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LUMINESCENCE:PHANTOM ECHO  作者: ハナサワリキ
四・斜陽
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藍碧の乱入者

 LUXの巨大な建物が視界に入り始めたその時——


「ありゃ……なんだ?」


 ジェイクがHUD越しに何かを確認し、眉をひそめる。


 龍之介も視線を向けると、LUXの入り口付近に異様な光景が広がっていた。


 ——ドーム状に広がるルミナイト反応。


 青白い光の波が、LUX入り口の中心から外へと広がっている。

 まるで、そこに見えない境界線が形成されているようだった。


 ナディアが、わずかに口元を歪めながら呟く。


「あらら……なんだか、まずそうね……」


 龍之介の心臓が早鐘を打つ。


(……綾が……あの中にいる……!)


「止まってらんねぇ! 突っ込むぞ!!」


 怒鳴るように言い放つと、アクセルをさらに踏み込んだ。


「おい! 待て!!」


 ジェイクの叫びと同時に、ATT-Vがドームの境界を突破した——。


 次の瞬間——


 ビリッ……!!


 HUDに強烈なノイズが走り、視界の情報が一瞬にして消えた。


「……!?」


 車内に警告音が鳴り響く。


 ATT-Vの計器類が一斉にブラックアウトし、エンジンが急停止する。


「なんだ!?」


 龍之介が叫んだ瞬間、ハンドルが完全にロックされる。


「うわっ……!!」


 重量のあるATT-Vがコントロールを失い、タイヤがスリップする。

 ——車体が激しく横転。


「うおぁ!!」


「きゃっ!!」


 ジェイクとナディアの声が混じり、ATT-VはそのままLUXの入り口を超え、回転しながら吹き飛ばされた。


 地面を跳ねるように転がりながら、激しい衝撃音と共にようやく停止する。


 ——静寂。


 車内には、金属の軋む音と、砂埃の舞う気配だけが残っていた。


「くそっ……」


 車体のドアが激しく開く音。

 龍之介が、体の痛みを無視して這いずり出る。


「くそっ!! 2人とも、大丈夫か!?」


 彼らを包むのは、静かすぎるLUXの入り口。


 横転したATT-Vの周囲に、異様な静寂が広がる。

 だが、それはただの静寂ではなかった——。


「……くそっ、なんだこりゃ……」


 ジェイクが苦しげに呻きながら、車内から這い出してきた。

 普段なら軽口を叩くはずの彼の顔が、苦痛に歪んでいる。


 ナディアも、片手を地面についてゆっくりと起き上がる。

 だが、その動きは、まるで何かに押さえつけられているかのように鈍い。


「身体が……重い……?」


 ナディアの呟きに、龍之介が振り向く。


 彼女は額に手を当て、視線を迷わせながら息を整えていた。

 ジェイクもまた、拳を握りしめながら顔をしかめる。


「くっ……なんだこれ……耳鳴りもひでぇ……視界がぼやける……」


 ——だが、龍之介は何も感じなかった。


「なんなんだ……俺は、なんともないぞ?」


 その言葉に、ジェイクとナディアの視線が龍之介へと集中する。

 一瞬、二人の表情に違和感が浮かんだ。


「……分からん……」


 ジェイクが息を荒げながら、歯を食いしばる。


「分からんが、とりあえず、お前は先に行け!」


「いや、でも……!」


 龍之介が言いかけるが——


「俺らも後から追いつく! 嬢ちゃんがいんだろ?」


 ジェイクの声が鋭く響く。


 ——その一言で、龍之介の迷いは断ち切られた。


「……くそっ……分かった、先に行く」


 拳を握りしめ、息を深く吐く。


「でも、絶対に追いついてこいよ!!」


 最後にそれだけ言い残し——


 龍之介は、LUXの奥へと駆け出した。

 

 

