死を告げる黒き影
ジェイクとナディアと別れ、龍之介は綾のいる研究棟へと向かっていた。
「綾……無事でいてくれ……」
不安を押し殺しながら走る。心臓の鼓動が、焦燥を煽るように速まっていく。
その時、背後から低いエンジン音が迫ってきた。
ATT-V——ARCの装甲車両が横付けされ、隊員の一人が窓から身を乗り出す。
「おい、龍之介! 乗れ!」
迷う暇はなかった。龍之介は走りながら手をかけ、車両の後部座席へと飛び乗る。
「状況はどうなってる?」
荒い息を整えながら尋ねると、隊員は険しい表情で答えた。
「敵の数は多くないが、手練れだ。街での騒ぎに対応するため、LUX内の隊員はほぼ出払ってる。ATDの機能も一部が使えなくなっていて、応戦が難航してるって話だ」
「研究棟は無事なのか?」
「奴ら、最初は研究棟を襲ってたらしいが、すぐに目標を本部に切り替えたようだ」
その言葉に、龍之介の背筋が凍りつく。
「なんだと!? じゃあ研究棟の連中は……?」
龍之介の問いに、隊員はわずかに眉を寄せながら答えた。
「分からん……ただ、研究棟の奴らも避難指示は出てたはずだ」
その言葉に、龍之介は強く握りしめた拳をゆっくりと緩め、僅かに息を整える。
「……なら、綾も……無事、か……?」
胸の奥にある不安を押し込めるように、自分に言い聞かせるように呟いた。
(けど……なぜ本部が狙われてる? Noctaの目的はなんなんだ……?)
研究棟ではなく、急遽本部にターゲットを変えた敵。
その判断の裏にある意図を考えようとするも、答えはまだ見えない。
昼下がりの陽光がLUXの建物群を照らす中、ATT-Vは施設内の道を駆け抜け、本部へと向かっていた。
***
「本部が見えてきたぞ!」
前席の隊員が声を上げる。
龍之介が視線を向けると、LUX本部の前庭にある広大な駐車場が戦場と化していた。
黒い戦闘服を纏ったNoctaの戦闘員たちが、ARCの隊員と激しく交戦している。
銃声とエネルギー兵器の閃光が交錯し、地面に無数の焦げ跡が刻まれていた。
「あれは……本部が占拠されてるのか!?」
龍之介が思わず身を乗り出す。
「いや、本部には頑丈な隔壁があるはずだ。あの様子だと、敵はエントランスで足止めを喰らってるんだろう」
隣の隊員が冷静に答える。
確かに、本部の入り口は厚い装甲シャッターによって防御されている。
Noctaの兵士たちは正面突破を試みているようだが、突破口を開くには至っていない。
「なら、敵が本部に突入する前になんとかしなきゃか……」
龍之介は歯を食いしばりながら状況を分析する。
Noctaの兵士たちは街で暴れていた雑多な連中とは違う。統率が取れ、訓練された動きだ。
このまま正面から突っ込めば、ひとたまりもない。
だが、悠長に構えていれば敵は本部の隔壁を突破し、LUX本部が占拠される。
時間はない——どうする?
ATT-Vの中から戦場を見渡しながら、龍之介は考えを巡らせる。
手持ちの武装だけでは戦況を覆せない。
ならば、何か——。
その時、視界の端に映ったのは、駐車場に停められた一台の小型トラック。
——あれだ!
龍之介の脳裏に、一つの策が浮かぶ。
「あのトラックの横につけてくれ!」
龍之介が運転席の隊員に叫ぶ。
「……? どうするつもりだ?」
「早くしろ!」
緊迫した声に、隊員は一瞬戸惑いながらも即座に指示に従う。
「……了解!」
ATT-Vがトラックの横に滑り込むように停車する。龍之介はすぐさま車外へ飛び出した。
「これから敵に隙を作る! その間に、他の連中と一気に攻め込め!」
駐車場に響く龍之介の声に、隊員たちが振り向く。
「隙ったって、何をするつもりだ!?」
「いいから、他の連中に伝えてくれ!」
龍之介の言葉に、隊員は歯を食いしばりながら頷き、交戦中の部隊のもとへと駆け出す。
敵の猛攻の中、龍之介はエネルギーナックルを装着した拳を固く握りしめ、目の前のトラックを睨みつける。
「ふぅ…いくぞ…!」
ひとつ息を吐き、意識を集中させる。
全身の血流が逆流するような感覚。熱が脈打ち、体の奥から湧き上がる力が、右腕に集中していく。
——瞳が藍碧に輝いた。
ナックルの表面が青白く発光し、エネルギーの余波が周囲の空気を震わせる。
「……おおおおおっ!!!」
次の瞬間——
龍之介の拳がトラックの側面に叩き込まれる。
——べコォォォンッ!!!!!
鋼鉄のボディが、一瞬にして拳の形に歪む。
叩き込まれた衝撃がフレーム全体に波紋のように広がり、車体が軋みを上げる。
「——なっ……!?」
Noctaの戦闘員たちが、目を見開く。
——ゴゴゴッ!!!
宙に浮いたトラックが回転しながら、Noctaの隊列へと一直線に飛んでいく。
「逃げろ!!!」
誰かが叫ぶ間もなく——
ドガァァァァァンッ!!!!
トラックが地面に激突し、衝撃波が爆風のように駐車場を吹き抜ける。
爆音と共に土煙が舞い上がり、Noctaの隊員たちは一斉に吹き飛ばされた。
龍之介は、ゆっくりと拳を解く。
「……っはぁ……」
白い息が、熱を帯びて宙に消える。
土煙の向こうで、敵の隊列は完全に乱れていた。
「今だ!制圧しろ!!」
ARC隊員の声が戦場に響く。
龍之介の奇策により、拮抗していた戦況が一気に動いた。
「押せぇぇ!!」
ARC隊員たちが一斉に銃撃を開始する。
パルスライフルが唸り、次々とNoctaの戦闘員が崩れ落ちた。
劣勢を悟った敵の隊列が乱れ、混乱が広がっていく。
「よし!これで——」
勝利を確信しかけたその時——。
——ゾクリ。
龍之介の背筋に、鋭い寒気が走った。
次の瞬間——
「ぐああっ!!」
悲鳴が響く。
それまで鳴り響いていた銃声が、一瞬だけ止んだ。
まるで、何か得体の知れないものが戦場に降り立ったかのように。
龍之介の視線が、自然とそこへ引き寄せられる。
——視界の先。
隊員の胸を貫いたまま、静かに佇む男の姿があった。
黒い戦闘服、紫がかった黒髪、病的なほど青白い肌。
——そして、藍碧に輝く瞳。
「クロウ……!」
隊員の体がズルリと崩れ落ちる。
クロウは血に濡れた手を払うと、無造作に指を鳴らした。
「……楽しいショーだったぞ」
その声は静かで、だが研ぎ澄まされた刃のような冷たさを孕んでいた。




