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第4話:天使の悲鳴、ガラスの箱庭

 第3階層は、それまでの無機質な空間とは異なっていた。

 そこは、熱帯雨林のような植物園だった。

 人工太陽が照りつけ、極彩色の鳥が飛び交う。湿度が高く、まとわりつくような空気が肌に重い。


「なんだこりゃ。ピラミッドの中にジャングルかよ」

 土門が上着を脱ぎながら呆れた声を出す。


 ここ『楽園区画エデン・モデル』は、龍の環境制御技術のショーケースらしい。

 だが、僕にはそこが、巨大な実験用のフラスコに見えた。

 植物も、鳥も、どこか作り物めいている。色が鮮やかすぎるのだ。命の揺らぎがない。


「休憩時間だ。次の試験まで自由行動とする」

 アナウンスが流れ、他の合格者たちはカフェスペースへと散っていった。

 彼らはもう、僕たちを軽蔑の目では見ない。代わりに「関わってはいけない猛獣」を見るような目で遠巻きにしている。


「俺は少し寝る。起こすなよ」

 土門は木陰のベンチに寝転がり、すぐにいびきをかき始めた。

 豪胆というより、この異常な環境に適応しすぎている。彼もまた、どこか壊れているのかもしれない。


 僕は一人、ガラス張りの展望デッキへと歩いた。

 ここからは、第2階層の実験場が見下ろせるはずだ。

 しかし、ガラスの向こうに広がっていたのは、虚無だった。

 真っ暗な闇。

 その奥で、無数の赤い光が明滅している。


「……データサーバー?」

 この塔の動力源。それは電気ではないのかもしれない。

 あの赤い光の一つ一つが、下層で暮らす人々の「思考」や「感情」のデータだとしたら?


 ズキリ、とこめかみが痛んだ。

 耳鳴りがする。

 高い、高い、鈴のような音。


『……つ、……りつ』


 声が聞こえた。

 空耳じゃない。脳に直接響くような、懐かしくて、そして悲痛な声。



 視界が歪む。

 ジャングルの緑が消え、真っ白な部屋の映像が脳内にフラッシュバックする。

 

 そこには、無数のチューブに繋がれた少女がいた。

 銀色の髪。透き通るような肌。

 神凪知世かんなぎ・ちせ

 彼女は、まるではりつけにされた聖女のように、空中に浮いていた。


『熱い……重いよ、リツ……』


 彼女の悲鳴が、僕の神経を逆撫でする。

 彼女の身体には、太いケーブルが何本も突き刺さっていた。

 そこから流れ込んでいるのは、膨大なデジタルデータだ。

 天候制御、交通管理、物流予測、そして1億人の国民の監視データ。

 それら全てが、彼女の小さな脳を経由して処理されている。


「やめろ……!」

 僕は思わずガラスを叩いた。


 彼女は神様じゃない。

 ただの、高性能な生体パーツだ。

 人間が作り出した「龍」というシステムは、あまりにも複雑になりすぎた。だから、それを統合するために、人間の脳を――「感情」という高度な処理機能を持つ彼女を、CPUとして組み込んだのだ。


 彼女の苦痛が、伝播してくる。

 1億人の欲望。悪意。無関心。

 それらが生ゴミのように彼女の心に流れ込み、彼女を汚染していく。

 彼女が流していた「赤い血」は、肉体の傷じゃない。心の決壊だ。


『助けて……ここから出して……』


「知世!」

 僕は叫んだ。


 その瞬間、視界が弾けた。

 元のジャングルに戻る。

 息が切れている。心臓が早鐘を打っている。

 自分の手を見ると、ガラスを強く叩きすぎたせいで、拳から血が滲んでいた。


「……見えたか」


 背後から、冷ややかな声がした。

 振り返ると、そこに御影玄が立っていた。ホログラムではない。実体だ。

 彼の手には、白いハンカチが握られている。


「君はやはり『適合者』だ。彼女のSOSを受信できる人間は、この30年間で君が初めてだよ」



 御影は僕にハンカチを差し出した。

 僕はそれを無視して、彼を睨みつけた。


「彼女に、何をしている」

「何も? ただ、世界を平和に保つための『お仕事』をしてもらっているだけさ」

 御影は薄く笑う。「彼女のおかげで、君たちは飢えることもなく、戦争もなく、安らかに暮らせている。感謝こそすれ、怒る理由はないはずだが?」


「あれが……あんな拷問が、平和なもんか!」

「平和とは、誰かの犠牲の上に成り立つものだ。君もさっきのゲームで理解したはずだ。……違うか?」


 御影の言葉が、喉元に突き刺さる。

 反論できなかった。

 この男の論理は、どこまでも冷徹で、そして完成されている。


「天城律。君には期待しているんだ」

 御影は僕の耳元で囁いた。

「彼女はもう限界だ。そろそろ『交換』の時期が来ている。……君なら、彼女の代わりになれるかもしれない」


 御影は楽しそうに笑い、きびすを返した。

「次の試験は『タワー』の最上階だ。そこまで登っておいで。彼女の最期を看取る権利くらいは、あげよう」


 遠ざかる背中。

 殺意が湧いた。

 だが、それ以上に、恐怖があった。

 彼女が「限界」だという言葉。

 時間がない。


 僕は血の滲んだ拳を握りしめた。

 痛みのおかげで、意識が冴え渡る。


「……待っててくれ、知世」


 僕は誓う。

 この塔を登りきる。

 そして、あの男の完璧な論理システムを、僕というバグが食い荒らしてやる。

 例え世界が壊れても、君だけは、僕が取り戻す。


 人工の空の下、僕は再び歩き出した。

 もう迷いはない。

 これは「反逆」ではない。「奪還」の物語だ。


(第4話 完)

お読みいただきありがとうございます。


律と知世、二人の精神がリンクする重要な回でした。

「世界平和のために一人の少女が犠牲になる」という古典的なテーマですが、律にとっては「世界なんてどうでもいい、君が大事だ」というエゴイズムこそが原動力になります。


御影の言う「君が代わりになれ」という言葉。

この残酷な提案に、律はどう立ち向かうのか。


物語はいよいよ後半戦へ向かいます。

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