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LUMINESCENCE:PHANTOM ECHO  作者: ハナサワリキ
四・斜陽
28/48

不吉を鳴らす鐘

 数日後の朝。


 冬の柔らかな朝日が、カーテン越しに薄く差し込む。

 静かな室内で、龍之介は出勤準備をしながら時計を確認した。


「……そろそろ行くか」


 シャツの袖を整えながら、ふと綾に目を向ける。

 だが——彼女の様子がどこかおかしい。


 顔色が優れない。


「なぁ、なんか顔色悪くないか?」


 龍之介が尋ねると、綾はわずかに目を伏せ、かすかな笑顔を作った。


「ううん、大丈夫だよ」


 その笑顔が、どこか無理をしているように見えた。


「……何かあったのか?」


 綾は一瞬、言葉を飲み込むように視線を彷徨わせた後、小さく息をついた。


「うん…実はね」

「ここのところ嫌な夢が続いてて、あまり眠れてないんだ」


「え? そうだったのか……」


 龍之介の胸に、ひどく重たいものがのしかかる。

 ずっと隣で寝ていたのに、彼女の異変に気付けなかった。


「嫌な夢って、どんな?」


 綾は、ぎゅっと手を握りながら、言葉を選ぶように口を開いた。


「あんまり覚えてないんだけど……」

「自分がいなくなっちゃうような、消えてしまうような……そんな夢」


「……」


 龍之介は言葉を失い、綾の瞳をじっと見つめる。


 龍之介の沈黙が、室内の空気を少し重くしたのを感じたのか——

 綾は慌てた様子で両手を振りながら、笑顔を取り繕った。


「あ! でもそんな気にしないで! ただの夢だし……ほんと、ちょっと寝不足なだけだから」


 けれど、その笑顔がかえって不安を煽る。


「今日は休んだ方がいいんじゃないか?」


 龍之介は無意識に、そう口にしていた。

 理由は分からない。

 ただ、綾が無理をして仕事に向かうのを、どうしても止めたくなった。


 ——言葉にできない、不安が胸に引っかかる。


 綾は少し驚いた顔をした後、小さく首を振った。


「ううん、大丈夫。今日は研究結果をまとめないといけないから、休めないんだ」


「そうか……」


 納得はできない。

 だが、綾の意思を無理にねじ曲げることもできなかった。


「でも無理はするなよ? しんどかったら早退するんだぞ?」


 龍之介の言葉に、綾はクスッと笑った。


「龍ちゃん、お父さんみたいだね」


 その笑顔に、少しだけホッとする。

 けれど、彼女の瞳の奥に滲んでいた微かな翳りは、龍之介の胸にわだかまりとして残り続けた——。


 ***


 冬の冷たい空気が、街の喧騒を少しだけ引き締めている。

 LUXの入り口前で、龍之介は綾と別れた。


「じゃあ、行ってくるね」


「ああ、気をつけてな」


 綾が笑顔を見せて手を振る。

 その後ろ姿を見送りながら、龍之介は胸の奥に残る違和感を振り払うように息を吐いた。


 ……ただの夢なら、いいんだけどな。


 気を取り直し、歩を進める。

 ARC司令部に到着したその時——


「よう、龍之介」


 入り口前で、ジェイクとナディアに出くわした。


「おはよ、龍之介ちゃん」


 ナディアが軽やかに手を振る。


「おう、おはよう、二人とも」


 そう返したものの——


「ん?」


 ジェイクがじっと龍之介の顔を見つめる。


「なんだよ……」


 龍之介が怪訝そうに言うと、ジェイクは腕を組みながら鋭い視線を向けてきた。


「お前、なんか元気ねぇな」


 ナディアも小首を傾げながら、龍之介の表情を伺う。


「そうねぇ、何かあったの?」


 普段なら流してしまうような何気ない問いかけ。

 けれど、龍之介は一瞬だけ迷った。


 綾の不安、夢の話——

 言葉にすべきか、それとも……。


「実は——」


 その瞬間——


 ——ドォォォンッ!!!!


 凄まじい爆発音が響き渡った。


 LUXの外壁の向こう側、街の方角から轟音が上がる。

 地面がわずかに揺れ、爆風の余波が冷たい風と共に流れ込んできた。


「なんだ!?」


 龍之介が反射的に音のした方向へ振り向く。

 ジェイクとナディアも、すぐに警戒態勢を取った。


 視線の先——


 街の方角から、黒煙が空へと立ち昇っている。


 ただの火災ではない。何かが攻撃を受けた——?


 龍之介の中で、警鐘のような直感が鳴り響く。


「……なんなんだ」


 龍之介が低く呟く。


 ——ピピッ!!


 ジェイクとナディアのHUDに、緊急通信が割り込んだ。


「……マジかよ!?」


 ジェイクが低く呟く。


「まずいわね……」


 ナディアの表情も、いつもの軽妙さが消え、鋭く引き締まる。


 その瞬間——


 ——ウゥゥゥゥゥゥン!!!!


 LUX全域に警報が鳴り響いた。

 司令部のスピーカーから、機械的なアナウンスが流れる。


「警戒レベル2発令。街区南部にて爆発が発生。ARCは即時対応せよ」


 周囲にいた隊員たちが、次々と武器庫へと駆け出していく。

 空気が一気に張り詰めた。


「どうした? 何があった!?」


 龍之介がジェイクとナディアを見やる。


 ジェイクはHUDの映像を確認しながら、短く言い放つ。


「今の爆発、街のビルらしい」


「Noctaらしき集団が武装して、街の人たちを襲ってるらしいわ」


「……ッ!!」


 龍之介の胸に警鐘が鳴る。


「Noctaが……民間人を?」


 今まで彼らはLUXやARCを狙ってきた。

 しかし、今回の標的は街だった。

 「何かが違う」——その直感が、龍之介の思考を支配する。


「私たちはこのまま街に向かう!」


 ナディアがHUDの操作を終え、すでに行動に移ろうとしていた。


 ジェイクが龍之介を振り返る。


「龍之介、お前もとっとと着替えて追ってこい!」


「……っ、ああ!」


 龍之介は拳を握りしめ、すぐに司令部へと駆け出した。


 その背後で、ジェイクとナディアが走ってきたATT-Vに乗り込む。


 LUXの外では、依然として黒煙が上がり続けていた。


 ——Noctaの襲撃。


 それは、これまでとは明らかに違う、何かの前兆だった。

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