 その姿を見送りながら、ジェイクが隣のナディアに声を掛けた。


「……立てるか?」


「なんとか……ね」


 ナディアは眉を寄せながら、ゆっくりとジェイクの肩に手を添えた。

 ジェイクも彼女の肩を支え、2人はぎこちなく立ち上がる。


 しかし——


 身体の異常な重さが、まとわりつくように圧し掛かる。


 「一体なんなんだ……こりゃ……」


 ジェイクが苦しげに呻いた。


 足に力が入らない。

 全身の筋肉が鉛のように硬直し、視界もわずかに霞む。

 まるで、見えない何かに圧迫されているような感覚。


 ナディアも息を切らしながら、額の汗を拭う。


「外から見たあのドームが……悪さしてるんでしょ」


 ジェイクが低く唸るように言った。


「なんであいつは平気だったんだろうな……?」


 龍之介だけが、この異常な影響を受けていなかった。


 ナディアは小さく息を吐き、かすかに笑う。


「さぁね……? それも、ルミナセンスが関係あるんじゃない……?」


 2人は互いに支え合いながら、一歩ずつ進む。


 ***

 

 LUXの奥へと続く道を、ジェイクとナディアは互いに肩を支え合いながら歩き続ける。


 依然として身体は重いが、先ほどよりはマシになってきた。


 そんな中、ジェイクがふと呟く。


「……なんかよ、あの時を思い出すな……」


 ナディアが少し首を傾げる。


「ええ……エジプトでセスナが墜落した時……?」


 ジェイクが低く笑う。


「ああ、こうして2人で砂漠を歩いたっけな……くっ……」


 ナディアも、その記憶を思い返して小さく笑った。


「あの時は最悪だったわね。飲み水も尽きて、夜は凍えるほど寒くて……」


「おまけに、お前は意識飛びかけてたしな」


「あなた、自分のブーツ食べようとしだすから驚いたわ……」


 ナディアが思い出し笑いをしながら言う。


 ジェイクは鼻を鳴らし、肩をすくめる。


「ハッ、腹が減ってりゃ何でも食えるんだよ……!」


 2人の肩にかかる重みが少しずつ軽くなっていく。


 そうして歩くうちに、いつの間にか身体の重みが、徐々に抜けていった。

 まだ完全ではないが、確実に——正常な感覚を取り戻しつつあった。


 ジェイクが肩を回しながら、ゆっくりと息を吐く。


「やっと……だいぶマシになってきたな……」


 ナディアも軽く足を踏みしめ、感覚を確かめる。


「ええ、急ぎましょっ!」


 2人が駆け出そうとした、その瞬間——


「随分見せつけてくれたなぁ」


「待ちくたびれたぞ」


 ——ぞわり。


 空気が、一気に冷たくなる。


 ジェイクとナディアが同時に振り向くと、そこには——


 あの夜、壁の上に立っていた2人の影。


 痩せた男。

 不敵な笑みを浮かべ、肩をすくめてこちらを見ている。


 そして、その隣には、あの巨漢。


 コール——。


 あの研究棟襲撃の夜、龍之介と激突した適合者。


 その姿を確認した瞬間——


 唐突にHUDが復旧する。


 ——ビビッ


 視界に青い発光が映し出される。


 ルミナイト反応、2つ。


 ジェイクが舌打ちしながら、パルスマグナムのグリップに手をかける。


「ったく……いいとこだったのによ……」


 痩せた男が薄く笑いながら肩をすくめる。


「邪魔するなんてヤボよ、お二人さん」


 その笑みは、何かを試すような、不快なほど楽しげなものだった——。


「ナディア!」


「ええ!」


 2人は一瞬だけ目配せすると、同時に飛び退く。


 次の瞬間——


 LUX内部へと駆け出した。


(またあのドームの中に入っちまったら、面倒だからな……!)


 ジェイクは振り返りもせず、ただ前へと走る。

 ナディアも、その俊敏な足取りで並走する。


 背後から、何かが蠢く気配を感じながら——。


 目の前にT字路が現れる。


 2人は一瞬、互いに顔を見合わせた。


 その刹那、何も言葉を交わすことなく——一つ、頷く。


 ——別れる。


 ジェイクは右へ。

 ナディアは左へ。


 影のように素早く、2人の足音が交差し、LUXの奥へと消えていった。

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