慟哭
「くそっ! 一体何が起きたんだ!?」
龍之介は荒れた息を整えながら、目の前の異様な存在を睨みつけた。
「クァァァァ!!!」
クロウが獣のような雄叫びを上げる。
その赤黒く光る瞳が、正に血に飢えた獣そのものだった。
胸に脈打つルミナイト。
まるで、暴走するかのように脈動を繰り返し、抑えきれないエネルギーが漏れ出していた。
「うわぁっ!」
敵も、味方も関係ない。
「助けてくれ!」
目の前にいる者すべてに襲い掛かり、容赦なく命を刈り取っていく。
「このままじゃ、敵も味方もみんな殺される…」
龍之介の拳に力が入る。
たまらず飛び出そうとした、その瞬間——
「龍ちゃん、待って!」
綾が龍之介の腕を掴んだ。
「行かないで……嫌な予感がするの……!」
綾の瞳が揺れる。
龍之介は拳を握りしめたまま、目の前の戦場を見据えた。
「でも……このままじゃ、みんなやられちまう!」
視線の先、ジェイクとナディアがルミナスフィールドの影響で倒れ伏している。
苦しそうに息をする彼らを見て、綾は唇を噛み、目を伏せた。
龍之介は彼女の肩にそっと手を置き、まっすぐに言う。
「大丈夫。俺が綾も、みんなも守る……信じてくれ」
その言葉に、綾の記憶が蘇る。
幼い頃から、ずっと龍之介は自分を守り続けてくれた。
未来視で見えた絶望的な未来ですら、龍之介は覆してきた。
「……分かった……」
彼女は小さく息を吐く。
「でも、絶対無事で戻ってきてね……」
龍之介は一瞬だけ微笑み——
「ああ、約束だ」
そう言い残し、クロウの元へと飛び出した。
(龍ちゃん……)
綾は祈るように、震える手で胸元の鈴を握りしめた。
「クロウ!」
龍之介が叫ぶ。
その声に反応するように、歪な動きでクロウが振り返った。
赤黒い瞳が、じっと龍之介を捉える。
「クォォァァァァァ!!」
獣のような咆哮。
次の瞬間——
クロウが一直線に突進してきた。
(速い…!)
先ほどまでとは比べものにならない速度。
まるで限界を超えたように、重力を無視し、空気さえも引き裂くような速さで迫ってくる。
龍之介の反応が一瞬遅れる。
シュッ——
ビリリッ!!
「ぐあっ!」
避けきれず、クロウの手刀が胸部をかすめた。
同時に、激しい電撃が全身を駆け抜ける。
体が弾かれ、地面を転がる。
「くそっ……なんだ…!? さっきまでより強くなってる…!?」
痛む胸を押さえながら、龍之介は立ち上がる。
クロウの身体を見た瞬間——異様な違和感が背筋を駆け上がった。
赤黒い霧が、クロウの全身から立ち上っている。
ただの蒸気ではない。
まるでドス黒いオーラを纏ったような、圧倒的な気配。
その気配が、空気の流れを歪め、周囲の空気が重くなった。
その異様な姿に、龍之介の喉が詰まる。
「あのオーラは一体……」
龍之介が警戒しながら呟いた、その時——
「………ロ…………コロ」
微かに、何かが聞こえた。
「……?」
誰の声だ?
風の音か——いや、違う。
「…犬……コロ………ころ…せ」
クロウの声。
龍之介の背筋が凍る。
クロウの口が、かすかに動いていた。
苦しみ呻くような、掠れた声。
クロウの瞳が、一瞬だけ意識を取り戻したかのように揺らいだ。
「犬っコロ……俺を……こロ……セァァァァァ!!」
だが、その刹那。
再び狂気に染まり、光を失う。
赤黒い瞳が、龍之介を捕捉する。
もはや理性など微塵も感じられなかった。
龍之介の表情に、わずかな動揺が滲む。
——一瞬の隙。
ドガッ!!
強烈な蹴りが飛んでくる。
「ぐっ……!」
龍之介は咄嗟に腕を構え、衝撃を受け止める。
だが——重い。
まるで太い丸太で振り抜かれたかのような衝撃が、腕を貫く。
腕が痺れ、地面に足を押し付けなければ吹き飛ばされる勢いだった。
続け様に、クロウの手刀が鋭く繰り出される。
「くっ……!」
龍之介は懸命に腕で弾く。
だが、一撃、一撃が身体の芯まで響くように重い。
単なる力の向上ではない。
まるで、命を燃やしているかのような……狂気的な攻撃。
龍之介の呼吸が荒くなる。
防いでいるだけで、確実に削られていくのがわかる。
だが——龍之介は違和感を覚えていた。
先ほどまでのクロウは、緩急をつけ、フェイントを織り交ぜながら戦っていた。
相手の隙を見極め、的確に攻撃を仕掛ける戦闘のセンスがあった。
今目の前にいるそれは——
フェイントもなければ、駆け引きもない。
あるのは、無造作な暴力だけ。
意思のない攻撃。
(……もしかしたら——)
龍之介は、突き出される手刀をギリギリで見極める。
一瞬、踏み込んだ。
そして——
クロウの顔面に、鋭いカウンターを叩き込む。
グシャアッ!!
鈍い音が響いた。
龍之介の拳がクロウの顔面を完璧に捉える。
衝撃でクロウの体が捩れ、回転しながら吹き飛ぶ。
地面を転がり、荒々しく瓦礫の中へ叩きつけられた。
「やっぱり……」
龍之介は拳を握り直した。
クロウの動きの速さ、攻撃の重さ——確かに桁違いに強くなっている。
だが、戦闘の質が変わっていた。
今のクロウの攻撃は、ただの機械的な暴力にすぎない。
緩急もなければ、駆け引きもない。
(……これなら、いける。)
そう確信した瞬間——
脳裏に先程のクロウの言葉が蘇る。
『殺せ……』
確かにそう言っていた。
それは、一瞬だけクロウの瞳に宿っていた微かな意思。
(やれるのか……?)
拳を固く握る龍之介。
目の前、瓦礫の中からクロウがゆっくりと立ち上がる。
体は傷つきながらも、赤黒い霧を纏ったまま、再び龍之介を見据える。
胸の奥に、かすかな迷いを感じながら、龍之介は身構えた。




