第8章 ランクアップへの覚悟(後編)
本話は前編に続く、後編です。
Dランクの少年が提出した志は、
「添削」という名のもとで止められることなく、
制度の中へと投げ込まれました。
後編では、
その志に下された評価と、
それを見届ける大人たちの選択、
そして――それを間近で見た少女の変化が描かれます。
これは、
ランクアップの物語であると同時に、
その代償と責任の物語でもあります。
結果は、すでに出ています。
それをどう受け止めるかを、どうか見届けてください。
――十五のガキに、
――ここまでの覚悟をさせる。
ユージンの胸に、
重いものが落ちる。
そして、おそらくこの覚悟はすでに一度『チートに手を出してしまった』からこその覚悟なのだろう。
それがきっとこのカインという少年が自分で決めた罪滅ぼしなのだ
――もし、アーヴェルより先に自分に代筆を依頼してくれていたら?
――もし、志を出すまでにあと3年猶予があり、その間に学ぶことができていたら?
未来は、違っていたかもしれない。
だが、この国では15の選択が唯一の答えなのだ。
「……分かった」
彼は、志を机に戻した。
「添削しよう」
止めることは、しなかった。
*
数日後。
「結果が出た」
アーヴェルさんが依頼の結果について報告に来てくれていた。
「Bランク以上。Aランク候補だ」
「A……?」
「彼は次に二次試験がある」
二次試験とは大賢者の前で、志を語ることを意味する。
それを知った私は、言葉を失った。
*
帰り際。
「まて、アーヴェル」
ユージンさんが少し怒ってるような様子で声をかけていることに驚いた。間違いなく「怒っている」とわかる。私が見るユージンさんが見せる初めての感情だ。
「なんだい?」
アーヴェルさんはそのユージンさんの怒りをまるで感じていないように、いつもの様子で答える。
「なぜ、あの少年が志を書く前に『評価基準』について教えた?」
「え?」
私はユージンさんの言ってることが分からなかった。ただ、頭の中は真っ白だったが、心がアーヴェルさんのほうを向くように言ってる気がした。
「なんだ。気づいていたのかい?Dランクの彼が志を提出するにあたって、Bランクの子たちと埋まらない溝はフェアじゃない。だから、その溝を埋める分だけの情報を教えただけだよ。何も答えは渡してはいない」
「なるほどな。その情報だけで『あのAランク向けの志』に仕上げたということか?」
「そうなるね。それについては、私も驚いた。彼が望んでいたのはBランクだからね。だから、君のもとに添削を依頼することにしたんだよ。むしろ、ユージン。…君こそどうして、彼の志を添削で『Bランク』になるように調整してあげなかったんだい?」
「すでにあの子…カインは『情報を得たこと』がフェアでないことに罪の意識があった。その罪の意識は彼に「自分の志の内容の変更」の拒絶の覚悟を決めていた」
ユージンさんは、苦しそうに続ける。ユージンさんが?苦しんでいる??
私は話の内容より、ユージンさんの感情に驚きがとまらない。
「覚悟を決めた人間を止めるのは、非礼だ」
ユージンさんはどうにか絞り出したような声で言い、続けた。
「たとえ、その先が地獄でもな」
その目は、彼の、カインさんの未来を案じているように見える。きっとAランク候補になるということは、Bランクで合格することより大変なことなんだろう…
そして同時に、アーヴェルさんに向かって…
「アーヴェル・・・責任はとれ」
「いわれなくても分かっているよ。カイン君は私にとっても必要な子だし、期待している子だからね」
*
その夜、私は眠れなかった。
上に行くことは、希望だと思っていた。上のランクに行くほど、人として豊かになれると…
でも、私たちにとってそれは同時に、命を懸けることに他ならなかった。
そして、ランクが上がるということは新たな戦いを強いられるということだ。
今の私には、文字も、言葉も、まだ足りない。
今日のユージンさんとアーヴェルさんの話もほとんど意味が分からなかった。
きっと、意味が分かるようにならないと私は上のランクでやっていけない…そう思えるには十分な二人の会話だった。
今の私は、ただ文字を覚えて浮かれていただけだと身に染みて理解した。
――だから、学ばなければならない。
――だから、
――あと1年と少し、この時間は宝石よりも貴重な時間で、必要なのだ。
Eランクでしかない私が学べる場所はここしかない。胸の奥で、ようやくそれが、一つの形になり始めていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
後編では、
「志が通ったかどうか」ではなく、
通ってしまったあとに何が残るのかを描いています。
少年カインは、
結果として高い評価を得ました。
しかしそれは、
救済でも、祝福でもなく、
新たな戦いへの入り口にすぎません。
そして、
この出来事を通して、
語り手である彼女は初めて
「上に行くこと」の現実を直視します。
まだ文字も、言葉も、足りない。
それでも学ぶ理由だけは、
はっきりと形になりました。
この物語は、
才能や成功を描く話ではありません。
制度の中で選択を迫られ、
覚悟を背負わされる人間たちの話です。
次の依頼人は…?どうかミラとユージンを見守ってください




