藍碧の乱入者
LUXの巨大な建物が視界に入り始めたその時——
「ありゃ……なんだ?」
ジェイクがHUD越しに何かを確認し、眉をひそめる。
龍之介も視線を向けると、LUXの入り口付近に異様な光景が広がっていた。
——ドーム状に広がるルミナイト反応。
青白い光の波が、LUX入り口の中心から外へと広がっている。
まるで、そこに見えない境界線が形成されているようだった。
ナディアが、わずかに口元を歪めながら呟く。
「あらら……なんだか、まずそうね……」
龍之介の心臓が早鐘を打つ。
(……綾が……あの中にいる……!)
「止まってらんねぇ! 突っ込むぞ!!」
怒鳴るように言い放つと、アクセルをさらに踏み込んだ。
「おい! 待て!!」
ジェイクの叫びと同時に、ATT-Vがドームの境界を突破した——。
次の瞬間——
ビリッ……!!
HUDに強烈なノイズが走り、視界の情報が一瞬にして消えた。
「……!?」
車内に警告音が鳴り響く。
ATT-Vの計器類が一斉にブラックアウトし、エンジンが急停止する。
「なんだ!?」
龍之介が叫んだ瞬間、ハンドルが完全にロックされる。
「うわっ……!!」
重量のあるATT-Vがコントロールを失い、タイヤがスリップする。
——車体が激しく横転。
「うおぁ!!」
「きゃっ!!」
ジェイクとナディアの声が混じり、ATT-VはそのままLUXの入り口を超え、回転しながら吹き飛ばされた。
地面を跳ねるように転がりながら、激しい衝撃音と共にようやく停止する。
——静寂。
車内には、金属の軋む音と、砂埃の舞う気配だけが残っていた。
「くそっ……」
車体のドアが激しく開く音。
龍之介が、体の痛みを無視して這いずり出る。
「くそっ!! 2人とも、大丈夫か!?」
彼らを包むのは、静かすぎるLUXの入り口。
横転したATT-Vの周囲に、異様な静寂が広がる。
だが、それはただの静寂ではなかった——。
「……くそっ、なんだこりゃ……」
ジェイクが苦しげに呻きながら、車内から這い出してきた。
普段なら軽口を叩くはずの彼の顔が、苦痛に歪んでいる。
ナディアも、片手を地面についてゆっくりと起き上がる。
だが、その動きは、まるで何かに押さえつけられているかのように鈍い。
「身体が……重い……?」
ナディアの呟きに、龍之介が振り向く。
彼女は額に手を当て、視線を迷わせながら息を整えていた。
ジェイクもまた、拳を握りしめながら顔をしかめる。
「くっ……なんだこれ……耳鳴りもひでぇ……視界がぼやける……」
——だが、龍之介は何も感じなかった。
「なんなんだ……俺は、なんともないぞ?」
その言葉に、ジェイクとナディアの視線が龍之介へと集中する。
一瞬、二人の表情に違和感が浮かんだ。
「……分からん……」
ジェイクが息を荒げながら、歯を食いしばる。
「分からんが、とりあえず、お前は先に行け!」
「いや、でも……!」
龍之介が言いかけるが——
「俺らも後から追いつく! 嬢ちゃんがいんだろ?」
ジェイクの声が鋭く響く。
——その一言で、龍之介の迷いは断ち切られた。
「……くそっ……分かった、先に行く」
拳を握りしめ、息を深く吐く。
「でも、絶対に追いついてこいよ!!」
最後にそれだけ言い残し——
龍之介は、LUXの奥へと駆け出した。
その姿を見送りながら、ジェイクが隣のナディアに声を掛けた。
「……立てるか?」
「なんとか……ね」
ナディアは眉を寄せながら、ゆっくりとジェイクの肩に手を添えた。
ジェイクも彼女の肩を支え、2人はぎこちなく立ち上がる。
しかし——
身体の異常な重さが、まとわりつくように圧し掛かる。
「一体なんなんだ……こりゃ……」
ジェイクが苦しげに呻いた。
足に力が入らない。
全身の筋肉が鉛のように硬直し、視界もわずかに霞む。
まるで、見えない何かに圧迫されているような感覚。
ナディアも息を切らしながら、額の汗を拭う。
「外から見たあのドームが……悪さしてるんでしょ」
ジェイクが低く唸るように言った。
「なんであいつは平気だったんだろうな……?」
龍之介だけが、この異常な影響を受けていなかった。
ナディアは小さく息を吐き、かすかに笑う。
「さぁね……? それも、ルミナセンスが関係あるんじゃない……?」
2人は互いに支え合いながら、一歩ずつ進む。
***
LUXの奥へと続く道を、ジェイクとナディアは互いに肩を支え合いながら歩き続ける。
依然として身体は重いが、先ほどよりはマシになってきた。
そんな中、ジェイクがふと呟く。
「……なんかよ、あの時を思い出すな……」
ナディアが少し首を傾げる。
「ええ……エジプトでセスナが墜落した時……?」
ジェイクが低く笑う。
「ああ、こうして2人で砂漠を歩いたっけな……くっ……」
ナディアも、その記憶を思い返して小さく笑った。
「あの時は最悪だったわね。飲み水も尽きて、夜は凍えるほど寒くて……」
「おまけに、お前は意識飛びかけてたしな」
「あなた、自分のブーツ食べようとしだすから驚いたわ……」
ナディアが思い出し笑いをしながら言う。
ジェイクは鼻を鳴らし、肩をすくめる。
「ハッ、腹が減ってりゃ何でも食えるんだよ……!」
2人の肩にかかる重みが少しずつ軽くなっていく。
そうして歩くうちに、いつの間にか身体の重みが、徐々に抜けていった。
まだ完全ではないが、確実に——正常な感覚を取り戻しつつあった。
ジェイクが肩を回しながら、ゆっくりと息を吐く。
「やっと……だいぶマシになってきたな……」
ナディアも軽く足を踏みしめ、感覚を確かめる。
「ええ、急ぎましょっ!」
2人が駆け出そうとした、その瞬間——
「随分見せつけてくれたなぁ」
「待ちくたびれたぞ」
——ぞわり。
空気が、一気に冷たくなる。
ジェイクとナディアが同時に振り向くと、そこには——
あの夜、壁の上に立っていた2人の影。
痩せた男。
不敵な笑みを浮かべ、肩をすくめてこちらを見ている。
そして、その隣には、あの巨漢。
コール——。
あの研究棟襲撃の夜、龍之介と激突した適合者。
その姿を確認した瞬間——
唐突にHUDが復旧する。
——ビビッ
視界に青い発光が映し出される。
ルミナイト反応、2つ。
ジェイクが舌打ちしながら、パルスマグナムのグリップに手をかける。
「ったく……いいとこだったのによ……」
痩せた男が薄く笑いながら肩をすくめる。
「邪魔するなんてヤボよ、お二人さん」
その笑みは、何かを試すような、不快なほど楽しげなものだった——。
「ナディア!」
「ええ!」
2人は一瞬だけ目配せすると、同時に飛び退く。
次の瞬間——
LUX内部へと駆け出した。
(またあのドームの中に入っちまったら、面倒だからな……!)
ジェイクは振り返りもせず、ただ前へと走る。
ナディアも、その俊敏な足取りで並走する。
背後から、何かが蠢く気配を感じながら——。
目の前にT字路が現れる。
2人は一瞬、互いに顔を見合わせた。
その刹那、何も言葉を交わすことなく——一つ、頷く。
——別れる。
ジェイクは右へ。
ナディアは左へ。
影のように素早く、2人の足音が交差し、LUXの奥へと消えていった。




