冷めたハンバーグ
龍之介は、部屋のソファに腰掛けながらテレビを眺めていた。
だが、画面の内容はほとんど頭に入ってこない。
何度も携帯のメッセージアプリを開き、綾に送ったメッセージを確認する。
——まだ、既読の文字は付いていない。
「……遅いな」
独り言のように呟く。
リモコンに手を伸ばし、テレビの音量を下げる。
無意識のうちに、足を組み替える。
検査に時間がかかることもあるだろう。
でも、それにしたって帰りが遅すぎる。
ふと、胸の奥で、言葉にならない不安がじわりと広がる。
龍之介は、一瞬迷った後、綾の番号をタップした。
プルルルルル……
呼び出し音が響く。
だが——綾は出ない。
いよいよ、不安が大きくなる。
何かあったのではないか——?
検査の結果が悪くて入院?
具合が悪くなって、どこかで動けなくなっている?
それとも——。
まさか、Noctaが……?
龍之介は、息を詰めた。
そして、すぐに首を振る。
悪い想像を振り払うように。
「病院……」
そうだ。
綾は病院に行くと言っていた。
まずは——病院に連絡してみよう。
「もしもし、ちょっとお聞きしたいんですが、今日そちらに結代綾という女性が行っていませんか?」
電話口の向こうで、受付の人が何かを確認する気配がする。
「はい、はい……そうですか……ありがとうございます……」
通話を切る。
「……もしもし?」
次の病院へ。
さらにもう一つ。
——だが、どこにも綾は行っていない。
龍之介の手が、無意識に強く拳を握る。
(どういうことだ……? 綾は病院に行ったんじゃないのか?)
不安が、さらに大きく膨れ上がる。
胸の奥に、冷たいものが広がっていく。
——その時、ふと思い出す。
(そういえば、近くに駐在所があったはずだ)
警察に聞けば、何か分かるかもしれない。
思いついた瞬間——
龍之介は、迷わず表へ飛び出した。
***
「はぁ、はぁ……」
息を切らせながら、駐在所の前に立つ。
だが——
そこには、一枚の看板が掛かっていた。
『パトロール中です。』
一瞬、頭が真っ白になる。
「くそっ!」
拳を握りしめ、歯を食いしばる。
焦りが募る。
このままじっとしているわけにはいかない。
(とにかく……探そう……!)
綾の行きそうな場所——
スーパー。
コンビニ。
お気に入りのカフェ。
本屋。
——どこにも、いない。
街灯の下で、携帯を取り出す。
もう一度、綾に電話をかける。
呼び出し音が、ただ空しく響く。
出ない。
出ない。
出ない。
嫌な予感が、じわじわと胸の奥を蝕んでいく。
***
「綾! 綾!!」
声が枯れるほど叫ぶ。
だが——
「うるせぇ!」
アパートの窓から住人に睨まれ、龍之介は奥歯を噛みしめた。
喉の奥に苦いものが込み上げる。
もう何時間探したか分からない。
思いつく限りの場所を回り続けた。
それでも、綾の姿はどこにもない。
ポケットから携帯を取り出し、画面を確認する。
『着信なし』
指先に力が入り、画面を強く握りしめる。
何度掛けても、綾は出ない。
ふと、空を見上げる。
夜の闇が、わずかに白んできていた。
冷えた空気が、じわじわと体に染み込む。
(もしかしたら……家に帰っているかも)
(俺がいなくて、心配しているかも)
そうだ、きっと——。
龍之介は最後の望みをかけるように、自宅へと急いだ。
***
「綾!」
玄関を開けるなり、靴を脱ぎ捨て、部屋へ駆け込む。
だが——
綾の姿は無い。
静まり返った部屋。
龍之介の呼吸だけが、やけに大きく聞こえる。
テーブルの上には、誰も手をつけていない、冷めたハンバーグが置かれていた。
「……どこに行っちまったんだ………」
膝が力なく崩れる。
焦りと疲労が、一気に押し寄せる。
その時——
龍之介の電話が鳴った。
(綾!?)
心臓が跳ねる。
息を詰め、ポケットに手を伸ばす。
指先が、わずかに震える。
急いで携帯を取り出し、画面を確認する——
——知らない番号。




