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LUMINESCENCE:PHANTOM ECHO  作者: ハナサワリキ
ニ・黎明
9/48

藍碧の記憶

「どうぞー」


 扉をノックすると、中から舞の明るい声が返ってきた。


 龍之介は無言でドアを押し開ける。


「どう? 燈の森は」


 部屋の奥の机に腰掛けたまま、舞は軽く問いかけた。

 片手には、いつものマグカップ。


「翔くんとは仲良くなれそう?」


 龍之介は何も答えなかった。


 沈黙が落ちる。


 舞はふっと短く息を漏らし、肩をすくめる。


「……そんな事より、綾ちゃんが心配か」


 その言葉に、龍之介の視線がわずかに揺れた。


 舞は立ち上がり、軽く身支度を整える。


「じゃあ、行こうか」


 そう言って、部屋を出た。


「ついてきて」


 龍之介は、黙ってその後を追った。


 ***


 燈の森の敷地を抜け、療養棟へと向かう。


 校舎の端を過ぎたあたりから、周囲の雰囲気が変わった。

 普通の学校の建物とは異なり、療養棟の入り口には厳重なセキュリティゲートが設置されていた。


 扉の前で舞が手をかざすと、電子音とともにロックが解除される。

 龍之介はその光景を静かに見つめた。


(……孤児院の施設にしては、やけに厳重じゃないか?)


 扉が開き、二人は中へ入った。


 そこは、校舎の古びた雰囲気とは全く異なる世界だった。


 白いタイルの床。

 無機質な壁。

 規則的に並ぶ機器の数々。


 温度管理が行き届いているのか、室内はひんやりとしていた。


 まるで、病院──

 いや、研究施設のような場所だった。


 龍之介は足を止め、無言で周囲を見渡す。

 学校の一部とは思えない設備の充実度。


 舞は何も言わず、静かに歩き続ける。

 龍之介も、黙って後を追った。


 長い廊下を進んだ先、ガラス越しに仕切られた一室が見えた。


「……綾」


 窓の向こうのベッドには、綾が横たわっていた。

 昨日よりは幾分か顔色が良くなっている。


 しかし、まだ意識は戻っていないようだった。


 龍之介はガラスに手をつき、じっと綾を見つめる。


「……会えないの?」


「意識も無いし、会っても話せないわよ」


 舞の言葉に、龍之介は無言のままガラス越しの綾を見つめ続けた。


「龍之介くん……ちょっと話したいことがあるの……」


 舞の静かな声が、後ろから聞こえた。


 龍之介が振り向くと、舞は少しだけ真剣な表情をしていた。


「こっちへ来て」


 そう言って、舞は別の部屋へと歩き出した。


 龍之介は、一度綾を見つめ、そしてゆっくりと舞の後を追った。


  舞に案内され、龍之介は別の部屋へと足を踏み入れた。


 そこは、雑然としていた。


 机の上、棚の中、床にさえも、さまざまな資料が散らばっている。

 ファイルや紙の束、端末の画面には数値やデータの羅列が映し出されていた。


 ……ここ、舞の部屋か?


