表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪した王太子は六年越しに彼女を守ると誓う  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/10

第9話 彼女の選択


王宮の審問室は、重苦しい空気に満ちていた。


高い天井から差し込む光が、中央に立つ一人の男を照らしている。宰相ゲオルク・フォン・ヴァイザー。かつてこの国の政務を一手に担った男が、今は罪人として裁きの場に立っていた。


俺は、父王の隣で審問を見守っていた。


「ゲオルク・フォン・ヴァイザー」


法務大臣が、厳かな声で告げた。


「汝は、王太子妃候補の排除を企て、虚偽の証言を用いて断罪劇を画策した。さらに、聖女の権威を利用して王家の実権を掌握しようとした。これらの罪について、何か申し開きはあるか」


ゲオルクは、青ざめた顔で立っていた。


三日前の威厳は、どこにもなかった。


「私は……」


彼が口を開きかけた、その時だった。


「お待ちください」


若い女の声が響いた。


マルグリット・ヴァイザーだった。宰相の姪。断罪劇の証人の一人。


彼女は震えながら前に出た。


「私は……真実を申し上げます」


「何だ、マルグリット」


ゲオルクの顔が歪んだ。


「黙っていろ」


「いいえ、叔父上。もう、黙っていられません」


マルグリットが顔を上げた。その目には、涙が光っていた。


「証言は……全て、叔父上に命じられたものです」


審問室がざわめいた。


「リリアーナ様が聖女様を侮辱したという話は、嘘でした。私たちは、叔父上の指示通りに証言するよう命じられたのです」


「マルグリット!」


「カロリーネもベアトリスも、同じです。私たちは家の命令に逆らえなかった。でも、あれは嘘でした。リリアーナ様は何も悪いことをしていません」


マルグリットが膝をついた。


「陛下、お許しください。私は偽証をいたしました」


続いて、カロリーネとベアトリスも前に出た。


「私も同じです。宰相閣下に命じられました」


「私もです。申し訳ございませんでした」


三人の令嬢が、床に頭をつけた。


審問室が静まり返った。


ゲオルクの顔から、最後の血の気が引いていくのが見えた。


「ゲオルク・フォン・ヴァイザー」


父王が、玉座から立ち上がった。


「証人たちが自白した。もはや言い逃れはできまい」


「陛下……私は……」


「五十年、お前を信じてきた。共にこの国を治めてきた」


父王の声には、怒りと悲しみが入り混じっていた。


「だが、お前は王家を裏切った。許されることではない」


ゲオルクが、膝を折った。


「全ては……私の野心でした」


搾り出すような声だった。


「ヴァイザー家を、王家に並ぶ地位に引き上げたかった。そのために、聖女を利用し、リリアーナ嬢を排除しようとした。全て、私の罪です」


「ゲオルク・フォン・ヴァイザー」


法務大臣が宣告した。


「宰相職を剥奪し、領地への永久蟄居を命じる。ヴァイザー家の当主の地位は、親族会議で改めて決定される」


ゲオルクは、何も言わなかった。


衛兵に両脇を抱えられ、審問室から連れ出されていく。


その背中は、かつての威厳を失い、老人のように小さく見えた。


翌日。


教会の大聖堂で、もう一つの審問が行われた。


セレスティア・ノーブル。聖女の地位にあった女。


「セレスティア・ノーブル」


大司教が、厳かな声で告げた。


「汝は聖女の権威を私欲のために濫用し、虚偽の断罪劇に加担した。これは聖女としての誓いに背く行為である」


セレスティアは、白い囚人服を着ていた。


あの華やかな白いドレスはなく、銀の十字架も外されている。


「私は……聖女として……」


「聖女の資格を剥奪する」


大司教が宣告を下した。


「汝は、北部の修道院へ送られ、残りの生涯を祈りと贖罪に捧げることとなる」


セレスティアの目が、見開かれた。


「そんな……私は聖女です! 女神に選ばれた者です!」


「聖女の力は、純粋な信仰心によって与えられる。私欲に塗れた者に、その資格はない」


「嘘よ! 私は……私は……!」


セレスティアが叫んだ。だが、その声は虚しく聖堂に響くだけだった。


彼女は衛兵に連れられ、聖堂を後にした。


最後に俺を見た目には、純粋な憎悪が燃えていた。だが、もう何の力も持たない。


全ては、終わった。


その日の夕刻。


俺は、王宮の庭園にいた。


春の風が吹き抜け、花々が揺れている。夕陽が空を茜色に染め、庭園全体が柔らかな光に包まれていた。


「殿下」


背後から、聞き慣れた声がした。


振り返ると、リリアーナが立っていた。


淡い緑のドレス。髪は緩やかに結われ、夕陽を受けて金色に輝いている。


「来てくれたか」


「はい。お呼びと聞いて」


俺は、庭園の奥にある東屋へ彼女を導いた。


あの日、初めて二人きりで茶を飲んだ場所だ。


「座ってくれ」


リリアーナが、俺の向かいに座った。


その表情は穏やかだったが、どこか緊張しているようにも見えた。


「宰相と聖女の件は、聞いているか」


「はい。審問の結果は、エミリアから聞きました」


「そうか」


俺は、深く息を吐いた。


「これで、君を脅かす者はいなくなった」


「殿下のおかげです」


