染み渡る違和感
翌朝。
龍之介、ジェイク、ナディアの3人は、LUXの研究棟にある舞の部屋にいた。
壁一面にモニターが並び、無数のデータが流れている。
中央のデスクには、舞が端末を操作しながら座っていた。
「昨日は大変だったわね」
舞が手を止め、龍之介とジェイクを見やる。
「2人とも帰ってないんでしょ? 綾も心配してるんじゃない?」
その言葉に、龍之介は軽く肩をすくめる。
「ここに来る途中、綾に会って軽く事情は説明したよ」
「そう……」
舞は一瞬だけ考えるように視線を落としたが、すぐに切り替えるように端末へと視線を戻した。
「で、やっぱり適合者だったの?」
ジェイクが腕を組みながら頷く。
「ああ、報告書にもあげたが、間違いなくそうだな」
龍之介も表情を引き締める。
「クロウ以外にも適合者が……」
これまでNocta側の適合者といえば、クロウが唯一の存在だった。
しかし、今回の襲撃で現れた3人は、明らかに戦闘訓練を受けた適合者だった。
「恐らく、彼らのデータもアルカディア内にはないでしょうね」
舞の言葉が、室内の空気をさらに張り詰めさせた。
「噂は本当だったのねぇ……」
ナディアが腕を組みながら、呟くように言う。
「まぁ、まだその3人がNoctaと決まったわけじゃないけど……」
少し間を置いて、舞が新たなデータをスクリーンへ映し出した。
コードの羅列、解析データ、そしてLUXのシステム内で検出された異常ログ。
「彼らの痕跡を調べたら、LUXのシステム内にバックドアが仕掛けられていたのが見つかったわ」
龍之介とジェイクが、同時に眉をひそめる。
「……バックドア?」
舞が頷く。
「恐らく、相手はNoctaで間違いないでしょう」
冷静な口調ながらも、舞の指先はわずかに強く端末を叩いていた。
LUXのセキュリティを突破し、システムへ侵入する。
ただの襲撃ではない。
敵は明確な目的を持って動いている——
そして、彼らが何を狙っているのか、まだ分からないままだった。
舞は端末を操作しながら、淡々と続けた。
「仕掛けられたバックドアに関しては技術部が対応してる」
「目的はまだ分からないわ」
彼女の指先が軽く止まり、微かな間が生まれる。
「けど……気になることがあるのよね」
龍之介とジェイクが黙って舞を見つめる。
「LUXのセキュリティが厳重なのは、あなたたちも承知してるわよね?」
舞はスクリーンに映し出されたシステムログを指し示す。
アルカディアが開発したLUXの防御システムは、外部からの侵入をほぼ不可能にするほどの堅牢さを誇っている。
それを打ち破るには、並外れた技術力が必要なはずだった。
「簡単には侵入なんてできない」
その言葉の意味を噛み締めながら、龍之介とジェイクは互いに視線を交わす。
「にも関わらず——」
舞は画面をスワイプしながら、淡々と続ける。
「彼らは誰にも気付かれずにLUXへ侵入し、システムにまでアクセスしていた」
「……それが?」
ジェイクが顎を擦りながら問い返した。
その問いに、ナディアが腕を組みながら呟く。
「その割に、仕掛けが見つかるのが早すぎる……ってこと?」
舞は小さく頷いた。
「ええ。普通なら、もっと巧妙に隠されているはず」
「なのに、こんなにも短時間でバックドアの痕跡が見つかった」
「まるで——見つかることを前提に仕掛けられていたみたいに」
部屋に静寂が落ちる。
ナディアがスクリーンのログを見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「……もしかして、何かを探らせるために、わざと残した……?」
彼女の声に、龍之介とジェイクがわずかに顔を上げる。
「だとしたら、私たちはすでに”次の手”に誘導されてるのかもしれない」