 ふと、無造作に積まれた書類の端に、ある単語が目に入る。


 ルミナイト。


 翔のネックレス、そしてあの洞窟の光景が頭に浮かんだ。


「座って」


 舞の声に、龍之介は顔を上げる。


 部屋の隅、デスクとは別に置かれたソファに、舞は腰を下ろしていた。

 向かい合わせに、龍之介も無言のまま座る。


「龍之介くん……」


 舞は、ゆっくりと息をつくと、彼の目をまっすぐに見据えた。


「あの日、私たちがあなた達を見つけた日……一体何があったの?」


 龍之介は、わずかに眉をひそめる。


「………なんで?」


 舞は、一瞬だけ迷うような表情を浮かべた。


「綾ちゃんの体調不良……」


 そう言いながら、軽く髪をかき上げる。


「色々検査をしたけれど、原因が全く分からないの」


 龍之介は、無言のまま聞いていた。


「あなた達を助けた後、私たちはあの辺りを調べたの。

 そうしたら、近くの洞窟でルミナイト──こういった光る鉱石の鉱床を見つけた」


 舞はそう言うと、デスクの上に無造作に置かれていた鉱石を手に取った。


 かすかに光を帯びた、不思議な輝きを放つ鉱石。


「これがルミナイトよ」


 それを龍之介に見せるように、舞は手のひらに載せたまま差し出した。


 龍之介は、その石をじっと見つめる。


 ──これは、あの時の……


 龍之介の脳裏に、洞窟の光景が蘇る。


 静寂の中で、かすかに光る鉱石。

 瞳に藍碧色の光を宿す綾。そして、理屈では説明できない“力”の感覚。


 あの時、俺たちは……


 龍之介の拳が、わずかに握られた。


 舞は、手の中のルミナイトを軽く転がしながら言った。


「私は……アルカディアは、このルミナイトの研究をしているの」


 彼女の声が、少し硬くなる。


「この鉱石には、私たちがまだ解明できていない“未知のエネルギー”がある」


 龍之介は、無言で舞の手の中の鉱石を見つめる。


 かすかに光を放つ、不思議な鉱石。

 だが、それはただの光ではなかった。


 舞は、ふっと目を細めた。


「あの日、あなた達の目……このルミナイトと同じ色に光ってた」


 ビクッ。


 龍之介の肩が、わずかに震える。


「昨日、青波の光景を見たわよね?」


 舞の声の調子が、ほんの少しだけ変わった。


「壊滅状態だった。ほとんどの人が消え去って、痕跡すら残っていなかった」


 龍之介は、口を引き結んだまま黙っていた。


「……あの中で、あなた達のような子供が生き残るなんて──」


 舞は、言葉を切る。


 そして、龍之介をじっと見つめた。


「奇跡でも起きないとありえないわ」


 部屋の空気が、張り詰める。


 龍之介の拳が、無意識に強く握られる。


「あの日……」


 舞は、一拍の沈黙を置いた。


「何があったの?」


 語気をわずかに強めて、舞が再び問いかける。


 龍之介は、唇を噛んだ。


 何を言えばいいのか。

 どう説明すればいいのか。


 ──瞳に宿った藍碧色の光。

 ──自分の体を駆け巡った、理屈では説明できない”力”。


 思い出したくない。

 でも、思い出さずにはいられない。


 ──あの日、何があったのか。


「俺は……俺たちは、あの日……」


 重い口を開く。


「……あの日、洞窟で遊んでた。いつも通りだった」


「でも……突然、洞窟が地震みたいに揺れて、俺たちは閉じ込められたんだ」


 舞は静かに耳を傾けている。


「そしたら……洞窟の中の石が光って……身体が熱くなって……」


 龍之介は、無意識に拳を握る。


「綾の……綾の目の色が変わったんだ。そして、出口を教えてくれた」


 ──あの時の綾の目。

 暗闇の中で、藍碧色に輝いた瞳。


「あの時、綾が言った。岩を押せって」


 舞の視線が僅かに鋭くなる。


「……それで?」


「大きな岩だった……普通なら、動くはずないって思った。でも……また身体が熱くなって……」


 龍之介は、自分の両手を見つめた。


「……そしたら、岩が動いたんだ」


 部屋の空気が静まり返る。


 龍之介の言葉が、重く落ちた。


 舞は何も言わなかった。

 ただ、じっと龍之介を見つめていた。


 龍之介は、呼吸を整えるように一度深く息を吐いた。


「……それが、俺たちに起こったこと」


 舞は、ルミナイトの鉱石を手の中で転がす。


「綾ちゃんが、出口を”視た”……」


 その言葉に、龍之介が顔を上げる。


「そして、龍之介くんは”岩を動かした”……」


 ゆっくりとした口調で、舞は言葉を選びながら繰り返した。


「……それが、ルミナイトの影響だとしたら?」


 龍之介は、無意識に喉を鳴らした。


 何かが──

 何かが、変わってしまったのかもしれない。


 自分たちは、もうあの日以前と同じではないのかもしれない。


 沈黙が、部屋を満たしていく。


 「話してくれてありがとう」


 舞の声は、いつもの軽やかさをわずかに抑えていた。


「綾ちゃんに関しては、私たちに任せておいて」


 龍之介は頷かないまま、ただ黙って立っていた。


「あ、それと」


 舞は言葉を切り、軽く身を乗り出すようにして龍之介の目を覗き込んだ。


「この話は、絶対に他の人には話さないようにね?」


 その言葉が、釘を打つように突き刺さる。


 龍之介は何も言わず、扉の外へと出された。


 ***


 校舎へ向かう途中、翔がいた。


「あ、羽瀬くん」


 こちらに気づいた翔が、軽く手を上げる。


「どうしたの? 暗い顔して」


「……別に。なんでもない」


 龍之介は視線を逸らしながら、そう答えた。


 翔は少しだけ考えるような仕草を見せた後、ふっと微笑む。


「そうだ。いいところがあるから、ついてきて」


 そう言って、校舎の階段を登り始める。


 屋上の扉を開けると、強い夏の日差しが降り注いだ。


「こっち」


 翔が指差したのは、階段室の上。

 屋上の片隅にある、小さなコンクリートの建物だった。


「登れるのか?」


「もちろん」


 翔は、慣れた手つきでよじ登ると、軽々と屋上のさらに上へと足を踏み入れた。


「ほら、羽瀬くんも」


 龍之介は少し迷ったが、翔の後を追うように登った。


 そこからの景色は、想像以上だった。


 山の上にある校舎、その屋上のさらに上。

 視界を遮るものは何もなく、遠くまで見渡せる絶景。


 青々と広がる森の海、

 地平線の先に微かに見える町の影、

 そして──


「……LUX」


 遠くに、白くそびえ立つ建物群があった。


 昨日、ヘリから見た光景と同じ。


 龍之介は、じっとその方角を見つめる。


 翔は特に何も言わなかった。


 ただ、静かに寝転がる。


 龍之介も、ゆっくりとその隣に腰を下ろす。


 風が吹き抜ける。


 夏の日差しが肌を焼くように熱い。


 眩しい──けど、絶景。


 何も話さず、二人はただそこにいた。


 時間が流れる。


 ゆっくりと、夕日が空を赤く染めていく。

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