表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪した王太子は六年越しに彼女を守ると誓う  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

第7話 兄上の覚悟


宰相主催の夜会。


それは、社交界でも最も格式の高い催しの一つだった。王宮に次ぐ規模を誇る宰相邸の大広間には、王国中の有力貴族が集まる。


俺は馬車の中で、隣に座るリリアーナを見た。


「緊張しているか?」


「……少し」


彼女は淡い金のドレスを纏っていた。胸元には、母親から受け継いだというエメラルドのネックレスが揺れている。


「今夜は、俺の傍にいてくれ」


「え……?」


「君を一人にしない。そう約束しただろう」


リリアーナの頬が、僅かに赤く染まった。


「ですが、宰相様の夜会で殿下と一緒にいれば……」


「宰相に何を見せつけようと、俺の勝手だ」


俺は窓の外を見た。宰相邸の明かりが近づいてくる。


「それに、君が傍にいてくれた方が、俺も心強い」


「殿下が……?」


「ああ。俺だって、緊張くらいする」


リリアーナが、小さく笑った。


それは、俺が初めて見る彼女の笑顔だった。ぎこちなく、すぐに消えてしまったが、確かに笑った。


「……わかりました」


彼女が頷いた。


「今夜は、殿下のお傍に」


馬車が、宰相邸の正門で止まった。


大広間は、華やかな光に満ちていた。


シャンデリアが煌めき、貴族たちの宝石が光を反射する。楽団の奏でる音楽が、空間を満たしていた。


俺がリリアーナを伴って入場すると、広間が静まり返った。


「王太子殿下のお成りです」


従者の声が響く。


貴族たちが一斉に頭を下げる。その視線が、俺とリリアーナに集中しているのがわかった。


「殿下、ようこそおいでくださいました」


宰相ゲオルクが、愛想笑いを浮かべて近づいてきた。だが、その目は笑っていない。俺がリリアーナを連れてきたことに、明らかに動揺している。


「宰相殿。招待に感謝する」


「いえいえ、殿下にお越しいただけるとは光栄の至り……」


ゲオルクの視線が、リリアーナに移った。


「ベルモンド公爵令嬢も、ご一緒でしたか」


「俺の婚約者だ。一緒に来るのは当然だろう」


俺は、リリアーナの手を取った。


彼女の指が、僅かに震えている。だが、俺の手を握り返してきた。


「皆に紹介させてくれ」


俺は声を張った。広間中に響くように。


「俺の婚約者、リリアーナ・エルトリア・ベルモンドだ。いずれ、この国の王太子妃となる女性だ」


広間がざわめいた。


貴族たちが囁き合い、視線を交わす。宰相派の者たちは、明らかに困惑していた。


ゲオルクの顔が、一瞬だけ歪んだ。


「これは……殿下、突然のご紹介、驚きました」


「驚くことか? 俺の婚約者は、十二年前から決まっている」


俺はゲオルクの目をまっすぐに見た。


「誰も、それを忘れてはいないだろうな?」


ゲオルクが言葉に詰まった。


その背後で、セレスティアが立ち尽くしているのが見えた。白いドレスに銀の十字架。聖女の正装。だが、その顔からは作り笑いすら消えていた。


俺は、内心で満足した。


これでいい。宰相とセレスティアの注意は、完全に俺とリリアーナに向いている。


兄上。今のうちに頼む。


夜会が進む中、俺は宰相との会話を意図的に長引かせた。


「先日の東部の魔物被害、対応は順調ですか」


「ええ、聖女殿のお力もあり、被害は最小限に……」


「復興の予算は足りているのですか。財務の報告では、やや不足があると聞いたが」


「それは……細かい数字は把握しておりませんが……」


「宰相ともあろう方が、細かい数字を把握していないとは」


俺は次々と質問を投げかけた。


ゲオルクは答えに窮しながらも、王太子の相手を無視するわけにはいかない。彼の意識は完全に俺に釘付けになっていた。


視界の端で、アルベルト兄上が広間を抜け出すのが見えた。


頼んだぞ、兄上。


しばらくして、楽団が新しい曲を奏で始めた。


ワルツだ。


俺は宰相との会話を切り上げ、リリアーナの元に戻った。


「踊ってくれるか」


「え……?」


「君と踊りたい」


リリアーナの目が、大きく見開かれた。


「ですが、私は……そんな、皆の前で……」


