覚醒
クロウが、一気に距離を詰める。
鋭い踏み込み。
「クゥゥゥ……!」
低く唸るような声とともに、手刀の突きが繰り出される。
龍之介は反射的に身を捻る。
耳の横を風が切る。
間髪入れず、狂気に満ちた速さで繰り出される突きの連撃。
「ッ……!」
龍之介はギリギリのタイミングで、それを躱し続ける。
最小限の動きで、確実に回避する。
——その時。
クロウの顔が、一瞬だけ歪む。
動きが鈍った——
「はぁッ!!」
クロウの腹に拳を突き刺す。
衝撃が、拳を通して響く。
さらに、流れるように回し蹴りを叩き込む!
ドガッ!!
クロウの体が吹き飛び、地面を転がる。
荒い息を吐きながら、クロウがゆっくりと起き上がる。
その胸が、大きく上下している。
ゴフッ——
クロウの口からドス黒い血が吹き出した。
龍之介は一瞬、拳を握り直す。
だが、これは自分の攻撃によるものではない。
(……何かに、内側から侵食されている……?)
まるで身体そのものが壊れかけているかのようだった。
だが——クロウはそれを気にする素振りすら見せない。
ただ、狂気に染まった瞳で龍之介を睨みつける。
(……様子がおかしい。)
動きが鈍っている気がする。
クロウが、再び飛び出した。
だが——
(やはり……)
その動きには、先ほどのような鋭さがない。
龍之介は突進を躱す。
すれ違いざま、クロウの背後に回り込み、拳を振りかぶる——
——その時。
『殺せ……』
クロウの言葉が、脳裏に蘇る。
『お前は助けろ。』
ジェイクの言葉。
目の前で崩れ落ち、二度と動かなくなった——あの時の暴徒たち。
一瞬で、無数の記憶が龍之介の頭を駆け巡った。
拳を振り下ろそうとした腕が、止まる。
代わりに——
龍之介は拳を解き、クロウの背後から羽交い締めにした。
「もうやめろ、クロウ!!」
全身の力を込め、暴れるクロウを抑え込む。
「これ以上は無意味だ……」
龍之介は必死にクロウを抑え込みながら、低く絞り出すように言った。
「俺には……殺すなんてできない……」
「……龍ちゃん」
二人の戦いを見守っていた綾が、かすかに呟いた。
「クァァァァァ!!」
クロウが再び激しく暴れる。
「くそっ! 大人しくしろ……! クロウ!!」
だが、徐々に——クロウの力が弱まっていく。
「グァ…ァ……ぁ……」
荒い呼吸。
そして、赤黒く染まっていた瞳に、わずかに意思の光が戻った。
「……ぁ……甘いな……犬っ……コロ……」
震える声で呟くクロウ。
「クロウ! 頼む、そのまま……!」
龍之介は必死に呼びかける。
だが——
クロウは、かすかに笑った。
「お、俺は……もう……引き返せん……」
「くっ……そ……ぅ……」
声が震える。
そして——
「だ…だまさレ……グォァァァァ!!」
再び狂気の咆哮が響き、クロウの体が暴れ出した。
「クロウ!!」
龍之介が叫んだ、その瞬間——
クロウの瞳がさらにどす黒く染まる。
——ビリビリビリッ!!
次の瞬間、全身から激しい電撃が放たれた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
凄まじい衝撃が龍之介の腕を焼く。
それはクロウ自身の身体すら焦がすほどの、制御を失ったエネルギーの奔流だった。
耐えきれず、龍之介の腕が緩む。
「龍ちゃん!!!」
綾の声が響いた。
その瞬間——
クロウの動きが止まる。
「綾! 逃げろ!!」
龍之介の声が響くより早く——
クロウは、跳んだ。
目の前の標的に向かい、一直線に。
——綾が、動かない。
迫る異形を前に、咄嗟に動こうとするが身体がすくむ。
(……あの悪夢は……これだった……)
(……私が……死ぬ……)
「綾ぁ!!!!」
龍之介が叫ぶ。
クロウの腕が、綾を貫かんと振りかぶられた——
——瞬間。
ドクンッ。
龍之介の心臓が激しく鼓動する。
——全身の血が熱を帯び、駆け巡る。
全身が熱を持ち、心臓がはぜるように脈打った瞬間——視界が藍碧に染まる。
龍之介の感覚が極限まで研ぎ澄まされる。
考える間もなく、身体が動いた。
世界が静止したように、すべての動きがスローモーションになる。
——いや、違う。
龍之介の研ぎ澄まされた感覚が、世界をそう見せている。
刹那——
龍之介はクロウの前に立ちはだかる。
拳を握る。
静かに、藍碧の粒子が拳に収束していく。
「だあああ!!」
龍之介の拳がクロウの顔面を撃ち抜く。
——時が動き出す。
同時に、龍之介の軌跡を追うように、吹き荒ぶ突風。
衝撃に煽られ、綾が後方へと弾き飛ばされる。
龍之介の拳がクロウの顔面を貫いた瞬間、空気が震えた。
グシャアッ!!!
鈍い音と共に、クロウの顔面が歪み、拳の衝撃が身体を捻じ曲げ、大きくひねられながら吹き飛ぶ。
地面を転がり、荒れ狂うように暴れるクロウの体が、瓦礫の山に突っ込み、砂埃を撒き散らす。
龍之介は息を荒くしながら、前に突き出した拳を緩め、その姿を見据えた。
衝撃でクロウの端末が壊れたのか、ルミナスフィールドがゆっくりと消えていく。
あれほど張り詰めていた空気が、少しずつ緩んでいった。




