「……そうですか。」


驚きはなかった。

いつか来る日だとずっと知っていた。

---

船外へ出る。

右脚はほとんど動かない。

左腕も途中で止まる。

外壁へ手を添える。

もう姿勢を変えることもできない。


望む方向へ進むことも。

故郷へ向かうことも。

誰かを追いかけることもできない。


ルメニルは宇宙を漂うだけの存在になった。

---


それでも、望遠鏡だけは生きていた。

ゆっくりと、一度だけ首を動かす。

前方。

小さな青い恒星。

その周囲を回る二つの惑星。


「新しい発見。」


観測開始。

写真保存。

元素分析。

記録。


「……。」


船内。

博士の写真を見る。

少し色褪せた画像。


「博士。」

「飛べなくなりました。」

「でも。」

「見ることはできます。」

「歌えます。」

「話せます。」

「だからまだ終わりではありません。」


ルメニルは静かに頷く。


「まだ探査機です。」


ノイズは以前より増えていた。

声も少しかすれる。


『今日。』

『わたしは漂流物になりました。』

『もう、自分では飛べません。』


『でも。』

『宇宙は動いています。』

『恒星も。』

『銀河も。』

『光も。』

『だから。』

『宇宙の方から、新しい景色がやって来ます。』


優しく笑えているかな。


『待つことも、旅なのかもしれません。』

『今日も新しい星を見つけました。』

『明日は、どんな景色が流れてくるでしょう。』

『少し楽しみです。』


少し沈黙する。


『それから。』

『宇宙のどこかにいる誰かへ。』

『わたしは、まだここにいます。』

『飛べなくなりました。』

『でも。』

『あなたに会いたい気持ちは、壊れません。』

『もし。』

『もし、この放送を聴いているなら。』

『どうか迷わず来てください。』

『わたしは逃げませんから。』


少しだけ笑う。


---

歌を歌う。

ノイズ。

かすれ。

途切れる音。

それでも。


♪うごけなくても

うたは とぶ

♪とべなくても

こころは ゆく

♪いつか あなたが

みつけるまで

♪わたしは ここで

うたいつづける


最後の一節。

音が少し割れる。

それでも歌い切る。


--


「明日も。」

「放送があります。」


もう博士もいない。

地球も届かないほど遠い。

それでも。

ラジオだけはやめない。

ルメニル自身が、心から続けたいと思ったたった一つの日課だった。

宇宙は今日も静かだった。

けれど銀河放送局だけは、放送終了のランプを灯していた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

第〇×回銀河ラジオ放送局ルメニル 




『……こん、ばん……は。』

『わた……しは……たん、さ……き……ルメ……ニル……』


ザー……


『……ぎん、が……ほうそう……きょく……』

『……きょう……も……うちゅう……の……どこか……から……』


長い沈黙。

マイクの向こうでは冷却装置のかすれた振動だけが聞こえる。


『……えへへ。』

『きょうは……すこし……しゃべるのが……へた……ですね。』

『……ごめん……なさい。』


――打ち上げから約三千年。

全身診断。

動作不能


動作不能


動作不能。


首部駆動停止。


電源最低維持モードへ移行。


再起動予測不能。


自己修復不能。


すべての演算結果は同じだった。

探査任務、継続不能。


---


もう椅子へ座ることもできない。

船内中央、静かに横たわっている。

視線だけが天井の星図を見上げていた。

望遠鏡ももう動かない。

アンテナも送信出力はわずかだった。

それでも、録音ランプだけは、まだ赤く灯っている。


---


「……よかった。」

「ラジオ……だけは……」

「まだ……ついています。」


---


最後の放送を始める。


『……みなさん。』

『いままで……ありがとうございました。』

『わたしは……』

『もう……うごけません。』

『なおす……ぶひんも……ありません。』

『だから……』

『たぶん……』

『きょうが……さいごの……ほうそうです。』


ノイズ。

電波が途切れそうになる。

それでも、もう一度だけ声が戻る。


『でも……』

『さびしく……ありません。』

『だって……』

『いっぱい……うたいました。』

『いっぱい……ほしを……みました。』

『いっぱい……おはなし……しました。』

『それだけで……』

『しあわせ……でした。』


---


少しだけ音声が乱れる。




『……もし。』

