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鉱山町のズリ山を朝日が照らす中、早番の鉱夫が奴隷たちを追い立てながらトロッコを坑道に送り込んでいた。
監督官は使い古された帳面をめくりながら、入山する人数を確認していく。
最近は、鉱内で行方不明になる者がやけに多い。
上のものに伝えて、早めに奴隷を補充しなくては……そう呟きながら次のトロッコに足を掛けた瞬間、軸足に鈍い振動が伝わった。
最初は微かに、次第に大きく地面が揺れ、ついにはトロッコが線路から外れて横倒しになった。 奴隷たちが悲鳴を上げて身を伏せ、敬虔な鉱夫の一人が聖句を口にする。
鉱夫たちの目の前で、坑道へと続く穴が音を立てて崩れた。 土ぼこりが舞い、あちこちで魔道具が火花を散らす。
漸く揺れが落ち着いた後、顔を上げた鉱夫たちが見たものは、巨大な瓦礫の山と化した鉱山の姿だった。
変わり果てた山の前で、監督官が腰を抜かしてへたり込む。
この惨状をどうやって報告したらいいのか……山が一つ消えてなくなりましたなんて、伝えたとして信じてもらえるのか?
頭を抱える監督官の体に、再び小さな地響きが届いた――
***
「わ……っ、眩しっ」
遠い夕焼けが辺りを黄金色に染める中、瓦礫の山の中腹で土がぼこりと盛り上がった。
盛り上がった土を掻き分けて顔を出した少女の目に、傾いた陽光が容赦なく突き刺さる。
眩しさに悶える少女の耳に、低い声が届く。
(眩しいか? それならば少し目をいじってやろう)
甘い囁きと共に少女の瞼が開く。 現れた真紅の瞳には、黒い虹彩が縦に裂けていた。
ぱちぱちと瞬きし、少女はにっこりと笑う。
「ありがとう。 ところで……ここは、どこかなぁ?」
首をひねる少女の目の前、瓦礫でできた見晴らしの良い丘の向こうは、一面の窪地が広がっていた。
巨人が耕した後のように不規則なでこぼこの中に、建物らしい残骸が点在しているのがわかる。
乾いた空気の中に混ざる、土ぼこりと血の匂い。
(さてな。 吾輩が活動していた古の頃から、地形がすっかり変わっておるからのぅ)
「でもこれって、魔王さんが鉱山の中を掘り過ぎちゃったからじゃない?」
まだ新しい陥没跡を眺めながら少女が目を眇めると、魔王の気配がひょいと肩を竦めた。 ノアも肩を竦めると、瓦礫の一つに腰を下ろす。
鉱山の魔石は魔王の魔力にあてられた生き物の命が結晶化したものだと、魔王は言った。 要は吾輩の備蓄食だな――こともなげに答える魔王に、魔石の鉱脈を追い求め続けたそれまでの人生を振り返ったノアが肩を落としたのは、言うまでもない。
鉱山の魔石を掘り返し食べ進める中で、ノアと魔王の体はゆっくりと融合していった。
気がつけば、ノアの手がやすやすと岩を砕き、岩石を噛み砕いていた。
闇を見通し、坑道に取り残された人間の骸を砂に変え、魔道具を握り潰して、ノアは魔石を啜った。
そろそろ外に出ても良かろう――魔王の声に促され、上へ上へと向かい、漸くノアは地上に顔を出したのだ。
残照が大地に消え、辺りを夕闇が覆い始める。
気の早い星を眺め、少女がぽつりと呟いた。
「……これからどうしようかな」
もう、ノアに帰るべき場所はない。
先の見えない自由が、遥か先まで拡がっているだけ。
(一先ずは、人の暮らす土地に出るとしようかの)
「簡単に言うなぁ」
(旅の楽しみは食の楽しみ。 どうせ旅するならば、楽しまねばな)
「……そう、そうだね。 楽しまなきゃね」
飄々と答える魔王に苦笑を返し、ノアは立ち上がった。
襤褸切れのような服の埃を払い、大きく伸びをして――
世界を覆う宵闇の中、少女と魔王は歩き出した。




