第5話 終焉の神殺しと、現実逃避のガチャ
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底まで透き通る巨大な泉のほとり。
吹き荒れていた漆黒の嵐が収まり、そこには森の木々にも匹敵する巨大な黒狼が静かに佇んでいた。
純白だった毛並みは、すべての光を吸い込むような恐ろしいほどの漆黒へと変貌している。
僕はただ口を開けて、自分の手でとんでもない姿へと進化させたブランを見上げるしかなかった。
「グルル……」
大気を震わせるような低い喉鳴り。
その威圧感だけで、普通の人なら泡を吹いて倒れてしまうかもしれない。けれど、その黄金の瞳の奥にある優しさは、さっきまで僕の隣でお座りをしていたレッサーウルフのブランのままだった。
ブランは巨大な頭をゆっくりと下げると、僕の足元にそっと鼻先を擦り付けてきた。
尻尾が、背後の木々を薙ぎ倒さないように気遣いながら、パタパタと小さく揺れている。
「……ブラン。本当に、君だよね?」
「ウォフ」
僕が恐る恐るその漆黒の鼻面を撫でると、ブランは気持ちよさそうに目を細めた。
よかった、姿は変わっても、僕の家族であることには変わりないみたいだ。シエルも「ピィ!」と鳴いて、恐れる様子もなくブランの巨大な頭の上へと降り立った。
「とりあえず、どれくらい強くなったのか見てみようかな。【ステータス】」
空中に呼び出した透明な板。
そこに表示された文字を見た瞬間、僕の思考は完全に停止した。
【名前:ブラン】
【種族名:終焉を胎動させる神殺し《フェンリル》】
【ランク:UN《測定不能》】
【レベル:1 / 上限なし】
【状態:至福《撫でられ待ち》】
【HP:UN + 1】
【MP:UN + 1】
【ATK:UN + 1】
【DEF:UN + 1】
【AGI:UN + 1】
【INT:UN + 1】
《種族詳細》
かつて神々がその強大すぎる力を恐れ、魔法の枷で縛り付けた「終末の具現」。
その体内には世界を噛み砕くほどの底なき飢餓と、永きにわたる拘束が生んだ神々への烈火のごとき怨嗟が渦巻いている。
ひとたびその咆哮が天地を震わせれば、星々は光を失い、神が定めた因果の鎖すらも無残に食いちぎられる。彼が歩む跡には草一本すら残らぬ死の荒野が広がり、開かれた大顎は天をも呑み込み、万物を虚無の深淵へと誘う。
【能動絶技】
・神域震壊の咆哮
・断罪の銀鎖
・天蓋呑噬の大顎
・死河溢るる腐涎
・刹那を断つ影狼
・万象灰燼の魔息
【常時特性】
・不壊の復讐心
・因果律の拒絶
・飢餓の深淵
・神殺しの理
「…………」
僕はそっと、ステータス画面を閉じた。
見なかったことにしよう。
UNって、アンノウン《測定不能》って意味だよね? じゃあ、その横についてる『+1』ってなんだろう。もしかしてレベルのこと? 測定不能なものに数字を足す意味ってあるの? というか、レベルが上がったらこれが『+2』とかになるの?
教会の本には、伝説上の最高ランクであるSSSですらレベル上限は1000だと書かれていたはずだ。なのに、EXやUNにはその上限すら存在しないらしい。
神域震壊? 万象灰燼? 神殺し?
