捩れた糸
「……終わった、のか?」
龍之介が息を整えながら呟く。
だが——晴れやかな気持ちにはなれなかった。
NoctaはなぜLUXを襲ったのか。
クロウの胸に埋め込まれていたルミナイト。
突然の暴走。
そして——
クロウが言いかけた言葉。
『だまされ……』
(だまされ……た? 一体誰に?)
戦いは終わったはずなのに、龍之介の胸には消えない疑問が残る。
それは、勝利の余韻をかき消すように、心の奥へと靄を広げていった。
「いてて……」
——その声に、龍之介の思考が途切れる。
(綾!)
慌てて声の方を向くと、綾が頭に手をやりながら、ゆっくりと起き上がってきた。
「大丈夫か!?」
龍之介は咄嗟に綾の元へと駆け寄り、立ち上がるのを支えた。
綾はまだ少しふらついていたが、大きな怪我は無さそうだ。
「……酷いね……」
綾が、戦場を見渡しながら呟く。
龍之介も、振り返る。
そこには——
敵も味方も関係なく、クロウに狩り尽くされた多くの遺体が転がっていた。
静寂が広がる。
焦げた地面。
途切れた息吹。
生々しく残る戦いの爪痕が、すべてを物語っていた。
「……助けられなかった……」
龍之介の声は、かすかに震えていた。
その言葉に、綾は首を横に振る。
「ううん、龍ちゃんは……助けてくれたよ」
龍之介の手を取り、綾は真っ直ぐに目を見つめた。
「ありがとう」
その声は静かだったが、確かな想いが込められていた。
綾の手は少し震えている。
けれど、温かかった。
その温もりが、龍之介の心に染み渡る。
ほんの少しだけ、胸に広がっていた靄が晴れた気がした。
「……そうだぜ、龍之介……いてて……」
不意に聞こえた声に、龍之介が顔を上げる。
「ええ、全ては救えなくても……助けられた命もあるわ」
互いに肩を支え合いながら、ジェイクとナディアが歩いてくる。
「ジェイク! ナディア!」
龍之介は思わず駆け寄った。
「無事なのか?」
「ああ、おかげさんで何とかな」
ジェイクが肩を軽く回しながら言う。
「フィールドが消えたおかげで、ATDも復活した」
ナディアが続ける。
「街の方はすでに鎮圧されて、入り口のフィールドも消えたそうよ」
「もう少ししたら救護班も来るだろう……」
ジェイクは、荒れ果てた戦場を見渡しながら呟く。
「まだ助かる奴もいるかもしれねぇ」
だが、その表情はどこか険しかった。
「……しかし、とんでもねぇ野郎だったな」
ジェイクがクロウが倒れた方角を見やる。
ナディアも小さく息を吐きながら頷いた。
「あれはどう見ても、ただの適合者ではなかったわね」
その言葉に、綾がふと不安そうに顔を上げる。
「あの人は……どうなったの?」
龍之介がクロウを見据え、静かに答える。
「死んではいないはずだ」
拳を握りしめながら、言葉を続ける。
「目を覚ましたら——聞かなきゃならないことが、山程ある」
ジェイクが顎をしゃくりながら言う。
「また暴れ出されちゃ面倒だ、縛るなりしておいた方がいいんじゃねぇか?」
その瞬間——
ガラッ——
瓦礫が崩れる音が響いた。
「ぐ……ぁ……」
「こいつ、まだ——」
ジェイクが低く呟く。
3人が一斉に身構える。
「く…そぉ……」
クロウが上体を起こそうとする。
だが、力が入らないのか、立ち上がることはできず、苦しげに呻いた。
その瞳はまだ赤黒く充血している。
しかし、先ほどまでの狂気とは違う何かが宿っているように見えた。
「お、俺たちは…捨て駒に…された!」
立ち上がるのを諦め、クロウはそのままの姿勢で顔を歪める。
龍之介が眉をひそめる。
「どういう事だ?Noctaの狙いは何だったんだ!?」
クロウは苦しげに息を吐きながら、歯を食いしばる。
「違う!お、俺は…俺たちは……騙され…たんだ!」
その瞳は悔しげに揺れ、絶望と後悔の色が見える。
「ア、アルカディアは……ぐぁっ」
突然、クロウの目が大きく見開かれる。
その瞬間——
空気が歪んだ。
クロウの顔の周りに、わずかな揺らぎが生じる。
まるで、熱気が立ち上るように、空間が不自然に歪んでいた。
シュオッ——
何かが弾けるような音。
次の瞬間——
クロウの頭が消えた。
ドサッ——
頭を失ったクロウの身体が、そのまま力なく後ろへ倒れ込む。
「なっ……!」
突然の出来事に、その場にいる全員が凍りついた。
誰もが息を飲み、状況を理解しようとする。
沈黙を破ったのは——綾だった。
「翔くん……」
かすかな震えを含んだ声。
龍之介がその名を聞いて振り向く。
——そこに翔が立っていた。
藍碧に輝く瞳。
研ぎ澄まされた静寂を纏い、彼は無表情のまま佇んでいる。
「翔……お前……」
龍之介は息を詰まらせながら、言葉を絞り出した。
「お前がやったのか……?」
「ああ、そうだ」
翔は落ち着いた声で答えた。
冷静すぎるほどに、淡々とした口調だった。
「な……何で……」
龍之介の思考が追いつかない。
目の前で起こった出来事を理解しようとしても、頭が混乱していた。
翔がゆっくりと口を開く。
「先程LUXが妙な光に包まれただろ? あの光で僕のルミナセンスが覚醒したんだ」
勝ち誇るような、自信に満ちた声。
龍之介は、思わず拳を握る。
「そうじゃない! なぜ殺したんだ!?」
怒りに駆られ、翔へと詰め寄る。
「ああ」
翔はわずかに目を細め、肩をすくめるように言った。
「奴は危険分子だろ? この惨状も奴の仕業じゃないのか? なら、死んで当然だろう」
まるで、何の感情もなく事実を語るかのように——当然のように言い放った。
龍之介の拳が震える。
「翔……お前、一体どうしちまったんだ?」
目の前にいるのは、かつての翔ではなかった。
どこか別の人間になってしまったかのような、冷たさと、歪んだ確信があった。
翔はほんのわずかに口元を歪め、
「……“お前”には分からんさ」
そう、静かに呟いた。
——沈黙が落ちる。
クロウの亡骸、荒れ果てた戦場、血の匂いがまだ残る空気。
そして——翔の冷たい瞳。
事件は決着した。
だが、それを「勝利」と呼ぶには、あまりにも苦すぎた。
龍之介の胸には、燃え残る疑問と、拭いきれない違和感が重くのしかかる。
翔が何を思い、何を感じているのか——今の龍之介には、理解できなかった。
しかし、何かが決定的に狂い始めている——それだけは確かだった。




