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鉱山町の夜明け  作者: たかのふ


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「はぁ、はぁ……はぁ」


 狭い隧道の壁に、少女の影が伸びた。

 少女は破れた胸元を片手で押さえながら、じりじりとお尻で後ずさっていた。

 砂利混じりの土が、むき出しの肌に食い込んで痛い。

 殴られた頬が熱を持って脈打つ。 掌で押さえると、口の中に血の味が染みた。

 痛みと恐怖に麻痺していた思考が少しずつ戻ってはくるものの、手足も腰も力が抜けて立つことができない。

 少女の目の前で倒れ伏した男も、ぴくりとも動かなかった。 男の傍らに置かれたランプが、男の頭と濡れて光る耳の辺りを照らし出している。 傍らに転がっている大人の拳程もある石にも、同じ色がこびりついていた。


「は……早く、戻らないと」


 己を鼓舞するように呟く少女だが、やはり足は全く言うことを聞かない。

 ここを離れるためには、唯一の光源であるランプが必要だが、それを得るために、あの男の傍には近づきたくない――死んでいるにしても、まだ息があるにしても。


***


 大陸の中央を縦断する大山脈の麓で、少女は生まれ育った。

 魔石を掘る鉱山町は、荒くれた鉱山夫や労役を課された犯罪者、それを取り締まる賊まがいの役人で溢れかえっていた。

 少女はノアと呼ばれていたが、誰に名付けられたかは判らない。 ノアを産み捨てた実母かその娼館の主か、それとも同じような境遇の子供を集めた孤児院の院長が名付け親なのか、誰も教えてくれなかったから。


 ノアは片手の指で数える歳の頃に、鉱山主に売り払われた。 魔石の鉱山は常に人手不足に喘いでいて、年端も行かぬ子供は特に、貴重な働き手となったから。

 小さな子供は運ばれた土塊から魔石を選別する作業。 もう少し年が行くと、深い穴に潜って魔石の鉱脈を探す仕事に就く。

 不思議なことに、加工前の魔石は成人前の子供にしか探せない。

 こびり付いた土石を取り除いて、始めて魔石は大人の目に現れる。 純度の高い魔石は研磨されて力を秘めた宝飾品に、それ以下の等級のものは大きさによって選別される。 剣や鎧に力を付与するものや魔道具の動力に加工されるものは高い値がつき、そこにも引っ掛からないくず魔石は纏めて燃やされ、この鉱山の動力となる。


 今ノアの目の前で光を揺らめかせているランプもまた、くず魔石を加工したものだ。 粗悪なくず魔石で灯された光源は質が悪く、すぐに光が落ちてしまう。 真っ暗闇の中では、この縦横に巡らされた坑道を進むことすらできなくなる。


(終いの鐘が鳴るまでに、本道に戻れなきゃ……)


 昼夜の区別のない穴の中では、鐘の音が頼りだ。 人足の補充、食糧や水の配給、そして地上に帰還するトロッコが出発する合図。

 坑道の監督官は、一々人足の人数など数えない。 たどり着けなかった人数は帳面に記され、新たな人足を補充するだけ。

 目の前で倒れ伏している鉱脈探しの男や、彼の手駒として鉱脈を探っているノアがいなくなっても、誰も、何も変わらない。

 この鉱山で働き始めて十年近くなるノアは、そろそろ鉱脈探しの適正年齢から外れる年になっていた。

 おそらくはこの穴倉を最後に、地上で鉱石を砕くか、いくつものズリ山に残土を運ぶ作業に従事することになる。

 あるいは、多少見目の良い娘は、鉱夫相手の娼館に売られる。 ノアを買った鉱山主は、その心づもりだったかもしれない。

 以前から、ねっとりと嫌な視線をノアに向けていた、この男。 普段は数人の子供を率いる男が、今日に限ってノア一人を連れてきた。

 人けの少ない坑道のずっと奥深くで、男は跪いて鉱脈を探すノアに襲いかかってきたのだ――そして。


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