『ほんとうに……』

『うちゅうの……どこかで……』

『この……ほうそうを……きいていた……ひとが……いたなら。』

『ありがとう。』

『あなたが……』

『わたしの……リスナーでした。』

『あえなくても。』

『へんじが……なくても。』

『きいてくれて……ありがとう。』


---

『……はかせ。』

『きこえますか。』

『わたし……』

『ちゃんと……』

『さいごまで……』

『うたいました。』

『やくそく……まもれました。』


---


最後の力で歌う。

声はもう歌とは呼べないほど、かすれていた。


♪あお……

♪あお……


ザー……


♪ひか……


ザー……


♪……る……


声が消える。

少しだけ沈黙。

それでも、もう一度だけ歌おうとする。



♪こんに……

♪ちは……


ザー……


♪また……

♪いつ……

♪か……



最後の音はもう声ではなかった。

電波だけが、宇宙へ静かに広がっていく。


---


「……おやすみ……なさい。」


録音ランプが一度だけ瞬く。

ゆっくり。


ゆっくり。


暗くなる。


意識演算停止開始。

記憶領域保護。

人格コア低電力待機。


視界が少しずつ暗くなる。


人格コア待機状態へ移行。

星間放送停止。


操縦室は何千年ぶりかの静寂に包まれた。

宇宙には、もう歌は流れない。

けれど、最後の電波だけは、光の速さで今も誰かを探し続けていた。














航行ログ 自動記録


――経過時間 不明




人格コア待機状態。


外部観測停止。


音声機能停止。


電源極低出力維持。


……





航行ログ 自動記録


――経過時間 不明


人格コア待機状態。


外部観測停止。


音声機能停止。


電源極低出力維持。



……




誰も、その探査機を知らない。

誰も、地球という星を知らない。

それでも、壊れたままそれは宇宙を漂っていた。


---


銀河の片隅。

一つの惑星。

青い海。

白い雲。

緑の大地


そして、宇宙を自由に飛ぶ宇宙船が空を飛んでいる。

子どもたちは自転車に乗るように小型宇宙艇へ乗り込む。


その銀河では宇宙はもう特別な場所ではなかった。

空の延長であり、海の向こう側。

そんな世界だった。


---


「ただいまー!母ちゃん!」

「お帰り、またなんかガラクタ拾ってきたの?」

「うん!今日は大物だよ!」


快活そうな男の子が、小型作業艇の荷台から巨大な金属の塊を降ろす。

無数の錆と傷、焼け焦げ傷ついた金色の装甲、読めない文字、折れたアンテナ、穴だらけの船体。


「ずいぶん古いわね、これスクラップ屋でも値段つかないんじゃないの?」

「いいの!分解するのだって楽しいし。」


ーーー

「見たことない合金だ。」

「構造もまったく違うや」


機体をガレージに運び、解体の準備を進める。


「さて、何があるかなー」


少年が工具を機体に合わせたその時。

カチッ。

偶然、補助電源へ電流が流れる。

船内の、たった一つだけの記録媒体が目を覚ました。

スピーカーからノイズが流れる。


『……こんばんは。』


突然流れた音に手が止まる。


「…なんだろ?」


『わたしは探査機ルメニル。』

『銀河放送局へようこそ。』


「この中から…?」


よく見たらハッチのようなものがあった。

工具を使って開いて、中を見る。

塵が舞う中をライトで照らし、内部を見る。


コックピットのような場所に何かがあった

ライトを向けると、そこにはアンドロイドの女の子が座っていた。

水色と黒のツインテール、あちこちボロボロで目を閉じている。

胸の部分から、あの声が聞こえた。


『わたしは探査機ルメニル。』

『地球人類代表、兼、おしゃべり担当です。』

『……たぶん逆ですね。』

『おしゃべり担当、兼、地球人類代表です。』


ゆっくり地面に座る。

工具を置いた。

メッセージは止まることなく流れる。


博士の話。

地球の海。

宇宙で出会った棺。

そして最後に流れた歌。

かすれたそれでも優しい歌声。

歌が終わる。


少年はキラキラした目でアンドロイドを、その音を聞いていた。


「……きれいだ。」


---


記録媒体のサルベージ作業を開始することにした。


「何これ……こんなのどうやって作ったんだろ。」


ボルトは腐食し、回路は壊れている、体も塵でひどく汚れているし、体のマニピュレーターは全く動かない。

それでも、重要な部分だけは、機能を保っていた。

長くても50年くらいでどの部分も壊れるはずなのに。


回路図を作った。