スキル名からして、明らかに僕みたいな素人が触れていい言葉じゃない。
画面にはこんなに物騒な言葉が並んでいるのに、目の前にいる僕の大切な家族は、どうして『至福《撫でられ待ち》』なんて状態になって、無邪気に尻尾を振っているのだろうか。
……いや、よく見ると、ブランは能動絶技はもちろん、本来なら常に発動しっぱなしになるはずの得体の知れない常時特性すらも、自分の意志で完全に『オフ』にしてくれているみたいだ。
おかげで僕たちがヤバい力に巻き込まれることもないし、ブランは僕に向かって「へっへっへ」と無防備に口を開け、ご機嫌な様子で普通のよだれすら垂らしている。
世界を滅ぼす神殺しなんて書かれているけれど、なんて健気で賢い子なんだろう。とはいえ、心臓に悪すぎる。
「はぁ……」
あまりの情報の暴力に、僕はどっと疲れを感じてその場にへたり込んだ。
すると、僕の様子を見たブランが「キュゥ……」と心配そうな声を出して、巨大な顔を僕の胸元にすり寄せてきた。
「ウォフ、ウォフ!」
『ご主人様、元気出して! 撫でていいよ!』と言わんばかりに、僕の手を自分の鼻先へと誘導してくる。
「……ブラン。君、本当にあのとんでもないステータス画面の持ち主と同じ生き物なの?」
苦笑いしながら、僕はその漆黒の毛並みに両手を沈めた。
――ふかぁっ。
「……っ!」
なんだこれは。見た目はすべての光を吸い込むような恐ろしい漆黒なのに、その触り心地は最高級の絹と羽毛を合わせたような、極上の柔らかさだった。
巨大化したことで、モフモフの面積もレッサーウルフの頃とは桁違いになっている。僕はもう、理性を失ってブランのふかふかな首元にダイブし、全身でその毛並みを堪能した。
「もふもふ……最高すぎる……。あんな物騒なことが書かれてるのに、こんなに良い匂いで温かいなんて……」
ブランは気持ちよさそうに目を細め、僕の顔を大きな舌でペロッと舐めた。もちろん、触れた者を塵に還す腐食の涎もしっかりオフになっているから、ただの温かい犬の愛情表現だ。
圧倒的な恐怖設定と、圧倒的な極上モフモフの癒やし。
その二つが同時に脳内に押し寄せてきて、僕の頭は完全に処理落ち《キャパシティオーバー》を起こした。
「……うん、難しいことは明日考えよう! そうだ、ガチャ! ガチャを引かなくちゃ!」
思考を放棄した僕は、現実逃避をするように再びステータス画面を呼び出した。
僕の仲間になってくれた精霊たちのおかげで、ガチャはまだあと『90回』も引ける状態だ。今の僕には、何か別の作業をして頭を空っぽにする時間が必要だった。
「行くよ、シエル! 君の【幸運】スキルに全部任せた!」
「ピィッ!」
僕は震える手で、『10連ガチャ』のボタンをタップした。
ポンッポンッポンッ! と軽快な音が鳴り響き、泉のほとりに虹色の魔法陣が展開される。
11. 【色:深海の蒼】Rank:S
12. 【称号:魔境の踏破者】Rank:SS
13. 【聖魔遺物:全知の演算機】Rank:EX
14. 【色:紅蓮の業火】Rank:SS
15. 【称号:百戦錬磨の勇】Rank:S
16. 【聖魔遺物:天穿つ竜王の雷角】Rank:SSS
17. 【色:世界を抱く慈愛の翠】Rank:EX
18. 【称号:星を堕とす者】Rank:EX
19. 【聖魔遺物:精霊樹の朝露】Rank:S
20. 【聖魔遺物:原初の混沌泥】Rank:UN
「えっ……伝説のSSSランクが普通に混ざってる……っていうか、一番低いはずのAランクが一つもないんだけど。これくらいは、ね。次!」
僕は少しだけ頬を引きつらせながら、もう一度ボタンを押した。
21. 【色:時空を凍てつかせる絶対零度】Rank:UN
22. 【聖魔遺物:妖精王の冠】Rank:SS
23. 【称号:鉄壁の守護者】Rank:S