「俺の婚約者が、俺と踊ることの何がおかしい?」


俺は手を差し出した。


「一曲だけでいい。頼む」


リリアーナは、しばらく俺の手を見つめていた。


そして、ゆっくりとその手を取った。


「……一曲だけ、です」


俺は彼女を広間の中央へと導いた。


周囲の貴族たちが、道を開ける。囁き声が飛び交うが、俺は気にしなかった。


俺たちは、踊り始めた。


リリアーナの手は、まだ少し震えていた。


だが、その足取りは正確だった。貴族令嬢として、幼い頃から叩き込まれた作法。彼女は完璧にステップを踏んでいる。


「上手いな」


「……ダンスは、得意な方です」


「知っている。学園時代、君のダンスは評判だったと聞いた」


リリアーナが、僅かに目を見開いた。


「覚えていらっしゃるのですか」


「君のことは、何でも覚えている」


彼女の頬が、赤く染まっていく。


俺は、彼女の耳元に囁いた。


「君は美しい」


リリアーナの動きが、一瞬だけ乱れた。


だが、すぐに立て直す。その顔は真っ赤だったが、目を逸らさなかった。


「……ありがとう、ございます」


小さな声。だが、はっきりと聞こえた。


俺は、胸の奥が熱くなるのを感じた。


六年間、待ち続けた。彼女が俺を見てくれる日を。俺の言葉を受け止めてくれる日を。


今夜、彼女は俺の手を取ってくれた。俺の言葉に、答えてくれた。


それだけで、十分だった。


曲が終わり、俺たちは踊りを終えた。


周囲から拍手が起こる。社交辞令かもしれないが、悪い雰囲気ではない。


「お見事でした、殿下」


「リリアーナ様も、お美しかったですわ」


貴族たちが声をかけてくる。宰相派ではない者たちだ。彼らの目には、好意的な光があった。


俺とリリアーナが並んで立つ姿を見て、婚約者としての関係を改めて認識したのだろう。


これも、狙い通りだ。


「殿下」


ヴェルナーが、静かに近づいてきた。


「アルベルト殿下から、お言伝です」


俺は耳を傾けた。ヴェルナーが、小さな声で囁く。


「『成功した』とのことです」


俺は表情を変えなかった。


だが、内心では安堵が広がっていた。


兄上、よくやってくれた。


夜会が終わり、俺はリリアーナを馬車まで送った。


「今夜は、ありがとう」


「いえ……私こそ、殿下のお陰で……」


リリアーナが言葉を切った。何かを言おうとして、躊躇っているようだった。


「何だ?」


「……今夜、殿下と踊れて……」


彼女が顔を伏せた。


「嬉しかった、です」


俺の心臓が、大きく跳ねた。


「リリアーナ……」


「それだけです。おやすみなさいませ、殿下」


彼女は素早く馬車に乗り込み、扉を閉めた。


俺は、遠ざかる馬車をしばらく見送っていた。


胸の奥が、温かかった。


深夜。


俺は兄上の私室で、密約書を手にしていた。


「これが……宰相の計画か」


紙には、恐るべき内容が記されていた。


『聖女セレスティアを王太子妃とし、王家との結びつきを強化する。その後、聖女の権威を利用して政務の実権を宰相府に移行。最終的に、ヴァイザー家による摂政体制を確立する』


「王家を傀儡にするつもりだったのか」


「ああ。そして、これを見ろ」


兄上が、別の紙を差し出した。


『断罪の筋書き』と題されたその文書には、卒業式での計画が詳細に書かれていた。


『証人三名による証言。リリアーナ・ベルモンドが聖女を罵倒し、呪いをかけようとしたと主張。証言の後、聖女が「許します」と慈悲を示すことで、民衆の支持をさらに高める。断罪により王太子妃候補からリリアーナを排除し、聖女を後任として推挙する』


俺の手が、震えていた。


怒りのためだ。


「ここまで周到に……」


「だが、これで証拠は揃った」


兄上が俺の肩を掴んだ。


「卒業式で、この文書を突きつければいい。宰相の計画は、全て白日の下に晒される」


「……ああ」


俺は深く息を吐いた。


「兄上、ありがとうございます」


「礼を言うな。俺は自分の役目を果たしただけだ」


兄上が笑った。


「さあ、作戦を立てよう。卒業式まで、あと五日だ」


俺は頷いた。


リリアーナを守る。その決意が、さらに強くなった。


宰相の企みは、必ず阻止してみせる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