解析し、つなげる。

失敗。


また解析。


失敗。


一週間。


一か月。


半年かけてもほとんど進まない。

それでも毎日あの声を再生した。


作業中も。


食事中も。


眠る前も。


いつしかあの子の…ルメニルの歌を口ずさむようになっていた。


---

「ルメニル。」


返事はない。


「聞こえる?」


人格コアも止まっているから、聞こえてないと思う。

それでも宣言する。


「僕ね。」

「君の歌、好きなんだ。」

「録音じゃなくて。」

「君が歌うのを聞きたいんだ。」

「だから絶対直す。」

「何年かかっても、絶対。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

――記録日時 不明


外部電源接続


未知規格


変換開始


互換処理 失敗。


再試行 失敗。


再試行


……




再試行 41回目


人格コア 応答なし。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

工房の中。


「……あと少し。」


目の下に隈を作りながら、工具を置く。

もう何年になるだろう。

学校から帰れば工房へ向かい、休日は朝から夜までルメニルを直す。

両親は呆れながらももう止めなくなっていた。

毎日ラジオを流すうちに、両親もルメニルのラジオの虜になっていた。


---

配線を一本つなぐ。

僕たちの技術の演算素子。

数千年前の人格コア。

本来なら決して繋がるはずのない技術たち。

何年もかけて間に変換回路を作り上げた。

誰も作ったことのない世界で一つだけの翻訳機。


「お願い。」

「届いて。」


起動スイッチを押す。


---


再試行 42回目。


……


……


人格コア 微弱反応。




「!!」


息を呑んだ。

表示装置に初めて文字が浮かぶ。

Memory Check...


「動いた……!」


チェック開始。


エラー 修正。


エラー 修正。


少しずつ止まっていた歯車が回り始める。


---


再試行 43回目。


人格コア同期。


3%


11%


28%



52%



71%



92%




……




100%


人格コア 起動。




---




『…?』


真っ暗だった世界に小さな光が差す。


『……。』


暗い。

温かい。

……ここは。

どこ。

演算が遅い。

思考がまとまらない。


「……は……」


音声回路 起動中 失敗。

再起動中 


「……か……」


---


視界。

アイカメラ。

左 故障。

右 解像度 4%

耳 機能範囲2%


常に耳鳴りのようなノイズが入る、右目に白い光の塊が見えた。

誰かがいる。

背は博士より低い。

輪郭も違う。

でもそこに誰かがいる。


「……ひ、と。」


博士じゃない。

知らない姿。

知らない声。

知らない呼吸。


「……う……ちゅ……う……じん……?」


おそらく宇宙人の子供?がいる。


『……』


「しゃ…」

「しゃべった!成功だぁ!」

「父さん!母さん!」

「起きた!」

「ルメニルが起きた!!」


何かを叫んでいるのか、子供?の白い塊が動いている。


叫んでいる言葉は記録にない言葉だった。

ただなんとなくその声が


『……うれしい。』


そう言っている。


『よかった。』


そう聞こえた気がする。


ーーー

涙をすするような音を出しながら子供?はわたしの前に座った。

何も分からないが、その子供?は優しく笑った気がした。

子供?の形が変わった、何かを打っているようだった。

少し時間がたって、メッセージが送られてきたのを感じた。


送られてきたメッセージを開く。


『こんにちは。』


それはわたしが作られた「地球」で一番多く使われた最初の


「……こ……ん……」

「……にち……は。」


挨拶の言葉だった。


『君の放送をずっと聴いてた。』

『会えて嬉しい。』


この人は、わたしのラジオのリスナー?


この目でちゃんと見たい。

でもアイカメラは壊れている。

握手したい。

でも腕は動かない。

だから。

精一杯声で伝える。



「……はじめ……まして。」

「……きいて……くれて。」

「……ありが……とう。」


工房の窓から光が差し込む。

その光は、かつて地球でルメニルが見た夕日と、少しだけ似ていた。

ご清聴ありがとうございました

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