第3話 大自然の聖域と、スキル『ガチャ』
鬱蒼とした『魔の森』を、白いウルフの案内に従って進む。
恐ろしい魔物が出るはずの場所なのに、ウルフが歩く道には一切の危険がなかった。
やがて、視界を遮っていた巨大な木々が、ふっと途切れた。
ウルフが立ち止まり、前を向く。
「ここは...」
ついていった先で僕の目に飛び込んできたのは、まるで絵本を切り取ったかのような、光に満ちた美しい別世界だった。
森の最奥にぽっかりと開けたその場所には、底まで透き通る巨大な泉があった。
周囲には淡く発光する見たこともない花々が咲き乱れ、甘くて優しい香りが風に乗って運ばれてくる。
水辺では、美しい水晶の角を持つ鹿のような魔獣や、宝石のような羽を持つ蝶たちが静かにくつろいでいた。
そして空中には、キラキラと金色の粉を零しながらふわりふわりと舞う、小さな光の玉がたくさん飛んでいる。
「ピィ!」
すごいね、とシエルが目を輝かせて僕の頬にすり寄ってきた。
後ろをついてきていたリスや野ウサギたちも、安心したように泉のほとりへと駆け出していく。
宙を舞う不思議な光の玉たちも、僕たちを歓迎するように頭の周りをくるくると回り始めた。
誰も争わず、ただ穏やかな時間が流れている。
これこそまさに、僕が夢に見ていた楽園そのものだった。
「君が、ここを案内してくれたんだね。ありがとう」
僕がウルフの方を振り返ると、ウルフは僕の目の前にお座りをして、じっと僕の目を見つめ返した。
――その瞬間だった。
「...え?」
僕の胸の奥から、目に見えない温かい「光の糸」のようなものがスッと伸びて、目の前にいるウルフの胸へと繋がっているのがハッキリと分かったのだ。
相手の鼓動や、僕に向けられた大きくて温かい感情が、その糸を伝って直接僕の心に流れ込んでくる。
「ウォフ」
主、と呼ぶようにウルフが優しく鼻先を僕の手に押し付けてきた。
「これって...まさか、テイムの繋がり...!?」
野生の魔物を仲間にした時、相手のステータスを見れるようになると教会の本で読んだことがある。
僕は慌てて、空中に向かって【ステータス】と念じた。
すると、目の前の空間に文字が浮かぶ透明な板が現れた。
【名前:シエル】
【種族名:シマエナガ】
【ランク:F】
【レベル:1】
【HP:10 / 10】
【MP:5 / 5】
【ATK:1】
【DEF:1】
【AGI:30】
【INT:10】
【スキル】飛行、愛嬌、幸運
【名前:なし】
【種族名:レッサーウルフ】
【ランク:E】
【レベル:5】
【HP:80 / 80】
【MP:20 / 20】
【ATK:35】
【DEF:20】
【AGI:40】
【INT:15】
【スキル】噛みつき、威嚇
「すごい、本当にステータスが見れる! ...あ、シエルって幸運なんてスキルを持ってたんだね!」
僕はシエルの頭を撫でながら、自分自身の情報の欄に目を移した。そこには見慣れない文字がある。
【スキル】召喚、ガチャ、テイム
「僕のスキルにテイムがある...? サモナーは野生の魔物をテイムできないはずなのに。それに、このガチャってなんだろう」
僕がその文字に指で触れた途端、透明な板の表示がパッと切り替わった。
《新しい従魔を獲得しました》
《条件達成:【10連ガチャ】が引けます》
「じゅうれん、がちゃ...? 仲間が増えると引けるってことかな」
試しに、光っている『引く』というボタンをタップしてみる。
その瞬間、目の前の透明な板がまばゆい虹色に輝き出し、画面の中に新しい『合成メニュー』がズラリと追加された。どうやら、アイテムが直接落ちてくるのではなく、この画面の中で使える素材として登録される仕組みらしい。
追加された項目には、それぞれ信じられないような言葉が並んでいた。
1. 【聖魔遺物:黄金の果実】Rank:S
2. 【色:極光(属性付与:雷・水・風)】Rank:S
3. 【称号:森の庇護者】Rank:A
4. 【聖魔遺物:王魚の真鱗】Rank:S
5. 【称号:神の法を蹂躙せし「天敵」】Rank:UN
6. 【色:深淵の碧(属性付与:水・闇など)】Rank:S
7. 【聖魔遺物:虚空を紡ぐ禁糸】Rank:UN
8. 【称号:神の愛し子】Rank:SS
9. 【色:万象を呑む深淵の星空(属性付与:星・重力)】Rank:EX
10. 【聖魔遺物:終焉を謳う滅竜王の逆鱗】Rank:SSS
「せいま、いぶつ...? ええっと、ランクが...A!?」
僕は思わず声を裏返らせた。
孤児院で読んだ本には、『人間の冒険者の平均ランクはEからD止まりであり、Aランクに至っては世界中を探してもほんの一握りしかいない、雲の上の存在である』と書かれていた。魔物のランクも同じだ。
なのに、目の前のメニューには、最低でもその「Aランク」が並んでいる。さらにはAAを飛び越えて、SやSSSなど、伝説上の神話でしか聞いたことがないようなアルファベットまで輝いていた。
しかも、ランクが上がるにつれて『終焉』だの『滅竜王』だの、なんだか物騒で恐ろしい名前になっている気がする。
「なんでこんなすごいものが...あっ、もしかしてシエルの【幸運】スキルのおかげ!?」
「ピィ!」
僕の言葉に、シエルがえっへんと胸を張る。
なんてすごい相棒なんだろう。でも、よく見るとその中に、おかしなランクが混ざっていた。
「ランク『UN』?」
【称号:神の法を蹂躙せし「天敵」】と、【聖魔遺物:虚空を紡ぐ禁糸】という2つの項目。そこには『UN』という見慣れない文字が刻まれている。
名前はとんでもなく仰々しくて怖いけれど、UNなんてランクは聞いたことがない。
「UとN...あっ、もしかして一番下の『N』の次のランクってことかな? 」
なるほど、シエルの幸運をもってしても、やっぱり少しはハズレが混ざるらしい。僕はハズレのサモナーだし、お似合いの素材かもしれないな。
けどそれが、世界のシステムですら測定できない最強の特異点『UN』を意味しているだなんて、この時の僕には知る由もなかった。
「...うん、なんだか怖い名前も多いし、よく分からないから後で考えよう!」
メニューの端には『※排出された遺物・称号・色は、最大4つまで対象の魔物と配合することが可能』と書かれていた。
が配合なんてスキルはないし、今の僕には難しすぎる。
僕は空中に浮かぶ板をスワイプして、ステータス画面をパッと閉じた。
今は難しいことを考えるよりも、この美しい場所で、みんなと仲良くなる方がずっと大切だ。
「よしっ! みんな、これからよろしくね!」
僕が泉のほとりに向かって呼びかけると、水晶の角を持った鹿や、綺麗な蝶たちがいっせいに近づいてきた。
光の玉たちは嬉しそうに僕の頬にすりすりと体を擦り付け、ウルフやシエルもそれに混ざって楽しそうに走り回る。
誰も僕の黒い髪を怖がらない、温かくて優しい世界。
ハズレ職だと馬鹿にされたけれど、僕にとっては、大好きな家族が増えていくこのジョブが『最高の天職』だ。
こうして、僕たちだけの秘密の楽園づくりが、ゆっくりと幕を開けたのだった。