「俺だけではない。兄上や、影の目や、多くの者が動いてくれた」


「でも」


リリアーナが、俺を見た。


「最初から最後まで、私の傍にいてくださったのは殿下です」


俺は、彼女の目を見つめた。


翡翠の瞳。六年前から変わらない、澄んだ色。


「リリアーナ」


「はい」


「改めて、君に伝えたいことがある」


俺は、言葉を選びながら話し始めた。


「俺たちの婚約は、十二年前に王命として決められたものだ」


「はい」


「君に選択の余地はなかった。俺にも、なかった」


リリアーナが、静かに頷いた。


「だが」


俺は、彼女の手を取った。


「俺は、王命だから君の傍にいるわけではない」


リリアーナの目が、僅かに見開かれた。


「六年前、記憶が戻った時、俺は初めて気づいた。自分が君にどれほど酷いことをしてきたか。そして、君がどれほど美しく、強く、気高い人であるか」


「殿下……」


「それから、ずっと君を見てきた。君の強さに惹かれた。君の優しさに心を奪われた。君の笑顔を、もっと見たいと思った」


俺は、彼女の手を握りしめた。


「俺は、君を愛している」


リリアーナの目が、大きく見開かれた。


「六年前に気づいた時から、ずっと。君だけを、愛している」


涙が、彼女の頬を伝った。


「殿下……」


「だから、君に選んでほしい」


俺は、彼女の目をまっすぐに見た。


「婚約は王命だった。だが俺は、君自身の意思で俺の傍にいてほしい。君が望まないなら、婚約を解消することもできる。俺は、君の意思を尊重する」


リリアーナの手が、震えていた。


「選んでくれ、リリアーナ。君の人生を、君自身で」


沈黙が流れた。


夕陽が沈みかけ、庭園が薄暮に包まれていく。


リリアーナは、俯いたまま動かなかった。肩が小さく震えている。


俺は、待った。


六年間、待ち続けてきた。あと少しくらい、待てる。


彼女が何を選ぼうと、俺は受け入れる覚悟だった。


「殿下」


やがて、リリアーナが顔を上げた。


その頬は涙で濡れていたが、瞳は澄んでいた。


「六年間……私は、殿下を恨んでいました」


「ああ」


「近づかれるのが怖かった。また傷つけられるのではないかと」


「わかっている」


「でも」


彼女が、俺の手を握り返した。


「殿下は変わってくださった。六年間、ずっと私を守ってくださった。私が信じなくても、私が避けても、それでも傍にいてくださった」


リリアーナの声が、震えていた。


「最初は、信じられませんでした。何か裏があるのではないかと、疑っていました」


「当然だ」


「でも、茶会で私を庇ってくださった時。廊下で聖女様の嘘を暴いてくださった時。図書室で、あの日の料理のことを覚えていると言ってくださった時」


彼女の涙が、また頬を伝った。


「少しずつ、殿下を信じられるようになりました」


「リリアーナ……」


「そして、卒業式の日」


彼女が、俺を見た。


「殿下が私を守ってくださった時、私は気づいたのです」


「何に?」


「私は」


リリアーナが、俺の手を胸に引き寄せた。


「殿下の傍にいたい、と」


俺の心臓が、大きく跳ねた。


「それは、王命だからではありません。婚約者だからでもありません」


彼女の翡翠の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめていた。


「私自身が、そう望むからです」


リリアーナが、微笑んだ。


涙を浮かべながら、それでも確かに微笑んだ。


「私は、殿下の傍にいたいです。ユリウス様」


俺は、言葉を失っていた。


六年間、待ち続けた答えが、今、目の前にあった。


「リリアーナ」


俺は、彼女の手を握りしめた。


「ありがとう」


「殿下こそ」


「いや、俺こそ……君に、どれだけ感謝しても足りない」


俺は、彼女を引き寄せた。


そっと、抱きしめた。


彼女の温もりが、俺の胸に伝わってくる。カモミールの香りが、ふわりと漂った。


「ずっと、待っていた」


「私も」


リリアーナが、俺の胸に顔を埋めた。


「私も、ずっと……待っていたのかもしれません」


「リリアーナ」


「はい」


「愛している」


「……私も」


小さな声だった。


だが、俺の耳には、はっきりと聞こえた。


「私も、殿下を……ユリウス様を、お慕いしております」


俺は、彼女を強く抱きしめた。


夕陽が沈み、庭園に夜の帳が降り始めていた。だが、俺の胸の中には温かな光が灯っていた。


しばらくして、リリアーナが顔を上げた。


「殿下……いえ、ユリウス様」


「何だ?」


「私からも、お伝えしたいことがあります」


彼女が、俺の手を取った。


その瞳には、決意の光があった。


「あの日、お約束しましたよね」


「約束?」


「いつか、お料理を作ると」


俺は、目を見開いた。


「覚えていたのか」


「はい。ずっと、考えていました」


リリアーナが、微笑んだ。


「明日、お作りしてもよろしいですか?」


俺は、彼女の手を握りしめた。


「待っている。ずっと、待っていた」


リリアーナの頬が、赤く染まった。


夜の庭園に、二人の影が寄り添っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