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第2章 金貨50枚の自尊心(前編)

第2章は、前話とは少し違うタイプの客が登場します。


切実さも、必死さも、覚悟もない。

ただ「自分は特別だ」と信じて疑わない人間。


志制度は、貧しい者を落とすだけでなく、

こうした「根拠のない自信」をも増幅させる装置でもあります。

この章では、ユージンが“救わない”選択をする場面を描いています。


彼は万能でも救世主でもありません。

助ける相手を選び、切り捨てる相手も選ぶ。

その冷たさが、この物語の地盤です。


少し嫌な気分になるかもしれませんが、

制度が生むもう一つの歪みとして、読んでいただければ幸いです。

 朝でも夜でもない時間帯というのは、どうにも判断を鈍らせる。 窓の外は白んだままで、通りの喧騒もまだ本格的じゃない。ユージンは机の上に散らばった紙束を眺めながら、掃除をするべきか否かで三分ほど無駄に悩んでいた。

 床には、使い終わったインク瓶。 椅子の背には、昨日脱いだままの外套。キッチンは昨日の食事に使った食器がまだ洗われていない。 壁際には、志に関する書籍の本

棚が 3 つ、どの本棚も本は整理整頓されていないままほこりをかぶっている。


――――掃除をすると、仕事が来る。

――――掃除をしないと、仕事が来ない。


 根拠のないジンクスだが、この稼業を始めてからというもの、意外と外れていなかった。ユージンはため息をつき、結局何も手を付けないことに決める。

 その直後だった。 ガシャン、と金属を叩きつけたような音がして、扉が開く。 ノックという概念を知らない客は、今日も健在だった。そしてそういう客ほど元気なのだ。


「やあ! ここが噂の――」

「閉めろ」


 ユージンは振り向きもせずに言った。 しかし、男は閉めない。 むしろ、わざとらしく扉を全開にし、狭い室内に朝の光と騒音を流し込んでくる。


「いやあ、狭いですねえ! でも、こういうところから英雄って生まれるんですよ!」


  少年は言葉こそ必死に大人を装うが、どうにも芝居がかっていて滑稽だ。 ただ、身なりだけは無駄に良い。新品の外套に、磨かれた靴。胸元には、どこだったか、有名企業のバッチが縫い付けられている。父親のものでも拝借してきたのだろうか? ただ、あのバッチは B クラス。珍しい客だ。しかも、「ボンクラの坊ちゃん」だ。 入ってきた瞬間に、ユージンはそう判断した。


「僕ですね、すごいんですよ」


 男は勝手に椅子を引き、腰を下ろす。


「子どもの頃から、周りに期待されてまして。先生にも『君は違う』って言われてましたし。ほら、これ」


 懐から取り出したのは、古い表彰状の束だった。 地区大会。努力賞。参加賞。どれも「参加すればもらえる」ありふれたものだ。自慢したいなら、優勝のトロフィーの一つでも持ってくればいいのに......しかし、仮に優勝のトロフィーを持ってきたところでランクには何の影響も与えない紙切れだ。


「で、思ったんです。A に行くべきだって」


 ユージンは少年の大げさな声にようやく顔を上げ、ボンクラを一瞥する。


「......読んだか?」

「何をです?」

「店の前に貼ってある注意書きだ」


 男はきょとんとした顔をする。


「ああ、あれですか。細かい文字が多くて、ああいうのを確認するのは僕の役割じゃぁない!」

「理解してから出直せ」


 それだけ言って、ユージンは再び紙束に視線を戻す。 だが、男は立ち上がらない。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 僕は真剣なんです!」

「真剣な人間は、まず文章を読む」

「そんなの、揚げ足取りじゃないですか!」


 声が大きい。大きい声を出せば自分が場を支配していると勘違いするタイプだ。


「ねえ、知ってます? 僕がこの店のこと、聖省に告発したらどうなると思います?」


 その言い方に、露骨な期待が混じる。脅しているつもりなのだろう。 ユージンはペンを置き、ため息をついた。


「どうにもならんさ」


 男の顔がぱっと明るくなる。


「そうそう、わかっているじゃないですか、あなたは困ったことになるんですよ!」

「......違う」

「ですよね! だったら、僕の言うことを聞いた方が」


 話が通じていない。 いや、言葉は通じているが、意味が届いていない。


「勘違いするな」


 ユージンは淡々と言う。


「どうにもならない、というのは、何も起きないという意味だ」

「............」


 一瞬、男の思考が止まる。ユージンの言ってる意味が心の底から理解できない様子

だ。


「え? でも、違法なんですよね?」

「違法だと思うなら、最初から来るな」


  男は黙り込む。そして、数秒後、何かを悟ったように別の方向に舵を切った。


「じゃあ......金ですか?」


 その言葉に、ユージンは内心で少しだけ笑った。 ―――やっぱり、ボンクラだ。思考がボンクラ共通なのだ。


「結果は保証しない」

「いいです!」

「A ランクになることは一切保証しない」

「構いません!」

「それでも、文句は言わない」

「もちろんです!」


 ユージンは金額を告げる。


「金貨、五十枚」


 男の目が見開かれる。


「C ランクの連中の半年分の給料ですよ!?」

「知っている」


 一拍置いて、ユージンは続ける。


「高いと思うなら、帰れ」


 沈黙。 男は拳を握りしめ、歯を食いしばる。


「......払います。払えばいいんでしょ!!」


 震える声で、そう言った。 机の上に置かれた金貨が、鈍い音を立てる。

 五十枚。数え間違いはない。 ユージンはそれを無造作に引き寄せ、引き出しにしまった。


「名前は?」

「......エドワード」

「じゃあ、今日は帰れ」

「え?」

「自分の実力を正しく評価しなおしてから、明日出直せ。あと、言葉を理解できるようになってからな」


 ボンクラは何か言いかけて、結局何も言えず、乱暴に扉を閉めて出ていった。 静寂が戻る。 ユージンは一人になった部屋を見回し、結局、掃除はしないことに決めた。


―――面倒な一日になりそうだ。


お読みいただき、ありがとうございました。


今回の客――いわゆる「ボンクラの坊ちゃん」は、

才能がないから落ちる人間ではありません。

自分を疑う能力を持たない人間です。


この世界では、志は努力や実力よりも「文章」と「態度」で評価されます。

それでもなお、最低限必要なのが

「自分は何者かもしれない」という幻想を、一度疑うこと。


ユージンが金を受け取りながら、仕事をしなかったのは、

意地悪でも詐欺でもなく、

「今のままでは、どんな文章を書いても通らない」

と分かっていたからです。


彼は金で志を書く人間ですが、

金で“思考”までは代筆しません。


この章は、志制度に適合できない人間が

必ずしも弱者とは限らない、という話でもあります。


中編~後編にかけてこの依頼人がどうなっていくのか?少しだけ踏み込んで描く予定です。


また裏通りで会えたら、幸いです。

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