崩れた世界の中で
「……これは……想定を遥かに超えている」
舞はヘリの窓越しに、眼下の光景を見下ろした。
かつて、町だった場所。
今はただの、灰色の大地。
爆風に吹き飛ばされたのか、建物の残骸すらほとんど見当たらない。
いや──それだけではない。
土地の形そのものが、歪んでいた。
隆起し、裂け、焼け焦げた地表は、もはや地図の輪郭を嘲笑うかのようだった。
「……想像以上の被害ですね」
隣席の研究員が、小さく息を呑む。
機内には、調査班と最小限の救助班が同乗していた。
全員が防護服をまとい、会話は内部通信を通して行われている。
舞はヘルメットのバイザー越しに計器を確認し、眉をひそめた。
──放射線量が、異常に低い。
原発事故直後なら、本来は危険な数値が検出されるはず。
けれど、計器が示すのは通常値をわずかに上回る程度だった。
「……やはり、ルミナイトが関係している可能性が高いか」
──ルミナイト。
この地で発見された、未知の鉱石。
舞たちアルカディアの研究班が数年にわたって追い続けてきた、特異な物質。
しかし。
今回の“災害”で、それが何をもたらしたのかは未知数だった。
「主任、地表の状況を直接確認したほうがよさそうです」
「そうね。降下準備を」
パイロットが低空ホバリングに切り替える。
機体がわずかに揺れ、振動が足元から伝わった。
「生存者を発見!」
通信機越しに飛び込んできた声に、舞の視線が即座に地表を捉えた。
崩れた地形の中──
二つの影があった。
互いに、寄り添うように立ち尽くしている。
「……子供?」
「すぐに降ろして。救助に向かうわ」
パイロットが即座に機体を降下させる。
地表から吹き上がる灰が、窓を曇らせた。
ヘリが降り立つと、救助隊が即座に飛び出した。
舞もそれに続き、地表に足をつける。
──熱が、足元から伝わった。
焼け焦げた大地は、まだわずかに熱を帯びている。
それでも、あたりはあまりに静かだった。
灰色の空の下、風が吹き抜ける音だけが響いていた。
そして。
視界の先──
二人の子供がいた。
少年と、少女。
砂埃にまみれ、傷だらけの二つの影。
少女は、かすかに口を開く。
けれど、声にならない。
唇が震え、わずかに後ずさった。
少年が、前に立った。
痩せた体を張り、少女を庇うように。
泥と血で乱れた黒髪。
破れた服の隙間から、痣のような傷がのぞく。
少女は、その袖を小さく握りしめていた。
「……龍ちゃん……こ、怖い……」
その声に。
少年は、震える唇を引き結んだ。
「……あんたら、誰だよ……?」
震える声。
けれど、わかった。
──守ろうとしている。
舞は、一歩、踏み出した。
その瞬間。
「こっちに来るな!」
少年が、叫んだ。
その声は、震えていた。
けれど、強がりだけではなかった。
──恐れているのだ。
助けを、ではなく。
何をされるのか、わからないことを。
少年が、小さく呟いた。
「……なんだよ、これ……」
まるで世界の崩壊を、いま初めて理解したかのような声。
「お父さん……お母さん……」
少女の声が、かすかに、崩れた。
その瞬間──
少女の膝が折れる。
少年が咄嗟に支えた。
けれど──
少年自身も、立っているのがやっとのように見えた。
極度の疲労と衰弱。
限界は、もうすぐそこにあった。
舞は、一歩、踏み出した。
少年は、もう、抵抗しなかった。
ただ、震えるように息を吐いていた。
その時。
舞の視線が、二人の瞳に吸い寄せられた。
──藍碧色の光。
舞の呼吸が、止まった。
ただの光の反射じゃない。
確かに。
瞳が──発光していた。
──ルミナイトと、同じ藍碧色。
「……ッ!」
その瞬間──
少年の身体が、ふっと力を失った。
少女も、それに続くように、ゆっくりと倒れ込んだ。
瞳の光が、消える。
「意識がない……!」
「救助班、担架を!」
舞の指示が飛んだ。
隊員たちが即座に駆け寄り、二人を慎重に担ぎ上げる。
「急いで搬送するわ」
ヘリのエンジン音が、再び唸りを上げた。
舞は。
担架で運ばれる少年と少女を、ただ無言で見つめていた。
──あの瞳の色。
ルミナイトと、同じ藍碧色。
今まで。
あの鉱石が人体に何らかの影響を及ぼすと証明されたことはない。
だが。
それが「絶対にない」とも──言い切れない。
「……何が、起きているの?」
その問いは。
誰かへのものではなかった。
自分自身への問いだった。
──この二人は。
ただの被災者じゃない。
その考えが、頭から離れなかった。