室内の空気が一層張り詰める。
敵はただ侵入しただけではない。
こちらが何かを察知することを”想定”していた。
ジェイクが低く舌打ちをし、腕を組みながら言った。
「……気に入らねぇな」
龍之介も眉をひそめ、じっとスクリーンを睨みつけた。
舞は画面から目を離し、静かに言った。
「一応、私もこの件を上にあげておくわ」
指を滑らせながら、すでに報告用のデータを整理し始めている。
「あなたたちも、くれぐれも注意して」
彼女の声には珍しく、わずかな緊張が滲んでいた。
「敵の次の動きが読めないから」
敵は単なる襲撃者ではない。
何かを仕掛け、計画的に動いている。
それが何なのかはまだ見えない——だが、確実に大きな波が迫ってきている。
龍之介、ジェイク、ナディアの3人は、互いに短く頷き合った。
「了解」
それだけを言い残し、3人は舞の部屋を後にした。
扉が閉まり、静寂が戻る。
舞はわずかにため息をつきながら、再び端末に向き直った。
(……何かが、おかしい)
その違和感は、ただの勘ではない。
少なくとも——これが、終わりではないのは確かだった。
***
研究棟を出て、ARC司令部へ向かうトラムの車内。
窓の外には、朝の日差しを受けLUX施設が眩しく光っていた。
しかし、トラムの中にいる3人の表情は沈んでいる。
「Noctaの連中、一体何企んでやがんのかねぇ」
ジェイクが腕を組みながら、ぼやくように言った。
龍之介は背もたれに寄りかかり、視線を窓の外に向けたまま答える。
「昨日の侵入にはクロウがいなかった……別の組織なのか?」
敵の行動を振り返る。
確かに、クロウの姿はなかった。
あの3人が適合者なのは間違いないが、彼が指揮を執っていた形跡もない。
ナディアが静かに口を開く。
「式典の時、クロウは代表として演説しに来たんだし……むしろ、あいつは指示役なんじゃないの?」
「ってこたぁ、クロウの野郎が本気出したら、昨日のでくの坊より強いかもってか」
ジェイクが皮肉っぽく言う。
龍之介の脳裏に、あの巨漢——コールの姿がよぎる。
あれ以上に強い適合者がいるとすれば……。
「あいつよりも強い……」
「あら、龍之介ちゃん怖いの?」
ナディアが意地悪そうに笑う。
「んなわけねぇだろ!」
龍之介はすぐに否定し、拳を強く握りしめた。
「次会ったら、絶対ぶっ飛ばしてやる!!」
そして——
あの時の言葉の真意を、必ず聞き出す。
——八年前の惨劇を忘れるな。
クロウが式典の最後に言い残した言葉。
それが何を意味するのか、龍之介はまだ分かっていなかった。
ガタン——
トラムが減速し、アナウンスが流れる。
——「次は、ARC司令部前です」
3人はそれぞれの考えを胸に秘めながら、ゆっくりと立ち上がった。
ARC司令部に到着すると、入り口に立っていた男性隊員が声を掛けてきた。
「おい、3人とも。技術部の連中が探してたぞ?」
ジェイクが片眉を上げる。
「ん? 技術部?」
龍之介とナディアも顔を見合わせる。
「多分、今は倉庫の方にいるはずだ。行ってみろ」
隊員の言葉に促され、3人は司令部の奥へと進む。
倉庫エリア——そこはARCの物資補給や新技術の試験運用が行われる場所だった。
扉を開けると、巨大なコンテナが運び込まれている光景が目に入る。
その横では、白衣を着た男女が端末を操作していた。
いかにも技術部といった雰囲気の研究員たちが、慌ただしくデータをチェックしている。
すると、そのうちの1人——眼鏡をかけた男がこちらに気付き、足早に近寄ってきた。
「君が羽瀬龍之介くんか?」
そして、視線をジェイクとナディアに向ける。
「と……ジェイクさんとナディアさん?」
何やら重要な話がありそうな雰囲気だった。
龍之介たちは思わず背筋を伸ばし、研究員の言葉を待った。