24. 【色:琥珀の輝き】Rank:S
25. 【聖魔遺物:不死鳥の灰】Rank:SSS
26. 【称号:閃光の剣士】Rank:SS
27. 【聖魔遺物:冥王の鎖】Rank:UN
28. 【色:万物を灼き尽くす太陽の金】Rank:EX
29. 【称号:理を盗む者】Rank:EX
30. 【聖魔遺物:小人の金槌】Rank:S
「あはは……『不死鳥の灰《SSS》』からの『冥王の鎖《UN》』かあ。物騒だなぁ……って、またAランク出てないし。次!」
変な汗をかきながら、さらにタップする。
31. 【色:無窮の星空】Rank:SSS
32. 【称号:氷海の覇者】Rank:SS
33. 【聖魔遺物:星々を巡る運命の歯車】Rank:UN
34. 【色:月光の銀】Rank:S
35. 【聖魔遺物:聖女の祈り】Rank:SSS
36. 【称号:因果を断ち切る者】Rank:UN
37. 【聖魔遺物:神代の炉心】Rank:UN
38. 【色:全てを無に還す白】Rank:EX
39. 【称号:森の隠者】Rank:A
40. 【聖魔遺物:人魚の涙】Rank:S
「あっ、やっとAランクが出た……! 30連回して1個って……もしかしてこのガチャ、Aランクが一番のレア《大当たり》だったりする……?」
指が震えてきた。でも、引く手は止まらない。
41. 【色:幽幻の紫】Rank:SS
42. 【称号:竜殺し】Rank:SSS
43. 【聖魔遺物:大地の脈動】Rank:SS
44. 【色:生命の根源たる真紅】Rank:EX
45. 【聖魔遺物:英雄の遺髪】Rank:SSS
46. 【称号:幻影の奇術師】Rank:S
47. 【聖魔遺物:星喰いの顎】Rank:UN
48. 【色:宵闇の漆黒】Rank:S
49. 【称号:運命の反逆者】Rank:EX
50. 【聖魔遺物:風精の囁き】Rank:S
「星喰い……。スケールが大きすぎて想像もつかないよ……次……」
息も絶え絶えになりながら、力を振り絞ってタップする。
51. 【色:深淵を覗く瞳の黒】Rank:UN
52. 【称号:天空の支配者】Rank:SSS
53. 【聖魔遺物:水神の三叉槍】Rank:SSS
54. 【色:概念を溶かす極彩】Rank:EX
55. 【聖魔遺物:魔女の秘薬瓶】Rank:SS
56. 【称号:神々に抗う者】Rank:EX
57. 【聖魔遺物:創世の設計図】Rank:UN
58. 【色:朝露の透明】Rank:S
59. 【称号:孤高の狼】Rank:S
60. 【聖魔遺物:炎精の火種】Rank:S
「…………」
僕は空中に浮かぶ『創世の設計図』の文字をぼんやりと見つめた後、スッとステータス画面を閉じた。
「……もうだめだ。お腹いっぱい」
一番低いはずのAランクは50連回してたったの1個しか出ず、S、SS、SSSランクの伝説級アイテムがもはやハズレ枠のようにポンポンと排出される。そして息をするように混ざり込んでくる、神話級のEXや、世界をひっくり返すようなUNランクの素材たち。
シエルの【幸運】のせいなのか、僕のテイマーとしての素質なのかは分からないけれど、僕の貧弱な精神はもうキャパシティの限界を迎えていた。
「ガチャはまだあと40回分残ってるけど……続きはまた明日にしよう……」
僕は深くため息をつくと、ふかふかの極上モフモフ……もとい、ブランの巨大な体に寄りかかった。
ブランが優しく僕の体を包み込むように丸くなってくれる。シエルも僕の頭の定位置で羽を休めた。
現実逃避で始めたはずのガチャで、さらにとんでもない現実を見せつけられてしまった。
でも、もう今日は疲れた。明日、目を覚ましたら、全部ただの夢だったって笑って終わらないかな……。
そんなことを考えながら、僕は強烈な眠気に意識を手放した。




